第30話 強大な魔力
「おい……どうなってんだ? これ」
半魚人と別れ、アルヴェラッタ湖を後にした俺達は再び数時間かけてようやく森を抜け出した。
その頃にはもう日はすっかり傾いていて、オレンジ色に染まる城壁が遠くに見えている。
森を向けてすぐ、目の前に広がる光景を目にした俺は違和感に気付いた。
「あの……大地の捕食者? だっけ? 何か大きくなっていないか?」
アルヴェラッタ湖へ向かう際に一度潜り抜けたスライムの群。
日暮れになってもスライムの群はそこに居座っていてしかも一体一体が若干成長しているようにも感じる。
「……妙だ。おかしい」
そんな光景を同じように見ていたコルトがボソリと呟いた。
ニルも何だか険しい表情をしている。
「普通、大地の捕食者は大きくならないはずなんだが」
「そう、なのか?」
「ああ。そもそもスライムが成長するっていう事は獲物から吸収した魔力を蓄えている事になる。けれど、大地の捕食者は獲物から魔力を吸収すると蓄えずに魔力の核へすぐに流すようになっているから成長なんてしないんだよ」
じゃあ、あそこに居座っているスライム達は別種って事になるのか?
いいや、コルトの話だと、この世界のスライムは全てがその、大地の捕食者って呼ばれている魔物だと思うから別種なんていないんじゃないか?
いやいや、勝手な憶測はダメだな。俺はこの世界の事何一つ知らない訳だし、こういう判断は命取りになってしまう。
「セイジさん。コルトさん。何だか凄く嫌な予感がするです」
「ああ。私もだ。分からないが、あのスライムを見てると嫌な悪寒がする」
……俺は何も感じない、なんて言わない方が良いな。
もう呆れられるのは精神的にきつい。
「手っ取り早く、また魔法で突っ切るか」
「ですね……ようしょっと」
そう言ってニルは当たり前のように俺の体を抱きかかえる。
何でこいつはこうも軽々と俺の体を抱きかかえられるんだ? というか、え? まさかあれをまたするのか!?
「ちょっと、まっ――!!」
「「――疾風脚!」」
「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
止めようとしたがその声も空しく、二人は魔法を発動し、俺は再び強烈な空気抵抗に晒された。
顔面に吹き付ける突風のせいで目も開けられず、それに耐えられないほどではないけれど少し痛い。
俺は思わずニルの体にしがみつき、顔に吹き付ける突風を避けるようにニルの体に顔をうずめた。
「セイジさん? ちょっと……」
ほんの数十秒ほど目を閉じていると、突然ニルの声が頭上から聞こえ肩を叩かれた。
いつしか体に受けていた空気抵抗も止んで、俺はそっと目を開ける。
目を開けた瞬間に飛び込んできたのは柔らかく大きな双丘で…………ファッ!?
「うわっ!? ふっ!? はっ……ああっ」
驚きのあまり思わずニルの体から離れた俺は抱きかかえられた状態から投げ出され、背中から地面に転げ落ちた。今度は運悪く石造りの地面に転げ落ちてしまい、背中を強く打ちつけてしまった事で一瞬だったが呼吸が上手くできなかった。それと同時に背中全体を激痛が襲う。
「おいおい、大丈夫か?」
痛みで悶えるように地面を転がりまわる俺を無表情で覗き込むコルト。
まるで心配しているような様子じゃないんだけど!?
