新たな勇者の冒険譚

「異世界より来たりし勇者アキラよ、お主にこの勇者の装備一式を授けよう」


 召喚の儀式を終えた俺は、その上階にあった謁見の間にて勇者の装備一式という装備を受け取った。

 渡してくれたのは、周囲の人々から国王と呼ばれている人だ。


 この世界に来たばかりなのに、誰もが俺を勇者だと信じて疑わない。

 あの魔法陣を使って召喚されたからなのか。

 それとも、アレスが何かをやっているのか……。


 アレスは自分の事を神だと言う。

 そんな事、もちろん最初は信じていなかった。

 

 アレスは話し方や仕草がいちいち芝居がかっていて胡散臭いし、何より常に社会の窓が全開だからだ。

 だから不意に殴りかかってみた。


 我ながら頭の悪い行動だとは思ったけど、他に試しようがなかったからだ。

 結果として、俺ではアレスに触れる事すら出来なかった。

 どうやらこの男が神だと言うのは信じるしかない様だ。


 神には神聖魔法というものが使えるらしい。

 これは端的に言えば「何でもあり」な魔法だ。


 そんな力を持っているから、神と下界の者ではまともな戦闘にすらならない……そうだ。

 結局はよくわからないし、アレスが神だからと言ってどうという話でもないのでそれ以上詳しくは聞かなかった。


「さて、めでたく勇者として王様にも認めてもらえたんだから、次はいよいよギルドへ行ってパーティー結成だね」

「パーティー? 一人で行くんじゃないのか?」

「どうしてだい。君は日本でRPGとかはやらなかったのか?パーティーで行った方が何だかロマンがあるしかっこいいだろう」


 そう言ってアレスは飛びながらやれやれと肩をすくめた。

 何を言っているのかよくわからないというのが正直なところだ。


「まあいいけど……でも、この世界に来たばっかりでどこの馬の骨とも知れない俺が募集して人が来るものなのか?」

「やってみればわかるさ。日本の有名なRPGだって酒場で募集したらなぜかすぐに、しかも希望通りに来るだろ? そういうものなんだよ」


 このまま言い合っていても埒が明かない。

 とりあえずアレスの言う通りにする事にした。

 

 王城を出てギルドという建物まで案内してもらう。

 移動する間も見知らぬ人が数人、俺とアレスについて来る。

 もうここまで来ると不気味でしかない。 


 程なくして目的の建物にたどり着いた。

 扉を開けると、湿った木の香りとたばこの匂いが漂って来る。

 いや待てこの世界にたばこなんてあるのか?


 建物の中をざっと見渡してみると、七輪でサンマを焼いている人がいた。

 匂いの原因は恐らくあれだろう。

 しかし今はサンマはどうでもいい。

 あまり気にしない事にした。


 アレスが奥の受付けにいるお姉さんを指差しながら言った。


「あそこに美人なお姉さんがいるだろ? 美人と言ってもソフィア程じゃないけどね。あの子にパーティーを募集したいと言えばいい」

「…………」


 なぜそこで奥さんの名前を引き合いに出してくるのか。

 ていうかアレスは神なのに、結婚なんて出来るのだろうか……。

 それを知る術は今はないしそこまで知りたくもない。

 

 アレスに訝し気な視線を送りながらお姉さんのいるところへと歩き出す。

 横から、アレスが追い打ちをかけるように言って来た。


「そうそう、募集はチート系主人公限定で、という条件をつけなきゃだめだよ? チート系主人公は死んでも転生出来るけど、この世界の原住民は出来ないからね」


 またよくわからない事を言っている。

 思えば、俺はろくにこの世界に関する説明を受けていなかった。

 

 受付に着くと、カウンターに肘をつきながらお姉さんに話しかける。


「すいません、パーティーを募集したいんですけど。えっと……チート系主人公? 限定で……」


 するとお姉さんは大きな目を更に見開き、口に両手を添えて叫び出した。


「みなさ~ん! 勇者アキラ様がパーティーを募集してますよ~!」


 お姉さんは俺の事を知っていたらしい。

 んなあほな……もう何が何やら。


 お姉さんの声を聞いた人々は次々にこちらを振り向き、そのまま俺たちを取り囲む様に近づいて来た。


「何っ!?」

「勇者アキラが!?」

「アキラってあのアキラか!?」

「私を……私を仲間に入れてください! 何でもしますから!」

「ばかやろう俺が先だ!」

「うおおおっ!! 俺も一緒に行くぜええええっ!!」

「べっ、別にあんたと仲間になんてなりたくないんだからねっ!」

「やれやれ……僕は静かな暮らしを送りたいんだがね……」


 あっという間に俺の周りには人垣が形成された。

 身動きが取れないので、とりあえず全員とパーティーを結成。

 ギルド近くの大きな広場に全員集まってもらって数えたところ、パーティーになってくれた人は1386人いるようだ。


 正直集まり過ぎだとは思ったけど、パーティー人数に制限はないみたいだし、多い分には問題ないだろう。

 でもパーティーと言えば、それこそ某有名RPGみたいに3~5人くらいを想定してたんだけどな……。

 

 まあこれで今後人員に困る事はないと思えばいいか。

 そんな事を考えていると、アレスが話しかけて来た。


「さあ輝君……パーティーも無事結成出来た事だし、後は進軍するだけだ。道案内は僕がする。君は先頭にたって、皆を鼓舞してくれ!」


 何だかいちいち茶番めいた言い方をするな……。

 まあいいか……とりあえずパーティー列の先頭に移動しよう。


「アキラ! アキラ!」

「マモル! マモル!」


 マモルが誰なのかはわからないけど、気にせずに歩く。

 何だか日本で言えば、有名なアーティストがライブをする時の物販待機列みたいだよな。

 ようやくパーティーの先頭に到着するとアレスが芝居がかった仕草で、両手を広げながら演説を始める。


「勇者の元に集まりし戦士たちよ! 時は来た! この旅が終わる頃には魔王ヒデオは討伐され、真の平和が世界に訪れている事であろう! これより勇者アキラから出発にあたっての一言がある! 心して聞いてくれ!」


