魔物の国のアリス
仕事と飯を与えたことで、オッサンは俺のことを魔王様とか呼んで慕ってきやがった。現金なやつだな。
いつまでもオッサンじゃ不便だし何だか本名も聞きたくなかったので適当にゴンザレスと名付けておいた。
ゴンザレスが農耕地に送られていくのを見届けてから、もう一度ミーティングを仕切りなおすことに。
「いいか、頼むから先走ることはしないでくれ。慎重にいこう」
「そう言われると何だかむずむずしてくるでやんすな」
「おいホネゾウ、これはフリじゃない。変に騒ぎを起こすと警戒されて人さらいだってしにくくなるから、次の失敗はもう許されないぞ」
とにかくキングやホネゾウに行かせるわけにはいかない。そもそもホネゾウとエレナはたしかテレポートも持っていないはずだ。サフランは目立つしお店のこともあるから行かない方がいいだろう。
そうなると消去法で候補はライルしかいなくなるわけなんだけど……。
「あれ?ドタバタしてて今まで気付かなかったけど、シャドウが行けばいいんじゃないのか?」
「え、拙者が行ってもいいのでござるか?」
「ああ、調査に続いて仕事を任せっきりで悪いけど、お前が行ってくれるに越したことはないし、すごい助かる」
「恐悦至極。いやはや、拙者に最適な任務にも関わらず話を振られないので、拙者は魔王様に嫌われておるのかな?とか思っていた次第でござる」
「面倒くさい友達かよ。とにかくこういった事に関しては信頼してるからな。割と本気で頼むぞ」
「御意。拙者としてはチート系への宣伝効果も考えて昼に行くのがいいと思うでござるが」
「ああ、それでいいよ。っていうか目的を達成さえすれば自由にやってくれていいから。じゃあ昼に飯でも用意して待ってるからよろしくな」
「御意」
シャドウはすぐにテレポートで消えた。何だかようやく頼りになる戦力が出来たという感じだ。キングやホネゾウはめちゃくちゃするし、サフランは何だか別枠の何かだし、エレナやライルは戦闘するって感じじゃないからな。
何だか久しぶりに安心した気持ちになれて、俺はじっくりとシャドウの帰還を待つことにしたのだった。
☆ ☆ ☆
私の名前はアリス。
ここアムスブルクの酒場を営む家庭の長女として生まれて、物心ついてから少し経った頃にはもうお店を手伝い始めていた。
美人なお母さんに似たから、自分で言うのもなんだけど、この酒場に通う大人たちの間で話題になるくらいには容姿に恵まれたと思っている。
今ではすっかり酒場の看板娘になって、たまにお客さんからラブレターをもらったり、告白されたりもする。酒場とは言っても定食屋の一面もあるので、そういったことをしてくれるのは歳の近い男の子。
結構かっこいい人もいたし、付き合ってもいいかなと思った時もあった。でも、私が今一番欲しいものは彼氏なんかじゃない。
非日常。それが今、私が何よりも欲しいと思っているものだった。
私は毎日を退屈に感じている。それは暇というわけじゃなくて、ただ単に変わらない日々がつまらないということ。
大人は「変わらないことが何よりも特別で大切なことなんだ」なんて言うけど、私にはさっぱりわからない。
小さい頃から磨けるものは何でも磨いてきた私は、おしゃれにだってちゃんと気を使って、学校ではちゃんと勉強もして、運動だって体育の授業でやったことはきちんと反復して練習した。
それに酒場での評判もあるから好意を寄せてくれる男の子だって少なくはない。このままいけば一人で何かをやっても、お金持ちの男の人と結婚しても、家の酒場で働き続けても、どうやっても安定した未来が待ち受けているように思えた。
友達は「アリスはいいよね~、生まれながらに勝ち組みでさ。才色兼備とか言うんだっけ?羨ましい~」何て言う。私が自分を磨くために日々の鍛錬を怠っていないことも知らずに。
まあ、この超~絶美少女の私を見て!?そう思っちゃう気持ちもまあわからなくはないんだけど!
あ、少しいつもの自分が出ちゃった。続けよう。
じゃあ本当の「勝ち組」って何だろう?
