悲劇の勇者は理解する

 森本英雄と立花輝が対峙する横では、二柱の神もまた、互いに妖精姿のままで対峙していた。

 相変わらず社会の窓が前回のアレスが先に口を開く。


「ああ、愛しのソフィア……ようやく会えたね。さあ、僕らの家へ帰ろう」

「そんなものどこにあるんですか?」

「ふっ……まだ魔王に囚われたまま記憶を失っているようだね」


 全く会話にならないアレスの言葉に、ソフィアは肩をすくめた。

 そして気を取り直すように息を深く吸い込んでから問い掛ける。


「それよりもアレス、これはどういう事ですか?」

「どういう事って? 何でも聞いてごらん」

「とぼけないでください。立花輝さんのステータスにチートスキル……能力を付与したのはゼウスですね? しかもあなたは自分の力で装備一式まで与えている」


 数的にも種類的にも、輝に付与された能力はゼウスに次いで神格の高い神々で構成される「幹部会」のメンバーでも付与出来ないものであった。

 以前にソフィアが英雄に説明する際の言い方を使えば、チートスキルに200pt、全ての初期ステータスを限界値にするので200ptと、合計で400ptに達している。

 「幹部会」のメンバーが付与出来るのは300ptまでだ。


 更にアレスは自身のptで輝にゆうしゃ装備一式を与えている。

 ゆうしゃ装備はこの世界で最強の武具を超える攻撃力や防御力を持つ。

 

 ギドやゴンによるまおう装備でいくらかマシになったものの、所詮は人の手ならぬモンスターの手によって造られたもの。

 神が造った装備であるゆうしゃ装備の強さには敵わず、状況は英雄に不利だ。


 アレスは、ソフィアの指摘を受けても顔色を一切変えずに続けた。


「そうだよ。それがどうかしたかい? プロジェクトの確実な遂行の為には必要な措置じゃないか」

「……っ!!」


 アレスの言っている事は一理ある。

 そもそも「アキラクエスト」の発案に、ソフィアを早めに神界に返そうとするアレスの意図があるのは明らかだ。

 とは言え、プロジェクトが神々の審議を通過して採用されたものである以上、ソフィアが強く反論する事は出来ない。


「ゼウスだって、今度日本でいい感じのお店を紹介すると言えば快く引き受けてくれたよ」

「あのスケベジジイ……!!」


 ソフィアは悔しさに顔を歪め、横で剣を構えて輝と対峙する英雄に視線を移す。


(英雄さん……!)


 今のソフィアに出来るのは、せいぜいアレスが余計な事をしない様に見張る事。

 そして見守る事だけだ。


 ソフィアは顔の前で手を組み、祈るように英雄を見つめていた。


 ☆ ☆ ☆


 神々の会話はほとんど頭に入って来ない。

 俺も森本君も、互いの事しか視界に入っていなかった。

 先に剣を振ったのは森本君だ。


 決意のこもった瞳で、されど不器用に繰り出される森本君の斬撃をいなす。

 どうやら森本君にはあまり武術の心得はないらしい。

 

