ハッピーエンドを掴み取れ!
一人で戦う。
「アキラクエスト」の概要を聞いた時から、そう心に決めていた。
シナリオ通りに戦っても、モンスター側に犠牲は出ないかもしれない。
でも、出ないとも言い切れない。
決まっているのは、俺がチート系主人公を全て倒す事。
そして俺が立花に倒されるという事だけなのだから。
やれるかどうかはわからない。
でも、やるしかない。
転生の際にソフィアから課された条件をクリアしつつ、ちゃんと皆に笑顔でお別れを言ってから日本へ戻るには、「アキラクエスト」を進行させながらも最後に立花を含めたチート系を全員倒すしかないのだ。
俺はルーンガルド民に、念入りに待機を命じた。
そしてほとんど人のいない東門から脱出。
「隠ぺい」効果付きのローブを身に纏って遠回りでシオリンガルド方面へ。
「隠ぺい」を破る事が出来るのは俺の知る限りではシャドウだけ。
南門にいるシャドウの索敵範囲にさえ気を付ければ、俺が抜けだした事はバレていないはずだ。
多少時間はかかったものの、勇者パーティーがルーンガルドに到達するまでには間に合った。
街道をシオリンガルド目指して歩く。
そしてシオリンガルドとルーンガルドの中間地点まで来た時の事だった。
草原の遥か彼方に勇者パーティーの先頭が見えた。
戦闘開始だ。
「英雄さん……絶対に、勝ちましょうね!」
「ああ」
声をかけてから攻撃を仕掛けるなんて悠長な事はやっていられない。
数の上では不利どころの話ではないのだから。
射程ぎりぎりに彼らが入った時点でスキル名を発した。
「『
轟音。
当然、手加減なしの威力最大版だ。
ここからでも視認出来る規模の爆炎。
煙が高く舞い上がり、めくれ上がった土が散乱していく様子が見て取れる。
判断力の高いチート系は既に散開を始めている。
その判断が出来ていないやつがいる内にもう一発撃ち込む。
「『英雄プロージョン』!!」
轟音。
さっきよりも巻き込めたチート系の数は大分減ってしまった。
移動系チートが左右に散開し、防御系チートは真正面から突っ込んで来る。
それ以外のチート系は後退していて「英雄プロージョン」の射程範囲外。
まずは「
移動系チートや防御系チートの足を止めた。
そこから「
そこから再びの「英雄プロージョン」。
数人の移動系チートや防御系チートを吹き飛ばした。
それでも数が多く、迫って来る敵はかなり残っている。
「英雄の波動」からの「英雄プロージョン」を繰り返していく。
徐々に勇者パーティーの前衛はその数を減らしていった。
この戦いに臨む上での一番の懸念は立花の存在だ。
ソフィアは、立花に付与された能力は「森本英雄との戦闘に特化した能力」としか聞かされていないらしいけど、とにかく苦戦する事は間違いないだろう。
この数のチート系と戦っている時に出てこられるのはまずい。
なのにどういうわけか立花は出てくる気配がない。
最後尾にいて中々先頭まで来れない……?
今ならまだその可能性は残されているけど。
そう考えている間にも戦闘は継続されている。
前に出ている移動系チートや防御系チートは数えられる程に減って来た。
ならば後ろにいるその他のチート系を倒そうと、足を踏み出す。
その時だった。
「英雄さん! 上! 3時方向から来てます!」
「上……? 飛行能力を持ってるやつもいるのか!」
「かなりレアですが!」
ソフィアが声で示した方向を確認すると、生身の人間が空を飛んで俺の近くにまで迫って来ていた。
そいつは何故か空中で「命」のポーズを取っている。
どういうスキルなのかは知らないけど、気持ち悪いと思った。
一度全ての方位を見渡してみる。
するとかなりの大外から走って回りこんで来ている移動系チートが4時方向や8時方向に数名。
8時方向にいたやつらを「英雄プロージョン」で倒すも、他は間に合わない。
最初に突っ込んで来た飛行能力持ちを素手で倒す。
その代わりに捌ききれなかった防御系チートの攻撃を受けた。
移動系チートや防御系チートの攻撃力は大した事がない。
それに俺には魔物の幹部級専用パッシブスキル「自己再生」がある。
だからHPもそんなに減りはしないけど、放置するのもまずい。
近寄って来たやつらを倒している間に、少しずつ他のチート系も距離を詰めて来ている。