それは、イケメン美少女に生まれることでも、才色兼備なことでも、お金持ちや身分の高い家に生まれることでもないと思う。
私にとっての「勝ち組」っていうのは、自分にとっての「幸せ」を、間違いなくその手に掴み取った人のことだ。今はそう思っている。
その点、私は「負け組」だった。
自分にとっての「幸せ」がどこにあるのかもわからないまま、ただ安定した、あるいは約束された将来だけがとりあえず目の前にあるような毎日。でも、自分からこの毎日を大きく変えようって勇気なんて湧かない。
だから今、私は毎日心の中で願い続けている。
この退屈な日常を変える何かが、どこかからやって来てくれますようにって。
いつもと変わらない昼下がり。この時間帯は昼食休憩にやってくる人たちに需要があるから、お店は昼に一旦開けて閉めて、夕方頃からまた開けるという営業のスタイルを採っている。
喧騒の中をかいくぐって、私は注文を取りにご飯を運びにと、右に左に忙しなく動き回っていた。
「お~い!アリスちゃん!こっちにエール追加だ!」
「おじさん昼間からそんなに飲んで大丈夫なの?今日はお休み?」
「たまには昼から飲みたい時もあるさ。それが冒険者ってもんよ!アリスちゃん、ついでにお酌していってくれよ!」
「もう!忙しいからまた今度ねっ!」
常連のお客さんとのそんなやり取りも慣れたもの。親し気に話してくれるし面白い人たちだから楽しい。特に冒険者の人たちなんて最初は怖かったけどね。
「よ~しこれで最後だ!持って行ってくれアリス!」
「は~い!」
お父さんがキッチンから出してきた料理をお客さんが待つテーブルへと運ぶ。最後ってことは、どうやらこれが昼のラストオーダー分らしい。
まだまだお店は賑やかだけど、オーダーも一段落したことだしそろそろ一息つけるかなあ……と思ったところだった。
「動くな」
側によって来た見た目爽やかなお兄さんと言った感じの人が、突然後ろから私の首に腕を回し、頬に何か冷たいものを突き付けてくる。
それからお兄さんは店中に響き渡るような大声で語り始めた。
「人間たちよ、よく聞け」
その言葉でその場にいた全員が何事かとこちらに振り向き、ある人は驚愕に、ある人は恐怖に顔色を染めていく。場慣れした冒険者のお客さんの中にはこちらに向かって動き出す人もいる。
「おっと、動くなよ。それ以上動けばこの娘の命はないと思え」
動き出そうとしていた人たちは、皆悔しそうな顔をして立ち止まる。
それから場が静まり返ったのを確認して、お兄さんは続けた。
「私は魔王軍の幹部、シャドウ。いいか人間たちよ、チート系主人公たちに伝えておけ……この娘を返して欲しければ、ここから北、魔王様の城があるルーンガルドまで来いとな!チート系主人公たち以外は危ないから来ない方がいいぞ……」
一般人の心配をするなんて中々親切な幹部ね……。
っていうかそれよりも、それよりも、よ!
非日常来てくれちゃった!?カモがネギ背負ってやって来たんじゃないの!?
いやだめだめ落ち着かなきゃ……ちょっとでも喜ぶ表情なんて出したら「あっ、こいつ全然嬉しそうだし誘拐するのやめた方がいいわ」とか思われるかもしれないじゃない。せっかくのチャンス、ここは何としてもこのまま魔王様の城とかいうところまでさらってもらわなくっちゃ!
「いやぁ!誰か助けてえ!」
「くそっ!アリスちゃんをさらってどうするつもりだ!」
よっしゃあ!私の渾身の演技炸裂ぅ!涙まで出ちゃってるわよこれ!
「えっ……そんなに嫌でござるか?サンハイム森本もそんなに悪くないところでござるよ?」
えっ……この人私をなだめようとしてる?サンハイム森本?ござる?
ツッコミどころの多さに困惑していると、お兄さんは姿を変え、影が人の形をしたような、不気味なモンスターになった。
「ククク……それではさらばだ人間!魔王様の城で待っているぞ!」
「アリスー!」
最後にお父さんの叫びを聞きながら、私の視界は光に包まれていく。
魔王城ってどんなとこなんだろ……楽しみ~!
視界が戻ると、そこは何やら石造りの大きな城の前だった。
お城はちょっと古ぼけてて不気味ではあるけど、期待してたほど禍々しくはなくて、いかにも魔王の城!って感じじゃない。
「ここが我らが魔王様の居城、サンハイム森本でござるよ。あっ拙者のことはシャドウと呼んで欲しいでござる」
こちらに着いた途端フレンドリーになるシャドウさん。やっぱりこのござる口調が素らしい。サンハイム森本って何だろう。
本当はモンスターのことについて色々聞きたいんだけど、しばらくは怖がったフリとかしとかないと街に戻されちゃうかもしれない。
「わ、私を……どうするつもりなんですか……?」
相変わらずの迫真の演技で不安がる街娘になりすます私。
「えっ……そういえばどうするのでござろうな……とりあえずその辺りは魔王様にお考えがあると思うのでござるよ。ささ、中に入るでござる」
考えてなかったんか~い。
シャドウさんに案内されてお城の中を進んで行くと、何やら中からいい匂いの漂う、そこそこに広い部屋の前にたどり着いた。
不安がる表情を崩さないようにしつつシャドウさんに連れられて中に入ると、そこには何だか強そうなモンスターたちと人間の男の子、その周りを飛ぶ精霊という組み合わせの集団がいた。
「ターゲットのアリスという娘を連れて来たでござるよ」
「おお、さすがシャドウ。ありがとな」
「お褒めに預かり光栄にござる」
「初めましてアリス。俺が魔王のヒデオだ。いきなりこんなとこに連れて来ちゃって悪いな」
「可愛い女の子ですね~!嬉しいですか?英雄さん!」
「うるせえ余計な事言うな!」
えっ……この男の子が魔王?どう見ても人間じゃん。
「歳も近そうだしエレナと仲良くなれるんじゃないかしら?」
「魔王様から危害は加えるなと仰せつかっております。逃げなければここでは自由に過ごして構いませんよ」
サキュバスの色っぽいお姉さんに、吸血鬼のハンサムなお兄さん。この辺は期待通りね。
「いいから早く飯にしようぜえ!腹減りすぎてホネゾウを食っちまいそうだよぉ!イッヒッヒィ!」
「ああっ、あっしを食べてもカルシウム成分しかないでやんすよ~!」
こっちは何だか愉快な感じの人たちだな……。
「あ、あの……大丈夫だよ……怖くないから……泣かないで……ね?」
エルフの女の子だ。モンスターと一緒にいるってことはダークエルフかな?かわいい女の子だなあ。こっちの方が私よりよっぽど誘拐されそうよね。
それから改めて自己紹介をされた。
まあ私の演技に素直に騙されちゃってるあたり、モンスターだけど悪い人たちじゃなさそう。
何だか思ってたのと少し違うけど、せっかくの非日常だもの!うんと楽しんじゃお~っと!
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