異変
メイド喫茶のアイディアを俺がダークエルフ村に伝えたその日から、エルフ娘たちはメイド喫茶の準備、イベント会場の設営、イベントのプログラムの練習にと大忙しだったそうで、俺も含めてルーンガルドのモンスターたちからいくらか手伝いを派遣したほどだった。
ダークエルフ村には宿屋もあるので、ルネがまだ遊びたい!とゴネた日なんかは
手伝いの後に泊まったりもしている。
ルネは大いにジェンガを気に入ってくれたらしく、エレナにメイド喫茶をやっている傍らでジェンガ大会を開かないかと提案したらしい。
ある日設営を手伝いに行くと、喫茶店の側で真剣な表情になってジェンガに取り組むメイドさんという、中々に貴重でシュールな絵面を見ることが出来た。
そして運動会も間近に迫ったある日のこと。
俺は今、シャドウら影系一族と南門の要塞に来ている。
「何だか最近チート系の襲撃が減って来た気がするな」
「そのようでござるな」
ここ数日というもの、ルーンガルドにやって来るチート系の様子が明らかに今までと異なっていた。まず襲撃の回数そのものが減っているし、やって来たと思えば数が少なかったり、明らかに疲れた様子だったりする。
別にそれはそれでいいんだけど、何か異変が起きているなら知っておきたいところだ。
「アリスの人質としての効果が薄れてきたか?」
「最初は拙者もそう思っていたのでござるが……部下を偵察に出してみたところ、廃墟になっていたはずの街にモンスターがうろついていたらしいのでござる」
廃墟になっていたはずの街……つまり、かつて魔物側の拠点だったんだけど、今はチート系主人公たちに滅ぼされた街のことだ。ルーンガルドとアムスブルクの間にいくつかそういった街があるということは以前から聞いている。
「そんなことは今までになかったよな?」
「ええ、少なくともヒデオ殿が来てからは一度も。もしそのモンスターらがかつての廃墟に定住しているとするなら、それはそこにまた新しい魔王様が降臨なさったということでござるからな」
「新しい魔王……?」
俺はちらっとソフィアの方を見た。
こちらから目を逸らし、貼り付いたような笑みを浮かべている。
「シャドウちょっとすまん。ソフィア、こっちに来い」
「え~告白なら桜の木の下とか、星の降る丘とか、もうちょっとロマンチックな場所がいいなあ……」
何言ってんだこいつ……。
指と指を合わせてもじもじしながら頬を赤らめるソフィア。
俺はそんなソフィアの首根っこをつまんで、そのまま部屋の隅に連れて行く。
「何するんですか、もう~!」
「お前何か知ってるな?」
「えっとぉ……どうしても今言わないとだめですかぁ?」
急に甘ったるくて舌ったらずな喋り方になり、後ろで手を組んで上目遣いに俺を見上げ、頬を赤らめる……そんなソフィアのあざとさに、俺はいい加減怒りが頂点に達しそうだった。
そんな俺の額の青筋と強く握りしめられた拳を見て焦ったらしいソフィアは。
「いえ、あのその……ごめんなさい……」
途端に今まで見たこともないようなしょぼくれた表情になり、謝って来た。
こいつはいつも元気で明るい笑顔を振りまいてばかりだから、そんな顔を見ると怒りがどこかに消え失せてしまう。
「いやその……謝られても、俺には何が何だかわからないんだけど……」
「私は反対したんですけど……その……ロリ巨乳のせいなんです……」
何て?