 気付けばパーティーメンバー1386人は全員こちらを見ている。

 いやいや本当に何でこんなにいるんだ。


 とにかく何か言わなければ済まなそうな雰囲気だ。

 立ったまま腕を組み、目をつぶって数秒だけ考えてから口を開く。


「この場にお集りの皆さん、こんなどこの誰とも知れない私の様な者の為にお集りいただき、ありがとうございます。アレスは討伐などと言いましたが、実際のところ私は……魔王ヒデオに話を聞いて、出来る事なら和解を出来ないかと考えています……」


 ここでパーティーメンバーからざわめきが起きる。


「和解だって……? 有り得ない!」

「いや待て、アキラには何か考えがあるに違いない!」

「そうだ! 俺たちのアキラを信じるんだ!」


 そんな声が聞こえて来た。

 最後まで黙って人の話を聞いて欲しい。


「ですが……もし万が一、彼が本当に人々の命を奪い、女性のお尻を好き放題にすうような魔王であったのなら……私がこの手で倒します。どうか、そこにたどり着くまでの力を、私に貸してください」


 そこまで喋ると、礼をして締めの合図とする。

 顔をあげた時、皆は無言で俺を見つめていた。


 これは失敗か……?

 やはり和解というのが気にくわなかったのだろうか……。

 そんな風に考えていた時だった。


 無言だったのはほんの一瞬。

 少しの間を置くと、堰を切った様に周囲から歓声が溢れて来た。


「アキラ! アキラ!」

「うおおおおお! いいぞアキラああああ!!!!」

「やれやれ……仕方のない勇者だ……」

「何て寛大な心の持ち主なんだ!!」

「ははっ、こりゃ一本取られたね」


 思い思いに言葉を口にするチート系主人公と呼ばれる人たち。

 この人たち、もしかしてただ単に騒ぎたいだけなんじゃないだろうか?

 そう思いながら王都を後にすべく歩き出した。


 王都を出ると、アレスの道案内に従ってダンジョンの方へ足を向ける。

 街道には見渡す限りの田園風景が広がっていた。

 それを眺めていると、これから人間とモンスターが戦争をするなんて事実を忘れてしまいそうになる。


 ダンジョンまで移動する最中、パーティメンバーからこの世界の文化や慣習を教えてもらった。

 そしてアレスからは俺の「勇者」としての力がどんなものなのか、簡単にレクチャーも受けた。


 どうやら俺はパーティメンバー……チート系主人公たちと比べれば、あまり多人数との戦闘には向いてないらしい。

 というかむしろ、森本君との戦闘に特化している様だ。


 そうは言っても装備の強さや、ステータスの高さがあるからその辺のモンスターに負ける事はないとの事。

 とりあえず試しにモンスターとの戦闘を経験しておきたいんだけど、まだ一体も見かけてないんだよな……。

 ゲームとかだとこういったフィールドにいくらでもいるイメージだったのに。


 パーティーメンバーの話によれば、近頃はモンスターの方からこちらに攻め込んで来る様な事は全くなく、こちらから攻め入っては森本君やシオリという魔王に返り討ちにされると言った状況が続いていたそうだ。


 じゃあどうして森本君は急に宣戦布告なんてして来たんだろうか……?

 謎は深まるばかりだ。

 そんな事を考えているうちに、目的地に到着した。


 塔の形をしたダンジョンだ。

 ここから森本君のいるモンスターの本拠地まではぽつぽつとこういった建物があり、それを制圧していくらしい。


 一度ダンジョン入り口前の広場で整列する。

 相変わらずすごい人数だ。

 俺や森本君が通っていた学校の生徒数より多いんじゃないか?

 今はそれはどうでもいいか。


 さすがに1386人全員は入れないので、1300人程外に残ってもらう事にした。

 俺はアレスから説明を受けた様に、他のパーティメンバーと比べればモンスターとの戦闘には向いていない。


 そこで先頭には俺以外の人に立ってもらう事にした。

 その人たちから軽く自己紹介を受ける。


「やれやれ……僕は目立たずに静かな生活を送りたいだけなんどね」


 そんなわけで今回一番前に立ってくれるのは、皆から「やれやれ系主人公」と呼ばれている人だ。

 何でも、普段は表舞台に立つ事を嫌ってさっきみたいな台詞を吐くのに、いざ戦闘になると「やれやれ」と言いながらバッサバッサと率先して敵を倒してくれる、とても頼もしいやつなんだとか。


「リカよ! よろしくお願いするわ!」


 次に先頭の少し後ろを歩き、いざという時に俺を守ってくれる女の子。

 結構可愛い子だな……。

 さっきからずっとモリモリとお菓子ばっかり食べてるのが気になるけど。


「シャドウでござる。よろしくお願いするでござるよ」


 見た目は好青年なんだけど、何だか喋り方が忍者みたいな人だ。

 リカって子と同じく、先頭の少し後ろで俺を守ってくれるらしい。

 そんなに手厚く守ってもらうなんて気が引けるな。


 シャドウって何だか変わった名前だけど、ニックネームか……?

 人にはそれぞれ事情があるだろうから、あまり深入りはしない方がいいかな。


「皆さん、よろしくお願いします。それでは行きましょう」


 あいさつ代わりに俺がそう言うと、パーティーはダンジョンへと乗り込んだ。

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