第11話 キースという子供、その思惑

「お前らさ、なんでオレがお前らに手を貸したのか、考えたことないだろ」


 集まった子供たちから、ここ数日の出来事を聞き出したキースは、呆れたような、馬鹿にするような調子で言った。


「まあいいや。今日ここに来たのはな、お前らの下らない内輪揉めを見るためじゃねえ。オレ、ここんとこ忙しいって言ったろ。あれな、黒の家で仕事もらえるようになったからなんだわ。オレお前らとほとんど年変わらねえぞ」


 話しているのは自慢とも取れる内容なのに、その声は酷くつまらなさそうだった。


「この街で生まれた奴は知ってるよな。10歳になってすぐ仕事をもらえりゃ上出来だって。なんでなってないオレが仕事もらえたと思うよ。でかいことをやってみせたからだ」


 キースに目的があることは分かっていた。

 善意なんてものは端から期待していない。

 分かっていて、俺は俺の目的のために手を貸したのだ。


 だが、ここの子供たちでそれを承知していた者などいないだろう。

 キースがここまで露骨に言葉を重ねてもなお、気づけたのは極一部だけ。


「分かってない奴もまだ多いみたいだが、なにかオレに言いたいことがある奴はいるか?」


 誰もが口を噤んでいた。

 多くは言葉の意味を理解していないから。

 一部が意味を理解したがゆえに沈黙を選んでいる。


 自分たちは利用されていた。騙されていた。

 けれど彼らにそれを非難することはできない。彼らになにひとつ失ったものはなく、ただ与えられたものだけが手元に残っている。


「で、ここに来たワケだけどな。役に立ちそうな奴を上に紹介しようと考えた。仕事は無理でも、置いて雑用くらいならやらせてもいいってな、上役の人が言ってくれたんだよ。それがなんだ。オレが少し離れてる間にこのザマは」


 そう言って嗤う。

 それは、半ば自身に向けられているもののように見える。

 聡いというのも難儀なものだ。


「どうしてオレが札付きを仲間として扱ったと思う。上には悔宗かいしゅうした連中も数は少ねえけど居る。オレのチームは、そいつらとだって上手くやってみせるってな。それが無印むいんに化けたくらいで」


「その言葉は問題だぞ」


「そうだ、背信だ」


「札付きを見て見ぬ振りするのはそうじゃないってか。オレはな、仲間を売って伸し上がろうっていう、手前らの性根が気に入らねえんだよ」


 鞘の先、こじりが床を叩き、冷たく硬質な音を水路に響かせる。


「こ、こんな奴、元から仲間じゃ――」


「そうかよ」


 その先は必要ないと。遮るように言葉が被せられる。


「ならお前は、俺の仲間じゃなかったってことだ」


 口角が上がり、キースの頬を獰猛に歪めた。


「ッ!」


「他になにか言いたい奴は」


 居ようはずもなかった。

 年長のツムが言い負けたのだ。

 キースが居並ぶ面々を見回せば、その視線に晒された子供たちはみな俯く。


「いないなら、ヤトイはオレが預かる」


「そうやってあんたは、おれたちが上に行くチャンスを奪うんだな」


 ただ1人、ツムだけが食い下がった。


「くく。お前たちを助けてやってるんだぜ、これでも」


 再びキースが子供たちを見渡す。


「お前らも。オレのやり方に納得できるなら、折を見て上に紹介してやる」


 それが止めだった。

 子供たちは顔を見合わせ、弛緩した空気が漂い始める。

 未だ物言いたげなツムを、よく行動を共にしているコルオーがなだめている。


 キースは子供たちに背を向け、俺のところへとやってくる。

 そうして腕を掴むと、有無を言わさずその場から連れ去った。



 ◇◇◇



「僕を上に連れて行くって、どういうことか分かってる?」


 入り口に繋がる階段がもう間もなく見えてくる、というところで、俺は前を行く背に問いかけた。

 答えは分かり切っている。

 それでも問わずにはいられなかった。


「ん、どうだろうな」


 とぼけた調子でそう口にすると、歩みを緩め、顔を半分だけ振り返る。

 なんとも小憎たらしい笑みが浮かんでいた。


「ヤトイが分かってないことだけは分かってるかもな」


 俺が分かっていない?

 眉根が寄る。

 キースはツムを相手に助けてやっていると言った。ならば当然、俺を連れていくことが、厄介事を呼び込むことと同義であると知っているはず。

 俺もまた、他の子供たちと同じであると、そう言っているのであろうか。


「馬鹿にされてる?」


「手前じゃ気づいてないみたいだけどな」


 どうやら馬鹿にされているのではなく、馬鹿だと思われているらしい。

 いや、無能と軽視されるのは構わないのだが。なにか釈然としないものがある。


 ただ、否定もできない。

 できようはずがない。


 これまでの醜態の数々。思い出すだけで頭を抱えて蹲りたくなる。


「くくっ。ヤトイ、お前は大馬鹿野郎だよ」


 少し前までの不機嫌は一転。キースは愉快で仕方がないといった様子だった。


 もういいさ。好きなだけ笑ってくれたまえ。

 この先に待つ苦労を考えれば、それくらいは許されるはずだ。

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