天敵滞在
数日後、再びリカがサンハイム森本に襲来した。
キングなんかは最初こそ「死ねえ!ヒッヒィ!」とか言ってあれやこれやと攻撃を加えていたんだけど、無駄だと悟ったのか早々に興味を失っていた。ルーンガルドにいるモンスターたちの反応は大体似たようなものだ。
なお、全体的にステータスの低い低級のモンスターや、強いけどHPの低いモンスターやらに関しては死んでしまう可能性があるので、リカには手を出さないでくれとお願いしておいた。
「ここが普段ヒデオの寝泊まりしている部屋ね!」
「俺の部屋まで来るなよ。いや、来ないでくださいお願いします……」
実際、リカが何をしようとしたところで止めることは出来ない。既に心を折られた俺は、お願いする立場になってしまったのだった。
「こたつがあるのもポイント高いわ!寒い季節になったら毎日来るからちゃんとミカンも用意しておいてね!」
「毎日かよ……頼むから勘弁してくれ」
リカは会話しながらも、エレナがこたつの上に置いて行ってくれたクッキーを遠慮もなくぼりぼりと食っている。本当にどうにかして欲しい。
「今日はアリスに会いに来たんだろ?会わせてはやるけど返せないぞ。俺にだって事情があるからな」
先日、こいつは飯だけ食うとさっさと帰ってしまったので、目的のはずのアリスにはまだ会っていない。
「そこよ。アリスちゃんのことも気になるけど、ヒデオは何で転生者を倒しまくってんのよ?魔王とは言え、あんただって同じ転生者なんでしょ?」
「気付いてたのか」
「そりゃそうよ。まず、どう見たって人間だし……」
リカは俺のベッドの枕元に設けたミニ布団ですやすやと寝ている、ソフィアを顎で示した。
「それ、女神様でしょ。皆見たことがないからわからないみたいだけど、本当の精霊とか妖精はもう少し違うもののはずよ。だから、私に言わせればむしろ転生者じゃない方が不自然よ」
「なるほどな」
「で、何で転生者を倒しまくってんのよ?」
すでに転生者だってことはバレているし誤魔化せる雰囲気でもないので、俺は自分の事情をかいつまんで話した。
トラックの二段攻撃を何とか避けたのに結局転生させられてしまったこと。
チート系主人公を全て倒さなければ元の世界に戻れないこと。
アリスはチート系主人公をおびき出すための餌であること。
「ふうん。あんたの話は大体わかったわ。そういうことなら私も気が済めばどうにかして自分で死んであげるわよ」
「えっ……まじか」
同じ転生者だから事情はすぐ理解してもらえるとは思ってたけど、そこまでしてもらえるなんて言われると驚いてしまう。
「ええ、要は死んだら転生できるわけでしょ。私は生きたまま転生したから、死ねば元の世界に戻れるってことだし、向こうに家族を残して来た私としては望むところなわけよ。こっちも楽しいから、すぐにとは言えないけれど。まあそういうことなら出来るだけ協力してあげるわ、今聞いたことも秘密にしておいてあげる」
「ありがとう。お前が話のわかるやつで良かったよ」
「隠さずに話してくれたしね。それに、今まで倒されたのもチート系主人公だけでこの世界の住人には手は出してないし。この分だとアリスちゃんにも何事もなさそうね」
俺としてもこっちの世界で事情を全て知っている知り合いが出来て、何だか頼もしい気分だ。
「うん、アリスはようやくこっちの生活に慣れて楽しくやってくれてるみたいだ。まあ、巻き込んだのは申し訳ないし、そのうち返してやりたいとは思ってるんだけどさ」
「なら一安心だわ。まあ私も正直なところ暇だから遊びに来てるってのが一番の理由だからそこまで心配してなかったんだけど……ところでお菓子がなくなりそうだからエレナちゃんを呼んでもらえるかしら」
こいつ菓子食いすぎだろ。
「お前どれだけ図々しいんだよ。俺ですらおかわりするなら自分で取りに行くぞ」
「あらやーね。エレナちゃんに会うための口実に決まってるじゃない」