 俺は小さい頃から色んな習い事をやらされていた。

 これならうまくやれば戦いながら話をする事が出来るだろう。


 袈裟斬りの軌道で振り下ろされた剣を受け止めて鍔迫り合いになる。

 その状態から剣を押し返して森本君を後退させた。


 そしてすかさず、わざと森本君が受ける事が出来る様な軌道と加減で剣を振り下ろす。

 今度は、森本君が防御に回る形での鍔迫り合いになる。


 森本君は震える腕で剣を支えながら「ぐっ……」とうめき声を漏らす。

 じりじりと刃を押し付けながら俺は問い掛けた。


「どうして……どうして俺の仲間たちを倒してしまったんだ」


 すると、森本君の横から「えっ」という声が聞こえて来た。

 森本君は、ソフィア様と目を合わせてから質問で返してくる。


「立花は何も聞いてないのか?」

「どういう事だ?」

「この世界で倒されたチート系主人公は別に死ぬわけじゃない。日本に戻されるか、別の世界に転生するだけだ」

「何だって?」


 その時、俺の横からは舌打ちが聞こえて来た。

 次の瞬間、森本君は俺の腹に蹴りを入れる。

 不意打ちにたまらず後退した。


 そして俺たちは再び剣を構えて対峙する。

 俺は前屈みになって地を蹴り走り出した。


 接近した瞬間、森本君がこちらに向かって剣を振り下ろしてくる。

 それを弾いて斬撃を撃ち込んだ。

 森本君がそれを受け止めて、またも鍔迫り合いになる。


 そこで俺は問い掛けた。


「だからって、人間を血祭りにあげたり、女の子のお尻を触り放題にしたりなんてやっていいとでも思っているのか?」


 すると、森本君はこちらに聞こえるかどうかくらいの音量で「えっ? あ……」と呟いた。

 まるで自分が言った台詞を忘れていたかの様に。


 ソフィア様を睨んでから視線をこちらに戻すと、森本君は口を開いた。


「お尻を触り放題の下りは今は忘れてくれ」

「いいや、そんな事には出来ない。今もお尻を好き放題にされる事に怯えている女性たちの気持ちを考えてみろよ」

「わかったそれは絶対にしないから忘れてくれ!」

「本当だな?」

「ああ」


 そこで俺は森本君の剣を押しのけると、一旦引き戻した自分の剣をすぐさま振り上げた。

 森本君の剣が彼の後方に吹き飛んで行く。


 同時に森本君も後方によろけ、尻もちをつく様な形で座り込んだ。

 片手で剣を突きつけて動けば切る事を暗に示しながら、俺は次の質問をする。


「じゃあ人間を血祭りにあげるというのは?」


 すると森本君は、少し何かを考える様な間を空けた。

 そしてソフィア様と目を合わせ、頷いてから答える。


「血祭りってのはあれだけど……俺が人間、というかチート系主人公を倒しまくって来たのは、あいつらが無闇矢鱈にモンスターを倒すからだ」

「何だって?」

「俺はチート系主人公によってその数を減らされたモンスターたちを救うためにこの世界に呼ばれたんだ」


 モンスターを、救うため?

 俺はその一言に違和感を覚えざるを得なかった。


「何故そんな事をする必要があるんだ? モンスターを倒すのは当然の事だろう。やつらは人間を襲うんだから」


 そう言いながら森本君と目を合わせる。

 次の瞬間、思わず言葉を失ってしまった。

 

 こちらを静かに射抜くその燃える様な瞳は、最近にもどこかで見た事のあるものだったから。

 強い意志を宿した瞳でこちらを射抜いたまま、森本君が口を開く。


「それはな、モンスターだって……生きているからだよ!」


 その言葉を聞いた俺は身動きが取れなくなってしまった。

 それを見抜いたかの様に、森本君が手のひらをこちらに向けて叫ぶ。


「『英雄プロージョン』!!」


 俺の足元が爆散するものの、一切の影響はない。

 「森本英雄の放つスキルの無効化」……それが俺の持つ能力だからだ。

 その名の通り、森本君が放つスキルを全て無効化する。

 

 森本君が同じく相手の能力を無効化するスキルを持っていた場合でもこちらが優先されるらしい。

 とは言ってもスキルの発生そのものは防げず、足元からは土煙が舞い上がる。


 視界が白く染まる中、俺は攻撃を警戒して剣を構えた。

 そして煙が晴れようかという瞬間、その中から森本君が飛び込んで来た。


 手には剣を持っている。下から上へ、右から左へ。

 大振りで、隙だらけの剣技を披露しながら、森本君は俺に言葉を浴びせて来る。


「モンスターにだって人生がある! 家族があって、友達もいる! 恋だってする! 結婚をして子供を産む!泣くこともあれば笑う事もある!」


 森本君の剣技は不格好で、あまりに拙い。

 けれど、その太刀筋には一切の迷いが見られなかった。


「なのに! 人間がモンスターを襲う事は許されて! その逆が許されない理由はなんなんだよ!」


 俺はそんな森本君の剣を受けるだけで精一杯になっている。

 戸惑いと混乱が、ゆっくりと心を蝕んでいくのを感じた。


 気付けば森本君の攻勢は止み、肩で息をしている。

 なのに俺は反撃に転ずる事もせず、黙って次の言葉を待っていた。


「どうせ共通の敵のモンスターがいなくなれば、人間は人間同士で争いを起こす……お前もそうは思わないか?」


 思いたくはない。けれど否定も出来なかった。

 俺たちの元いた世界の歴史が、森本君の考えを裏付けているからだ。


「モンスターは違う。喧嘩はしても、争いはしない。嫌う事はあっても、憎むような事はしない。人間よりよっぽど崇高な生き物だよ」


 もう俺たちは剣を構えてすらいない。


「立花……俺はあいつらが好きだ。お前が倒して当然だと思っているモンスターたちが好きなんだ。たまに人の話は聞かねえしやる事はめちゃくちゃだけど、気が良くて面白いあいつらと過ごす生活を、いつからか気に入ってたんだ」