「お前まだふざけてんのか?」
「いえいえこれは本当なんです!信じてください!ていうか私も最初は英雄さんと同じ反応だったんですよ!」
「まあいいや……で、今回の件がそのロリ巨乳?とどう関係してるんだよ」
ソフィアはそこで一旦表情を引き締めて説明を始めた。
「元々魔王ランドにはたくさんの魔王がいた……というのは、転生前に私の神殿でお話したかと思います」
「ああ、そういや何かそんなこと言ってたな……あれお前の家だったのか」
「神殿を家とか言うのはやめてください!……で、今はチート系主人公にほとんど倒されたものの、いつかは魔王を以前のようにたくさん配置しなければならないわけです」
「なるほどな」
「そこで、試験的に第二の魔王を配置するということになったのですが……私は反対したんです、中途半端な強さの魔王を生み出せばどちらにしろチート系を倒すことが出来ず、英雄さんに助けてもらわないといけなくなりますから」
「生み出せばいいじゃねえか、俺みたいにぽんっと」
「それが、そんなにぽんっとは生み出せないんです……」
「何でだよ」
「まず、この世界にモンスターとしての魔王を生み出したところで絶対にチート系にやられちゃいますから、生み出すなら英雄さんの様に別の世界からの転生者を連れて来ないといけないんです。チート能力は転生者にしか付与できませんから。それで……」
そこで少し間を空けて、ソフィアは何かを考える様子を見せてからおずおずと喋りだした。
「英雄さんだから話しますけど……ここから先は他の人や神には内緒ですよ?」
「ああ……神なんて会う機会ないしな」
「それでもです!絶対に秘密にしてくださいね?」
「わかったわかった」
「神の中にも神格……クラス分けのようなものがあります。細かい説明は今は置いておきますけど、早い話が転生者を担当する神の神格によって付与出来るチート能力の種類や数が制限されているんです」
「じゃ神格の高い?神に頼めばいいじゃん」
「仰る通りなのですが……今は神格の高い神々はどれも手が空いてなくて……それで今急いで転生させるとなると、中途半端な能力を持った魔王しか生み出せない、ということなんです」
そういうことか……。
ソフィアの話を俺で例えるとわかりやすいかもしれない。
俺は『英雄プロージョン』、『英雄ダウン』、『英雄の波動』という三つのチートスキルを与えてもらった。
でも、この内『英雄の波動』がなかったとすると、例えばリカみたいな『ダメージ無効化』チートや、俺が倒した先代の魔王みたいに『不死身』なんかの特殊能力を持ってる相手だと倒すことが出来ない。
たしかにチート系を確実に撃退できるような魔王を生み出すには、それなりの数のチート能力を付与できる神じゃないと厳しいかもしれない。
「なるほどな、大体話はわかった」
「本当は人間の子らに神々の事情を話すことは暗黙の了解的に禁止されていることなのです。英雄さんには事情を話す必要があるし……特別ですよ?」
「わかったよ。ありがとう」
あれ……でも俺って三つもチートスキルもらったんだよな。
もしかしてソフィアってその神格とやらが相当に高い女神なんじゃ……。
「とにかくそう言った事情があるにも関わらず、とあるエロジジ……神が第二の魔王の候補者の女の子を気に入ってしまい、早急に転生させてしまったみたいなのです……ですからこれからまた英雄さんに迷惑がかかるかも……」
「それでさっき謝って来たわけか」
人を二重にトラックでぶっ飛ばそうとしておいて今更謝るのか……。
神々の倫理観ってのは一体どうなってんだ。
「……でもさ、迷惑がかかるかも、とかお前は言うけど、チート系の襲撃は減ってるんだからむしろ俺の手間が減ってないか?」
「それは……たしかにそうですね。ですが、第二の魔王を担当するという女神に会ったのですが、間違いなく神格は高くありませんでした。恐らくは一つしかチート能力は付与できないはずです。むしろどうしてあの女神が重要な転生者を担当することになったのかがわからないくらいです」
「……う~ん……」
考えれば考えるほどわからん。
俺も一度にたくさんの情報が入って来て頭が混乱しだしている。
「とにかく事情はわかった。一旦この話は置いておこう」
「そうですね……私の方でも何かわかればお伝えします」
「頼む」
そうして俺たちは話を切り上げてシャドウのところに戻った。
「いや待たせて悪いな。とりあえずソフィアに別の精霊から話を聞いてもらったんだけど、どうやら第二の魔王はたしかにいるらしい」
「な、なんと……!それならば菓子折を持って挨拶に行かねばならぬでござるな」
「そういうもんなのか?」