まあ、これがコルトのデフォルトだから仕方ないんだけどさ。
「あ、ああ……何とかな」
しばらく転げまわっていると少し痛みが引いてきて、俺はゆっくりと立ち上がった。
まだズキズキと背中全体が痛いけれど、転げまわるほどでもなさそうだ。
「うわっ!! も、もうこんな時間です!! ご、ごめんなさいです! ボク、この後も予定があるので先に行くですね! 今日はありがとうです!」
「あっ、ちょっと! ……ああっ、行っちゃった」
街の正門付近に設置されていた時計を見るや否や急に慌てた様子で早口でお礼を言いお辞儀をすると、俺が止める声も聞こえていないのかすぐさま街の奥へと駆け出してしまった。
胸に顔を埋めてしまっていた事、一言謝っておきたかったけど……仕方ない。次に会った時にしよう。
「お前はあの一連の戦闘を見て、どう思った?」
駆け出したニルの背中をじっと見つめていたコルトが急に俺に声を掛けてきた。
相変わらず何を考えているのか読み取り辛い表情をしていたけれど、一連の戦闘と言えばあの子としかないしな。
「いやいや、凄いとしか言いようがないだろ。コルトがどう思うのかは知らないけどさ、俺は魔法なんて見た事もなかったし、あんなの生で見せられたら驚く以外にないだろ」
「そうか……私はな、恐怖を感じたよ」
「……それってツッコミ待ちなのかな?」
「どういう意味だ?」
「いや、何でもないよ」
いやいや、そんな怯えた様子も恐怖を感じているような表情もなしに恐怖を感じたなんて言われても、異世界なりのジョークか何かだと思うだろ。
「いいか。あれほどの魔法技術をあいつは誰から教わる訳でもなく独学で習得している。それも、膨大な魔力量を有しているんだ。5つの魔法を自己流で組み合わせてそれを同時に発動させるなんて、あの魚面も言っていたが正気の沙汰じゃない。それにお前は気付いていないと思うが。雷線拘縛――双牙咬砕拳なんて魔法は存在しないんだよ」
「は!? じゃあ、ニルは自己流で組み合わせた魔法で一つの魔法を編み出してるって事なのか?」
「一つじゃない、二つだ。あいつは自己流で組み合わせた魔法を二つ同時に発動している。雷線拘縛で相手の体を縛り上げ回避不可能にし、双牙咬砕拳で一気に叩き込む。しかも、あいつは縛り上げた相手を自分の方へ引き寄せているから、後者の威力は格段に増すんだ。あれだけの魔法を使ったにもかかわらず平気で立っていること自体、私には理解出来ないんだよ。あんなの常人が同じ事をしようものなら急激な魔力消費に身体が耐えられずに筋肉やその他のあらゆる器官の機能が止まって死んでしまう」
「それでコルトは怖がっているのか?」
確かに、あれほどの魔法を平気で使えるニルを心配になるのは当然だ。
今の話を聞かなかったら、魔法を使う事に対して心配になるような事はなかったと思う。自分なりに調整して使っているものだって思ってしまっていたしな。
けれどコルトはニルの身を案じて恐怖を覚えた訳ではないようで俺の問いかけに首を横に振って答えた。
「分からないか? あの力の使い方次第では人間を簡単に滅ぼせるんだよ。ニルにはそれが出来てしまうほどの力がある」
「そんなバカな! ニルがそんな事を考えるような奴には見えないぞ」
「一日二日行動を共にしただけでそこまで言えるものか? あいつがいつ魔法を独学で習得したかは分からないが、故郷を襲われた後だと考えればそう考えているとも言えなくはない。お前も自分の故郷を攻め滅ぼされて挙句、家族を殺されたとして、それを犯した本人が平然と生きていたら復讐心が湧くものだろう?」
「うっ……」
コルトの意見はもっともなものだ。
コルトの言う通り、そんな事をしたやつが平然と生きていれば……殺してやりたいだなんて思わない訳じゃない。逆に何も思わない事が異常なくらいだ。
けれど、どう考えてもニルがそんな事を考えているような奴には到底思えない。
確かに、行動を共にした日数は少ないのは分かる。そんな事で相手の全てを理解しただなんて烏滸(おこ)がましいにも程がある。
「でも……やっぱり俺は、考えていたとしても、それを行動に移すような奴だとは思いたくはない」
その答えを聞いたコルトはどこか満足げに僅かに口角を上げた。
「まあ、少なくとも今のあいつは考えていなさそうだ。その証拠に、魚面との戦闘では手加減していたからな。まあ、それが魔力を無駄に消費しないためのものなのか、殺さないためのものなのかは分からないが……今後も注意だけはしておけよ」
「何だよ。分かっていたのにあんな意地悪な質問をしたのか?」
「ふっ……済まないな。経験上、こうでもしないと相手の言葉を信用できないものでな。だが、予想通りの返答で安心したよ。安心し過ぎて逆に退屈なくらいだ。お前は本当につまらない人間だな」
そう罵っていたコルトだったが、その口調はやけに優しくどこか寂し気で、なぜだか嫌な気分は一切しなかった。
「さて、私はギルドへ行って今回の決闘の件を報告してくる。その後は武器のメンテナンスとか色々あるから宿に戻るのは遅くなるが……お前はどうする?」
「そう……だな。俺はこの街を散策してるよ。夜になったら宿に戻ろうかな」
「分かった。じゃあ、また後でな」
「ああ」
コルトはそう言い残して、街の奥へと消えていく。
あとに残された俺はコルトが見えなくなるまで見送ってから行く当てもなくぶらぶらと歩き始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます