第16話 囮作戦
「……」
朝食を済ませた後、コルトの頼みを聞き入れた俺は指示されるがままに街の外にある広大な森へと足を運んだ。森とは言っても大して薄暗くはなく陽の光も十分に差し込んでいて、ここまで歩いてきた道もはっきりと見えていた。森の中はしんと静まり返っていて魔物の気配すら感じず、俺は怯えながらも目的の洞窟の前まで辿り着いたところだった。
「おい。どうした? もう洞窟は見えているんだろ? 早く入れ」
すぐ真横でコルトの声が聞こえる。だが、そこには本人はおらず代わりに半透明の光る球体のようなものがフワフワと浮かんでいた。コルト曰く、この球体は自分がその場にいなくても味方の状況やその周りで起こっている状況を自分の目で見るように把握出来るんだとか。この魔法を使うには魔法をかける対象が必要なようで生物でないといけないらしい。要は仲間に危険が及んだ時のための魔法なんだとか。いやいや、そういう説明してどうする!? 今はそんな場合じゃないだろ!
「入れじゃねえよ!」
「何だ? まだ何かあるのか?」
「何だ? じゃねえよ! 俺に一人で行けって言いたいのか!? 来るんじゃなかったのかよ!」
コルトの頼みとは、この洞窟に住み着いているオルクスを一緒に討伐して欲しいというものだった。人型の魔物で肌は茶と緑を混ぜたような色をしているそうだ。常に群れで行動してはいるが知能は魔物並らしい。全員が手製の武装を身に付けていたり、腕の立つ冒険者の武器を戦利品として奪う事もあるそうだ。そんな明らかに勝ち目のない相手に俺一人で挑めってか!? 鬼畜か!? どうしてこの世界は俺に優しくないんだ?
「何を言っているんだ? 私は一度も一緒に行くだなんて言ってないぞ。協力が必要だ、としか言っていないんだが」
「なっ!? 本気で俺だけでやれって事か!?」
「出来るならそうしろ。出来ないなら下手に手を出さずにオルクスを森の外に誘き出せ。私がそこを仕留める」
「それじゃ俺は囮みたいじゃねえか!」
「みたい? 馬鹿な事言うな。囮なんだよ」
「鬼畜! 悪魔! 鬼! この人でなし!」
「じゃあ頼んだぞ。殺されるならせめて他の冒険者から見つかりやすいところを選んで殺されな。以上だ」
「話を聞けよ馬鹿ぁぁぁ!」
球体は相変わらずフワフワと浮いてはいるものコルトの声はもうしなくなった。あの野郎……さては俺と自分の声が届かないようにミュートにしやがったな。街を出る前に武器を取りに行くとかで俺を先に向かわせやがったのも計画のうちだったんだろうな。まんまとハメられたって訳か。
「……仕方ない。行くしかないか。ここでほっぽり出したら俺が撃ち殺されかねない」
俺は少し躊躇しながらも恐る恐る洞窟へと足を踏み入れた。コルトから受け取った使い捨てのランプを掲げてみる。どういう原理かは知らないけれど、暗がりに入るとランプには自然と淡い光が灯りだした。これも魔法なのだろうか? それとも魔道具とかいう奴なんだろうか?
洞窟中は湿気が強く、岩肌には水滴が滲み出ていた。それと同時に、明らかに自然の物とは思えない異臭も漂っている。鼻を突くような酸っぱい臭いと吐きそうなほどの汗の臭いが洞窟内に充満していた。
「酷い臭いだな……あんまり長くいると気分が悪くなりそうだ」
手で鼻と口を覆いながら、道なりに沿って先へ進む。洞窟内を進むたびにその臭いは強くなっていく。さらに奥に進むにつれて洞窟内は暖かくなっていった。湿気の強さもあってか既に俺の体からは汗が大量に滲み出ていた。前髪は額に張り付き、頬を伝って顎先に到達した汗は雫となって地面に滴る。シャツもパンツも体にべっとりと張り付いて不快さを増していった。
「臭いに耐えきれずぶっ倒れるか、脱水でぶっ倒れるかだよな……これ」
それでもオルクスを誘き出すために一歩、また一歩と歩みを進める。その時、奥の方から誰かが走ってくるような足音が聞こえた。嘘だろ!? もう俺の存在に気付いたのか!? でも、好都合だ。このまま森の出口まで誘き出そう。
「いやああああ! 助けて! 助けてです!」
そう思って俺は来た道を引き返そうとした。だが、走ってくる洞窟の奥で女の子の泣き叫ぶ声が聞こえて俺はふとその暗がりの奥へとランプを向ける。
「な、何だ!? ――ッ! いやあああああ!」
「え? あっ! いやああああああああ!」
俺は人生で初めて甲高い叫び声を上げてその場に固まってしまった。走ってきた本人も俺の反応をみるや否や同じように叫び声を上げる。俺の目の前には大きなリュックだけを背負った素っ裸の女の子が立っていた。
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