魔法のキャンドルランタン

子羊

魔法のキャンドルランタン

 まだ、会ったことのないおじいちゃんの居場所を聞いたのは、僕の誕生日の時だった。

 どうやらかなりの変人さんらしい。


 そんな変人さんのおじいちゃんは、お店を開いている凄い人なんだって。お店やってるなんて凄くない? 僕はそう思うけど。


 僕のお父さんとお母さんは、あまりよく思ってないみたいで、僕がずっと本を読んでいたら「お祖父さんみたいに、変な人になってしまうよ」とかよく言ってたっけ。

 

 なんでだろう、不思議だね。


 だから僕は、おじいちゃんに会いにいこうと思う、だって今日は僕の誕生日! どうせならお祝いして欲しいし、どんな変人さんなのか気になるな!


 お父さん達がお隣さんと話している隙に、こっそり抜け出して猛ダッシュ。

 とにかく走った。すぐ疲れちゃったけどね。ここなら平気そうだ。

 僕はスピードを緩め、歩き出した。




「着いた! ここがおじいちゃんのお店なんだ」

 うーん、想像してたよりもボロボロだけど。トントン、緑色のドアにノックをする。

 あっ、手に埃が付いちゃった。ちょっと汚いな。


「……誰だ」

 しわしわの声が聞こえて、ハッとする。少し怖いけど。


「おじいちゃん! おじいちゃんの孫だよ、今日僕の誕生日なんだー。お祝いしてよ」

 僕は、大きな声で明るくお話した。


「……入れ」

 あれ? 声が優しくなった気がする。


 ボロボロのドアを開けると、とっても大きい本棚が何個も見えた。

「凄い、たくさんの本がある!」

「ああ。大きくなったな」


 おじいちゃんは優しい笑みを浮かべて、僕の頭を撫でてくれた。しわしわの手だった。


「ねぇ、おじいちゃん。おじいちゃんは何のお仕事しているの? 僕、気になるよ」

「何だと思うかい」

「図書館の先生っ!」


 だってこんなにたくさんの本があるんだもん。きっとそうだよ!


「ハッハッハ、残念だったね。違うよ」

「フフッ面白い笑い方ーー!!」

 間違えた事よりも、おじいちゃんの笑い方が面白くて、僕はたくさん笑った。


 そんな僕を見て、おじいちゃんは悲しい顔をしたけど、僕にお仕事のお話をしてくれたんだ。


「この魔法のキャンドルランタンは故人、うーむ。亡くなった人との思い出を見れる凄い物だ」


 そう言って見せてくれたのはキャンドルランタン。キャンドルに火を付けて、その上からカポって、はめるやつ。初めて見た!


「へぇーすごいね」


「ああ。だが、思い出と触れ合うたび、つまり時間に応じて、寿命がなくなってしまうんだ」


「寿命って?」

「生きることのできる時間のことだ」


「……生きる時間が無くなっちゃう」

 生きる時間が無くなったら、死んじゃうのかな。


 おじいちゃんのお話は少し難しい、だけど凄く色々知りたい! そう思った。


「故人との思い出に溺れ、亡くなった人をたくさん見てきた。……この店でな」


 おじいちゃんは凄く悲しそうな顔をしてた。僕はなんて声をかければいいのかな。


「……うーん、おじいちゃんは、変人さんなんかじゃないのに」


「変人?」

「うん、お母さんがよく僕に言ってた」


「あいつめ……」

「どうしたの、おじいちゃん?」

「ん、なんでもない」


 おじいちゃんは、トコトコと歩いてボロボロのソファに腰をかけて、ゆったりとしている。

「やっぱり、おじいちゃんは凄い人だよ! だって、死んじゃったらもう会えないのに、もう一度会える。それに……」

「魔法のキャンドルの作り方を教えてやろう」

 おじいちゃんは僕の言葉を遮った。意地悪! でも作り方知りたい、気になる。



 僕は、おじいちゃんに魔法のキャンドルの作り方を教えてもらった。


「これでおしまいだ。もう帰りなさい」

「やだ〜おじいちゃん家に泊まるのー!!」


「こ、困ったな。そうだ! 最期に、魔法のキャンドルランタンの使い方を教えてやろう」

 おじいちゃんは、言葉の明るさとは反対に凄く泣きそうな顔してた。


「うん! おじいちゃん、楽しみ」


 そうして僕は、おじいちゃんの隣に座り、魔法のキャンドルランタンを見つめていた。


「マッチを擦って、キャンドルに火を灯した人の寿命が……消える」


 おじいちゃんがマッチを擦り、キャンドルに火を灯す。暖かい。今、おじいちゃんの寿命が消えている。


 揺れる火を見ていると、そこに人影が見えた


「この人は?」

「私の妻だ」

 つまり、僕のおばあちゃんらしい。優しそうな人だ。あ、僕のお母さんがうつってる! まだ小さいんだ。

 ふふーん、後でお母さんに自慢しちゃおうっと。



 ドサッ。


「お、おじいちゃん。ちょっと重たいよー!もう……んっ?」

 おじいちゃんが僕に寄りかかり、重たくて少し、ずらす。だけどおじいちゃんの反応はない。


 嫌な予感がした。僕は真っ先に、お母さんを呼びに行ったのだった。








「あれ? ここ……潰れたと思ったのに」


 私はふと立ち止まる。そして、まじまじとお店を見てしまう。噂を耳にしてから何度、このお店に行こうと考えたか。

 確か、支配人が亡くなってそれから潰れたんじゃなかったか?


 疑問に思うも、古い雰囲気の良さそうなドアを開けた。すると大きな本棚が目に入り、若い支配人がソファに腰掛けていた。


 私が来たことに気づいたのか、人が良さそうな支配人は、火のついていたキャンドルを消し、


「少し新しくしたのですが、当時の雰囲気はそのまま残してあります」

 と言った。


 おそらく私の独り言が聞こえていたのだろう。

 三十代くらいに見える、優しそうな支配人だ。


 私は支配人にさっそく依頼をした。

 サッカーが好きだった息子。試合に向かう途中、家の近くでトラックにひかれてしまった。家から数百メートルも離れていない場所だった。


 私は、自分を責め続けた。

 あの日、「近くのグランドだから、先に行っておくれ。後からすぐに追いつくから」と撮影する用のカメラを探していた私は、息子にそう言った。


 そして数分後、あの……トラックに。


 支配人は何も言わず、私の話に耳を傾けてくれた。他人は、私の話を聞くと大体が前向きに生きろ! とか、あの子の分まで生きるんだ! など無責任な事を言うのだ。



 だが、支配人は何も言わない。それだけで心が軽くなったような気がした。

 そして支配人は、マッチを擦りキャンドルへ。


 死んだ息子との記憶。数々の楽しかった日々が蘇る。

「あああ……すまない、息子よ。私は」



《ねぇ、お母さん。僕大きくなったらお父さんがなれなかったサッカーの選手になるの! お父さんには内緒ね》


「……っ!! そうだったのか、あの子はだからサッカーをやっていて」


「最初はその目的でも、気づいたら息子さんは本気でサッカーを、やっていたのかもしれませんね」


《あーやっと笑ってくれたー! お父さん、お仕事疲れたの? 僕、お父さんには、いつも笑っててほしいな。……だって僕も元気出るんだもん!》


「う、うあああああ。あぁ、なんで。なん…で」

 涙が滝のように、流れていく。今だけは、息子の為を思って泣きたい。


 そして私は人目を気にせずに、泣きじゃくった。





「今日は、本当にありがとうございました。私は今まで、息子を死なせてしまった罪悪感に苛まれ、笑顔などとっくに忘れていた。

 でもあの子がそれを望むなら私は、前を向き生きていたい。最期まで」


「……それは、良かったです。たまに故人との思い出ともに旅立ってしまう人もおられるので」

 支配人は悲しい顔してから、私に向かって笑顔を向けた。きっと悲しい想いもたくさんしたのだろう。


 私には想像もつかないが。




「お代は結構です。今日、貴方に出会えてよかった」


「え? それはこちらが困ります。素晴らしいものを貰ったのですから、せめてお代ぐらいは」


「いえ、結構です。貴方のその笑顔だけで、お釣りが出てしまいます」


 支配人は心から嬉しそうな顔をする。この人はどれだけ優しいのか。


「分かりました。本当にありがとうございます。たまに来ます、辛くて仕方がない時にでも」


「ええ。是非、お待ちしています」


 私はこの日を、忘れることはないだろう。

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