「なかなかのプレイボーイだな」
「プレイガールと呼んでもらえるからしら」
まあそっちが口実で菓子食いたいってのが本音だろうけどな。
呼ぼうにもライルと違って呼び鈴的なものはないので、結局俺が徒歩でエレナを探しに行った。
幸いにもすぐに廊下の掃除中だったエレナとアリスを見つけることが出来たのでお菓子はどこにあるかと聞くとすぐに持っていきますという返事が来た。
ここに来てからの生活で俺が自分で持っていくと言っても聞いてもらえないことはわかっていたので、自室に戻ってお茶でも飲みながらのんびりと二人を待つことにする。
程なくして部屋の扉がノックされた。返事をすると、扉がそっと開いてエレナとアリスが入って来る。
「し、失礼します……」
「失礼しまぁすっ」
「あなたたち、正直この男のことをどう思ってるのかしら!?」
俺は飲んでいたお茶を噴き出した。
二人が部屋に入るか入らないかのタイミングで突然な話題をぶっこんだ上にアリスとは初対面のはずだ。
「えっとぉ……」
アリスが戸惑うのも無理はない。
「おい、リカ。せめて自己紹介くらいしろよ」
「リカよ!見ての通り人間よ!ここまでやって来たのはいいのだけどあなたを連れて帰ることは出来そうにないわ!ごめんなさいね!」
「あ、はぃ……大丈夫です。リカさん、よろしくお願いしますっ」
「あ、でもアムスブルクの人たちに伝言があれば承るわよ!それで、アリスちゃんはヒデオのことをどう思ってるの!」
アリスは指を顎に当てて一瞬だけ考えるような仕草を見せた。
「う~ん、どうって言うかぁ……とってもいい人だと思いますっ」
おお、これが噂のあれか。(どうでも)いい人ってやつか。
「…………」
するとどうしたのか、リカはアリスのことをジト目で眺めている。
「ふ~ん、まあいいわ!それで!エレナちゃんはどうなの!」
「ええっ……えっと、その……」
女の子がこういう話を好きだからなのか、それともエレナをいじるのが好きだからなのか。恐らく後者だろう、いつの間にか昼寝をしていたソフィアまでもが起きて、全員でニヤニヤしながら戸惑い俯くエレナを見守っている。
「エレナ、無理して答えなくていいぞ。こいつらただ単に暇なだけだから」
エレナが暴走すると大変だからな。
先日恥ずかしさのあまり暴走したエレナがものすごい勢いでルーンガルドの街を駆けたらしいんだけど、その速さが凄まじいものだったらしく、何とかエレナを保護して帰ってきたシャドウは憔悴しきっていた。
「ちょっと!無粋な真似はしないでもらえるかしら!あなたは邪魔だから退場してて!ここからは女子会よ!ほら早く!」
「いや、ここ俺の部屋なんだけど……」
「ヒデオ!私に逆らう気なのね!?いいわ!家具を持ち込んでこの広い部屋の一角を占領してやるから!」
「そんなことをしても英雄さんは喜んじゃうだけですよ!」
「ソフィアお前開口一番がそれかよ!わかったわかった!出て行きゃいいんだろ」
こうして俺は自分の部屋を追い出されたのだった。
ソフィアも女子会に参加するべく部屋に残ったので、俺はこの世界に来て初めての一人きりの時間を存分に味わうことにした。
とは言っても特に行く当てもなく街をうろうろするくらいしか出来ない。
まず南門の要塞で少しだけ見張りに参加したものの、チート系の襲撃はなさそうなので街の中心の方へと歩いてみた。
服飾店を発見したので中に入ってみる。
実を言うと、前ここにいた魔王が如何にも魔王っぽいマントを着ていたからと、俺にもそういったマントを着て欲しいと言う要望のようなものが幹部たちからあがっていた。見た目も人間だし、少しでも魔王っぽくして欲しいらしい。
「へい、いらっしゃいませ。おや、これは噂の魔王様ではございませんか。本日はお一人で?」
店に入るなり声をかけてくれたのは、山羊が二足歩行をしているような見た目のモンスターだ。RPGだとボス級のキャラにこういうやつがいたような。
