第1章:地獄にて友と出会う
第5話 強制居住地区に入れられて
馬車の上での暮らしは10日以上続いた。
途中幾つもの街に立ち寄った。
俺たち黒の民が乗った3台の馬車は、いずれも馬車ごと街の外縁に留め置かれ、檻から出されることすらなかったが。
幸いだったのは、整備された街道以外の道を通ることがなかったことだろうか。
まあよくよく知識を確かめれば、この世界には魔物という脅威が
視界を遮る幌はないが、見えるのは山と森ばかり。途中これに河が加わったが、連日見ることになれば飽きもする。
外国人が日本で電車に乗り、街が途切れることなく続くことに驚いていた。なんて話を聞いたことがある。
あの時は、家があるだけで街なんかないだろと思ったものだが、なるほど。
海外でこういう景色がよくあるものだったとしたら、疎らに家があるだけでも、街が続いているように見えるのではないだろうか。
馬車には俺の他にも黒の民が乗せられていたが、交わされる言葉は少ない。皆無と言っていい。
はっきり言おう。なぜか避けられていた。
向けられる視線も刺々しいものばかり。
不可解ではあったが、擬態は最低限度で事足りた。
時間を持て余した俺は、この不自由な体の扱い方と、実際に自分は声が出せるのかの実験に、その時間を費やした。
やがて街道の先に姿を現したのは、広大な街だった。
鉱山都市、でよいのだろうか。山の中腹から裾野に掛けて、幾重にもわたって市壁が張り巡らされ、さながら巨大な城を思わせる。
街を遠目に確認してから城門をくぐるまで、丸1日かかった。
状況も弁えず秘かに興奮していた俺は、街の中を進み、門を幾つか潜るにつれて、不審の念を強めていく。
馬車は都市の中心を逸れ、外縁へと向かっていた。
そうして目の前に広がったのは、雑然としていて、妙に薄汚れた区画。活気はあるのにどこか諦念を感じさせるのは気のせいだろうか。
馬車は度々足を止めながら進み、広場のひとつでついに動きを止める。
◇◇◇
檻に入れられたまま、奴隷市場よろしく街の広場で晒し者にされている。
身なりはここに運ばれてそのままだ。
剥かれるか、整えられるか。
商品ならなにか手が加えられるものと思ったが、それすら手間とでも言わんばかりのぞんざいな扱い。
既に売買契約は済んでいる、ということなのだろうか。
街の住民と思しき、粗末な身なりをした老若男女が遠巻きにこちらを見ている。
実際に檻に近づいて中を検めているのは、小集団がひとつだけ。
より正確にはその内の2人。樽みたいな体格の厳つい髭面のおっさんと、下っ腹の出たちょび髭の某総統じみた風貌のおっさんだ。
どちらも帯剣していて、野次馬と比べると良い服を着ている。
地位は高いのだろうが所作に品はなく、付き従う野郎どもを見る限り堅気の人間には見えない。
街の雰囲気からしてもしやと思ってはいたが、この区画は
この世界で
始まりはおそらく、黒の傭兵の反抗を防ぐため。引き離した家族を管理する場所として作られたのだろう。
他の奴隷にしても似たようなもの。
実態はよく知らない。
なんせ記録の子供は、戦地でやらかした夫婦から生まれたからな。
本来はすぐにでも
まあ最後はバレて戦場送り。両親仲間共々というよくあるオチがついた。
てっきり戦場に戻されるものとばかり思っていた。だが、ここならばもう少しマシな生き方が選べるかもしれない。
そう思っていた時期が俺にもあった。
◇◇◇
「なんだ、ガキか」
柵の向こう側に立った髭面が、面白くもなさそうに吐き捨てた。
「ガキですね」
ちょび髭も面倒くさそうに同意する。
「年は11ってありやすが」
「甘く見て9ってところだろう」
子供だということは分かっていたが、そこまで子供だったのか。
ガキ呼ばわりも納得である。
と、平静でいられたのもそこまでだった。
「ですね。書いてねえですけど、こいつ札付きみたいですよ。それも、とびきりの糞をぶら下げていやす」
屈んだちょび髭が目をすがめ、俺の首を凝視していた。口の端が歪んでいる。
あまりにも、友好的とはかけ離れた表情。
首元に手をやると、商品の印である首輪と、そこに付けられた金属板の感触。
同乗した他の黒の民の首には、ただ首輪だけが付けられていた。
これが何であるのか疑問には感じていたが、自分では見ることもできないので放置していた。
だがこの反応からすると。
「
間違いない。これは、闇の月に関係するものだ。
付けさせたのが誰なのか、俺には予想がついている。
ラクハサだ。あれ以外に居るものか。
なぜ? 分かるはずがなかろう。こちらが聞きたい。
「見た感じなさそうですね。剥きやすか?」
「手間を増やすな」
「んじゃ廃棄で?」
「不満か?」
「いえいえ、そんなまさかです。ただ、連中はなに考えてんのかって」
「アレの考えなんぞ知りたくもない」
「そりゃあ、そうなんですがね」
待ってくれとかすれた声で抗議するが、2人はまるで聞こえていないかのよう。
「おいテメェら、聞いてたな。このガキも年寄りどものとこに連れていけ。穴倉のルールを叩きこむのも忘れんじゃねえぞ」
ちょび髭が手下に向かって指示を飛ばす。
強面の兄ちゃんたちが檻の鍵を開けて入ってきた。
抵抗しようとしたが、先制の拳を避けることすらできず地に伏せる。
おい、くそ、ふざけんなよあのガキ。
「次は女ですが――」
朦朧とする意識。ラクハサを罵ることすらままならなかった。
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