中には思い切って前に出て来た攻撃系チートもいた。
「ソフィア! 攻撃系チートがどいつかだけ教えてくれ!」
ソフィアは、自分から一定の範囲内にいるキャラを視認するだけで、そいつのスキル構成を理解できる。
今の状況で最も警戒しなければいけないのは、攻撃系チートだ。
俺には防御系統のチート能力はない。
だから攻撃系チートの攻撃を受ければ即死する可能性がある。
それに、逐一やつらの攻撃の射程距離までは把握できない。
ソフィアなら把握出来るけど、それを一人一人個別に教えてもらって対策を取る何ていう余裕はない。
だから遠くにいる内に余裕を持って倒しておくべきだ。
「あれと、あれと、あれです!」
ソフィアが指を差して教えてくれたものの、かなり距離がある。
はっきりとどの敵かまではわからない。
だから大体の方角と位置に「英雄プロージョン」を撃ち込んでいく。
「『英雄プロージョン』!!」
轟音。
吹っ飛んでいったやつが攻撃系か移動系チートのはずだ。
防御系には「英雄の波動」を使ってからでないと効かないから。
そうこうしている間にもまた何人かが目前に迫る。
その繰り返しで、次第に俺に纏わりつく敵は数を増やしていった。
移動系チートは倒せはするものの、素手だと一発ではさすがに片付かないから時間がかかってしまう。
遠くにいる攻撃系チートを捌きながらでは、さすがに倒しきれないのだ。
そして遂に、纏わりつく敵が増えすぎて、「自己再生」でも間に合わない程にHPが減り始めた。
ほぼ囲まれて視界も良くはなく、攻撃系チートを倒す手際が悪くなる。
そんな状況での事だった。
「どけぇっ!」
その声と共に、俺の目の前にいる敵が横に避けた。
次の瞬間、閃光が視界を埋める。
「『サンダーボルト』!!!!」
倒しきれなかった攻撃系チートが目の前にまで迫っていたらしい。
味方を巻き込むことを懸念してか、あまり派手な魔法ではないから一撃で死ぬ様な事はなかった。
俺の身体が後方に吹き飛ぶ。
「英雄さん!!」
視界には迫り来る無数のチート系主人公。
俺のHPはもう半分を切っていて、「自己再生」での回復はとっくに間に合わなくなっている。
くそっ、やっぱりだめか……。
ソフィアの泣きそうな顔が目に飛び込んで来た。
後で俺の死を知ったエレナも、こんな顔をするのだろうか。
他のみんなだって。
魔王ランドでの日々が次々に頭の中に呼び起こされる。
これが走馬灯とか言うやつか……。
初めて魔王ランドに来てその日に魔王になった。
それからシャドウと出会い、キングがゴンザレスを連れて来て。
アリスやリカとも出会って。
ドラゴン族や詩織、そして魔人……。
どいつもこいつも癖があって面倒なやつらばかりだったけど。
何だかんだで楽しかったな。
最後にお別れくらい言いたかった……。
悪いな、みんな。
俺は諦観の念と共に静かに目を瞑った。
「諦めるのはまだ早いわよ!」
えっ……。
目を開いた瞬間、何と空からリカが降って来た。
「『正義の献身』!!!!」
リカの職業特有の、某有名RPGでいう「かばう」的なスキルだ。
チート系主人公たちの攻撃を全てリカが吸収し、俺のHPの減少が止まる。
そして。
「『
俺たちを中心とした巨大な十字状の光が天に昇っていき、辺り一帯を包む。
視界が回復する頃には、防御系以外のチート系主人公は消え失せていた。
目の前には騎士っぽいマントを纏った中年のおっさん。
この世界において、転生に頼らない天然のチート系スキルが使える唯一の職業である「勇者」の資格を持つ者。
ゴンザレスがリカと一緒に俺の前に立っていた。
「ヒデオ様……遅くなり、申し訳ありません」
空を見上げれば、ドラゴン族の子供ランドが楽しそうに飛び回っている。
どうやらこの二人はランドの背中に乗ってここまで来たらしい。
次の瞬間、突然夜になったかのように空が暗くなる。
そして強烈な地鳴り。
「フッ!!」
凄まじい烈風が巻き起こり、周囲のチート系主人公が全て吹き飛んで行く。
振り向くと、そこにはドラゴン族の首領バハムートがいた。
今のはブレス攻撃ではなく、ただ強く息を吹きかけただけらしい。
「どうしたヒデオ、普段から萌え王の加護を受けておるというのにみっともないではないか」