「新しい魔王様に、というのもあるでござるが、新しい魔王様の元には更なるモンスターの勢力が誕生するでござる。つまり、新しい我ら影一族の勢力が出来るということでござるな。だから親戚として顔を出しておくのでござるよ」
「そういうことだったら俺も挨拶に行かないとな。まあ今は忙しいから、『萌え萌え大運動会』が終わってからか……」
「拙者が先に訪問してその旨も伝えておくでござるよ」
「ああ、頼んだ」
そこで、ソフィアはハッとしたような表情になって。
「シャドウさん……もしかしたら相手は同じモンスターでも友好的ではないかもしれません。くれぐれもお気をつけて行って来てください」
そんな不穏なことを言い出した。
「キングみたいなやつがいたら仲間でも普通に倒しそうだしな……ま、ソフィアの言う通り気を付けて行って来いよ」
「心配し過ぎとは思うでござるが……せっかくのご配慮、御意でござるよ」
それからまたしばらくの間監視と警戒を続けた後、俺とソフィアはダークエルフ村の手伝いに向かった。
☆ ☆ ☆
相変わらず薄気味悪い部屋の中。
私とローズは、今後について話し合っていた。
「ローズからもらった能力?のおかげで何とかなってるけど、それでもあのチート系主人公?とかってのは強いわね……」
「ふふ、大丈夫。この調子でいけばチート系主人公も、英雄も、必ず倒せるようになるから……今はしっかりレベルを上げておくのよ。どうしても倒せないのも、今まで通りわざと見逃してルーンガルドに流しちゃいましょ」
「ねえねえ、それでさ、その英雄って男の子はどんな子なの?かっこいい?私会ってみたいんだけど」
「英雄は憎むべき敵よ?そんな必要はないわ……忘れたの?英雄を倒せば元の世界に帰してあげるって話……」
「覚えてるけど……ねえ、どうしても倒さなきゃいけないの?同じ日本人なのに……ちょっとかわいそうっていうか。話し合いで何とかならないかなあ……」
その時、ローズの表情がキッと怖いものに変わった。
「そんな甘い事を言っていては勝てないわよ。まあ、元の世界に帰りたくないと言うのなら別に構わないけど?」
「う……」
私は、ローズに逆らえない。
何か女神とか言って得体の知れない力を持ってるみたいだし、この魔王ランドとかいう世界のことを何も知らない私は何でもローズに頼らざるを得ない。何より、まともな話相手がローズくらいしかいないから、嫌われるのも困る。
あーあ、何でこんな事になっちゃったんだろ。
早く日本に戻りたいなあ……。
と、そんなことを考えていた時だった。
「こんにちはでござる」
「きゃあっ!?」
なになに!?すごいびっくりした……。
声のした方を見ると、何か箱のようなものを持った黒い影のような何かがいる。
「おっほほ……これはこれは、新しい魔王様は中々拙者好みでござるな」
「なっ、なによあんた!?超怖いんだけど!!」
「おお、その新鮮な反応……拙者の周りは逞しい女子ばかりで、何を見ても全く怖がらないでござるからなあ……あ、これ、ゴンザレスが開発した魔王印のヒデオ饅頭でござるよ」
「あっ、ど、どうも……」
ゴンザレスって誰だろう……。
それより今英雄って言わなかった?
「あなた、英雄って人の事知ってるの?どんな人?」
「どんな、と言われても……とても気さくで優しくて、それでいて頼りになる我が主君たるべき御仁にござる」
「へええ……」
ローズがこっちを睨んでくる。
い、いいじゃない少しくらい……。
「詩織、こいつ英雄の手先よ。あまり仲良くしてはだめ……それであなた、私たちに何の用なの?」
「用って……ただ挨拶に来ただけでござるが……あっ、そう言えばヒデオ殿が新しい魔王様に……あれ、何か言ってたような……『萌え萌え大運動会』がすごく楽しみで……ダークエルフの娘っ子のケツを追いかけまわすぜ……グヘヘヘ……とかそんな感じでござったような……?」
「え……キッモ。それを私に伝えて何がしたいの?その英雄って人」
「さあ……しかしヒデオ殿のことゆえ、何か考えがあるに違いないでござるよ」
ふ~ん、キモいけど悪い人じゃなさそうね……。
「詩織……まずは手始めにこいつをやっちゃいなさい」
「えっ……何で?」
「英雄に私たちの力を思い知らせてやるのよ」
「でも、そんな……」
「どうやらヒデオ殿とソフィア殿の言っていた通りの様でござるな。それでは早々に退散するでござるよ」
そう言って、その黒い影はテレポートで消えて行った。
「ちっ、逃がしたわね……」
「…………」
何でローズは英雄って人のことをそんなに敵視するんだろう。
私は、薄気味悪い部屋の中でぼんやりとそう思った。
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