 森本君はゆっくりとこちらに歩み寄って来る。


「お前が知らなかっただけだってのはわかってる。転生者を倒しても別の世界で生き返る事。モンスターと人間の違いや、俺がこの世界に来た理由。もし知っていれば、立花も俺と同じ考えを持ってくれたかも知れない……」


 彼の横ではソフィア様がうんうんと頷いている。

 それからアレスを指差して叫んだ。


「悪いのは、何も教えなかったそこの変態です!」

「な、何を言っているんだいソフィア」


 でも、二柱の神のやり取りはどうでもいい。

 俺の心の中では森本君の言葉が渦を巻き、戦う理由を今にも押しつぶそうとしている。 

 そこで森本君は、今度は落ち着いた、優しさすら感じる声音で語りかけて来た。


「だから、もしお前がこれ以上戦う理由を見付けられないんだったら……悪いけど倒されてくれないか? 俺はあいつらと死に別れるわけにはいかないんだ」

「……」


 俺が俯いて森本君の言葉を反芻していると、アレスが大声で喚きたて始めた。


「だっ、騙されるな輝君! その男の言っている事は嘘だ!」

「アレス、黙りなさい。下界の者たちのやり取りに神が口を挟むものではありません」

「ここまでしておいて今更じゃないか! 輝君、魔王に騙されてはいけない! ソフィアだって洗脳されているだけなんだ!」


 そこで俺はようやくアレスに視線を向けた。

 元よりどこか胡散臭いこの神の事は信用していない。


「アレス、俺は森本君の言っている事を信じるよ。そうすれば全ての辻褄が合う。お前の言っている事の方が余程不自然だ。第一、どうやって森本君がソフィア様を洗脳したって言うんだ? その目的は? それに万が一洗脳出来ていたとしたら、もっと他にソフィア様を利用する道があったんじゃないのか?」


 アレスの顔はみるみる内に歪んでいく。

 悔しさや怒り、憎しみ……色々なものがそこから滲み出す。

 そして手のひらを俺に向けて叫んだ。


「ええいっ! うるさいっ! お前は魔王を倒してソフィアを連れ戻せばいいんだ!いいから戦えっ!」


 アレスの手から光が発せられ、俺の身体を包む。

 次の瞬間、身体が意志に反して勝手に動き始めた。


 ソフィア様が目を見開き、眉間に皺を寄せて叫んだ。


「アレス! 貴方という人はっ……!」


 ソフィア様は先端に五芒星が付いた杖を取り出し、アレスに向けて振った。

 光の鎖がアレスの身に纏わりついていく。

 そのやり取りの間、俺は剣を構えて森本君に向かって走り出していた。


 森本君が迎撃すべく剣を構える。

 横ではソフィア様が泣きそうな声で謝っていた。


「二人共ごめんなさい……! アレスの精神干渉系魔法を止める事が出来ませんでした。もう解除したとはいえ、今の輝さんの心は、数秒前のアレスの考えに支配されています!」


 でも、森本君が表情を変える事はなかった。

 あの瞳でこちらを見据えたまま微動だにしない。


 俺の身体は、森本君に向かって剣を振り下ろした。

 アレスの意志によって振られた見た目だけは綺麗な剣技は、不器用でも迷う事のない、強い意志を持った森本君の一振りに弾かれる。

 ゆうしゃのつるぎは俺の手を離れ、どこかへ飛んで行った。


 それから穏やかな表情で、森本君は俺に別れを告げる。


「じゃあな立花。また向こうで会ったら……仲良くしてくれよ」


 魔王ヒデオの剣が次から次に撃ち込まれ、遂にHPが0になったのだろう。

 最後の一振りを受けた俺の身体が光の粒子へと変化し始めた。

 そこでようやくアレスから解き放たれた俺には、自分の意志が戻っていた。


 複雑な表情で消えゆく俺を見つめる森本君を見てようやく理解する。


「そうか、森本君……君こそが、本当の……」


 俺の意識は、そこで途絶えた。

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