「何言ってるかわかんねえ……」
そう呟くと、今度は凄まじい地震が起きた。
「オオオオオッ!! ヒデオはやらせないよ!!」
ゲンブだ。バハムートの背に乗って来たのだろう。
そして。
「ヒデオ様をお守りするのです!!!!」
少し遅れてやって来たルーンガルド民たちが、ライルの号令で一斉に勇者パーティーに向けて走って行った。
その中には詩織を始めとしたシオリンガルドのモンスターたちもいる。
「お前ら、何で……」
そこでようやく俺はそう問いかける事が出来た。
リカがこちらを振り返って返事をしてくれる。
「決戦前にみかんを食べておこうと部屋に行ったら、あんたがいなかったからよ」
まじか。そこは「あんたの考えなんてお見通しよ」とか、かっこいい事言って欲しかった……。
複雑な表情の俺を見ながらリカは続ける。
「まあ薄々こういう事するんじゃないかとは思ってたからね、ルーンガルド中を走り回ってみんなにヒデオが一人で決戦に向かったっぽいって事を知らせて、後はシャドウにテレポートでドラゴン族の里まで行って協力を要請したのよ。ゲンブはドラゴンの族の里から近いからついでに拾って来たわ」
するとバハムートがそっぽを向きながら言った。
「ふ、ふんっ! 別にお主がどうなろうと構わんのだがなっ! 萌え王が悲しんでは我らの萌えも失われてしまうからなっ!」
「お前それどこで覚えたんだよ」
この世界には当然ながらツンデレの文化はない。文化?
天然のツンデレなのだろう。
次にこちらに歩み寄って来ていたゲンブが言った。
「ヒデオにはハナビを見せてもらった借りがあるからね」
そして気が済んだのか、甲羅の中に入って休み始めた。
その様子を見届けてからリカが口を開く。
「そうそう、この場に来てないギドやゴンからのプレゼントよ。ランド!」
リカの呼びかけに応じてランドが降りて来た。
よく見れば、ランドはその手に何かを持っている。
「決戦用のまおう防具一式と、『まおうのつるぎ』らしいわ」
「かっこいいじゃん! よかったねヒデオ!」
言いながらランドはこちらに装備を渡してくれた。
早速身に着けてみたものの、全体的にゴツすぎてださい。
とりあえず兜だけは外しておいた。
そして俺は周囲を見渡して言った。
「みんな、ありがとな」
「お礼を言うのは早いわよ。まだあんたが倒さなきゃいけない相手が残ってるんでしょ」
「ああ」
リカの言葉に頷いて返事をする。
「リカとゴンザレスは、倒されそうになってるモンスターを助けに行ってやってくれるか?」
「わかったわ」「かしこまりました」
走り去る二人を見送っていると、横から嗚咽の声が聞こえて来た。
驚きと共に声の方を振り向くと、ソフィアが泣いていた。
「ううっ……いい話ですねえ……」
「何泣いてんだよ……でも結局、みんなに助けられちゃったよな」
ソフィアは涙を拭い、そして微笑んだ。
「ですね。それじゃ行きましょう!」
黙って頷き、返事の代わりにする。
そして俺たちは戦場を縦に走る街道を歩き始めた。
少し行くと、不自然に開いている場所に出る。
すると街道の向こう側には見慣れた人物がいた。
「立花……」
立花は慌てて走っている様子だったけど、俺を見付けると歩き始めた。
次第に俺たちの距離はなくなっていき、やがて目の前まで来たところで立ち止まる。
立花のチートスキルを確認したソフィアがその内容を俺に告げた。
今はもう、戦場の誰も俺たちを気にかけていない。
俺たちの周囲は、そこだけ空間が切り取られているかの様に静まり返っている。
恐らくはプロジェクトをシナリオ通りに遂行するため、神々が何かをしているのだろう。
そもそも立花の元に1386人も集まる事自体不自然だ。
でも今となっては全て関係ない。
俺を静かに見つめたまま、立花が口を開く。
「森本君、君は……」
俺はまおうのつるぎを構えながら、その言葉を強引に遮った。
「悪いな立花。話はいつか……また次に会えた時にな」
立花がどういう状況にあり、何を考えていようとも。
もう俺には立花を倒す以外の選択肢は残されていない。
そして、立花も剣を構えた。
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