「ああ。突然なんだけど、魔王っぽいマントってのはあるか?」
「ありやすぜ」
「あるのかよ」
まだ何にも説明してないのに。
「先代のここの魔王様が着ていたマント的なアレも私どもが作らせていただいたものにございます。魔王様がお望みとあらばまた作らせていただきますが」
「そうか。じゃ頼むよ」
「かしこまりました。それであの、報酬の方は……」
「どれくらい出せばいいんだ?」
店主は会計をする台からそろばんっぽいものを取り出してパチンパチンと弾き、こちらに差し出した。
「これくらいいただければ……」
「いやごめん全然わかんないんだけど。そろばん?わかんないし」
「これはこれは……申し訳ありません」
次に店主は具体的な金額を教えてくれたので承諾した。チート系を狩りまくってお金が余っている俺には余裕で出せる金額だ。
「ありがとうございます……やはり世の中コレですからねえ、コレ。イッヒッヒ」
店主は親指と人差し指で輪っかを作ってそう言った。
こいつ金の話になると途端に汚い大人の一面を見せるな……。
「それじゃよろしくな。また取りに来るよ」
「ありがとうございます。今後とも当店を御贔屓に……」
それからはまた色んなお店を探索しつつ、のんびりと歩きながら街並みを眺めていたんだけど、ふとゴンザレスのことを思い出した。アリスと間違って連れてこられたあの元無職の中年オヤジのことだ。
農耕地に監視付きで送ったので今頃は農業に従事しているはずだ。一時その存在を完全に忘れてはいたものの、その指示を出したことは何とか覚えている。
人事関係はライルが把握しているので、一旦城に戻ってゴンザレスが今どうしているのかライルに聞いてみると、ゴンザレスが働いている農耕地まで案内してくれることになった。
まあ結果的に喜んでいたとはいえ巻き込んでしまったのは事実だし、本当は会いに行くのは何だか怖くて嫌だったんだけど、挨拶でもしに行ってついでにイチゴのことでも聞いてみようと思う。
イチゴのこと、とはアリスがヘルハウンドの首領、ジンの好物であるイチゴがどこで手に入るのかと気にしていたことだ。
そして農耕地に着いた俺は信じられない、いや、信じたくない光景を目の当たりにすることになる。
そこにいたのは高らかな笑い声をあげ、人間の限界を超えたスピードでクワを操って畑を耕す元無職のおっさんだった。
「はっはっは!魔王様万歳!魔王様万歳!ここに残った荒地も全て田畑に変えつくしてくれるわ!ワーッハッハッハ!」
「ライル、あれは……?」
「それが……恥ずかしながら、私も仔細を把握できておりません。気づいたらあのようになっておりまして……ですが最近農耕地の生産量は上向きで、それにゴンザレスが貢献していることに間違いはありません」
ライルと話していると、こちらに気付いたゴンザレスがクワを置き、普通なんだけどどこか不気味な笑顔で歩み寄って来る。
「おおっ、これはこれは魔王様!よくぞこのようなところに!見てください!この畑!全てはあなたさまのた」
「ルーンガルド、サンハイム森本」
「ああっ、魔王様!?」
やっぱり怖くなってしまった俺はとっさにテレポートで逃げてしまった。
せめてイチゴのことだけでも聞けばよかったかな……まあ、後日幹部の誰かに聞きに行ってもらおう。しばらくは直接会いに行かずそっとしておきたい。
そうして自室前まで戻って来たんだけど、もう入っても大丈夫なのだろうか。とりあえずノックして声をかけてみる。
「おーい、もう入ってもいいかー」
返事がないので勝手に扉を開けて入ってみたらそこには誰もいなかった。どうやら四人でどこかに遊びに行ったらしい。
とりあえず飯の時間までゴロゴロしとくかな……。
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