さらって来るのも大変だ
ござる系隠密、シャドウ
俺が魔王ランドにやって来てもう何週間になろうかというある日。
チート系の襲撃は完全に止んでルーンガルドには静寂が訪れていた。訪れてはいたんだけど、それでは俺的にまずい。
この世界にいるチート系主人公を全て倒すことが条件だというのなら、このまま待っているだけでは俺は一生元の世界に帰れないからだ。
こうしている間にも、日々チート系主人公は生まれ続けているというのに……。いや待てよ、生まれ続けてんのか?そう思った俺は、とある女神のところへと向かった。以下は、そのとある女神の証言である。
「英雄さんがチート系をたくさん撃退してくださるおかげで、神々も『増えすぎたらまた魔王ランドに詰め込んでおけばオッケー☆』という流れになっているみたいです!」
いやいや俺がオッケーじゃねえよ。勝手にチート系をどんどん増やすな!神ってのはろくでもないやつばっかりなのか?
とにかく、こちらから打って出ないといけない状況になってきたのは確かだ。かといって、防御面にチートスキルがない以上、無策に人間の街に出向けば返り討ちにあう可能性だってある。ゾウリムシに転生するのは御免だ。
それに魔王ランドに元からいる住民を巻き込むと、転生せずに死んでしまうから彼らを巻き込むわけにはいかない。人殺しになるのは嫌だ。だから、こちらから攻めつつもどうにかしてチート系だけをうまいこと倒す必要があるのだった。
自分一人で考えていても一向にいい案が思い浮かばなかったので、ミーティングの際に話題に出してみようと思った、とある日の朝食後のことだ。
「チート系に対してそろそろこちらから打って出ようと思っているんだけど、何かいい案はないか?」
「そんなの堂々と攻め込んでぶち殺しゃあいいんじゃねえのかあ!?ヒャハハ!」
実際、今回はキングの言うことも正しい。でもそれは俺の事情を知らなければの話だ。
「それもそうなんだけど、俺は耐久力には問題があるからチート系がたくさん待ち構えているところに突っ込んでいくのはきつい。それに人間だってバカじゃない。襲撃された場合の対抗手段だっていくらか用意してあるだろうし、まずは先に厄介なチート系主人公だけをうまいこと潰してしまいたい」
こんなところかな。転生者以外の人間を殺したくないというのはまず転生者の部分から説明しないといけないし、そもそも信じてもらえるかも怪しい。
「ではヒデオ様、少し古典的ではありますが、ここから一番近いアムスブルクに住む中から特に重要な人物をさらってくるというのは如何でしょうか?そうすればここは仮にも魔族の拠点。救出にやって来るのはチート系主人公だけになるかと」
たしかに古典的だし巻き込んでしまう人間に対しては心が痛むけど、悪くない。ライルの提案を吟味してから頷いた。
「結構いい案かもな」
「ふふふ、英雄さんもいよいよ魔王っぽいことをするんですね!何だか私までワクワクしちゃいます!」
いつもならあまりミーティングに参加しないソフィアが何だか嬉しそうだ。
「でも、そうなると連れてくるやつってのはどんなのがいいんだろうな。俺たちに連れ去られたとわかれば人間が必死になって助けにくるようなやつ……誰か人間の事情に詳しい奴はいるか?」
誰からも手は挙がらない。
「サフランはどうだ?店に来る客から情報を収集したりは出来ないか?店があるのはルミナスだけど、アムスブルクから来る人間もいるだろ」
「ん~悪いけれどちょっと難しいわね。そんないかにもスパイみたいなことをしてると、少しでも感づかれたら討伐されちゃうから。あそこはあくまでお酒を飲みながら楽しくお話をするお店として存在を許されているに過ぎないの」
「そうか……そうなるとサフランの部下たちにも迷惑がかかることになるしな。それはやめておこう。でも困ったな、こういう時諜報員的な活動が出来るやつってモンスターにはいないのか?」
「一人、心当たりがございます」
「おっライル、それはどんなやつだ?会ってみたいな」
「それならば既にヒデオ様のお側におります」
「へっ?」
ライルの言葉の意味を理解しかねていると、突然背後から声が聞こえてきた。
「お呼びでござるか?」
声のする方を振り向くと、俺の影から影が現れた。何を言っているのか自分でも良くわからないけど、そう表現することしかできない。
その影は足のない人型モンスターとでも言った感じの形をしていて、顔らしき部位には目がついている。でも、身体と空気の境界線はかなり曖昧で、影の輪郭はおぼろげだった。
「お初にお目にかかるでござる、魔王様。拙者、魔王軍幹部で影系一族を率いるシャドウと申すものにござる」
「あ、ああ……よろしくな。ずっとそこにいたのか?」
「少し前から参上し、魔王様の影の中に控えていたでござる」
「次からもうちょっと俺の視界に入るところに控えてもらってもいいか?」
「承知」
シャドウは、言われた通りに俺の視界に入る位置へと移動してくれる。
「ヒデオ様、シャドウは影の中に入ることが出来る上に、変身の能力なども持ち合わせており、代々魔王軍の諜報員役として活躍してきた影系一族の首領です。スパイ活動ならば彼ら以上に適任となる者は存在しないと思われます」
ライルからの信頼はかなり厚いみたいだ。そうなればもうシャドウに任せない理由なんてないな。
「じゃあシャドウ。これから人間の街に行って、さらうのに最適な人間を調査してきてもらってもいいか?条件はさっき話に出てた通りだ」
「御意」
返事をすると、シャドウはテレポートで消えていった。
「しかし不思議なやつだな……お前らはシャドウがいたことには気づいてたか?」
「気付いてたぜえ!ヒッヒッヒ!」
「気付いてたでやんすよ」
「気付いてたわ」
「気付いてました……」
どうやら俺以外全員気付いていたらしい。
「一応俺も『気配感知』スキルは持ってるんだけど」
「シャドウは『隠ぺい』と言って『気配感知』などの各種探索スキルを無効化するスキルも持っておりますから」
「え……じゃあ皆そのスキルに更に対抗するスキルとか持ってんの?」
「いえ、単純に我々からはシャドウが部屋に入り、ヒデオ様の影の中に入るまでの一部始終が見えておりましたので……」
「魔王様がいつ気付くかな~って皆でソワソワしてたでやんすよ!」
小中学生がクラスぐるみで先生にいたずらする時のノリじゃねえか。
「いやいや教えてくれよ……俺めっちゃ恥ずかしいじゃんか」
「申し訳ありません。久々に童心がうずきまして」
「ライルでもそんな時があるんだな」
実際ライルって真面目かと思いきや突然お茶目なところを見せるよな……。
とにかく要人をさらってチート系をおびき出す方向で路線も固まり、スパイをしてくれるモンスターの目処もたったので一段落といったところだ。
実際この話に関してはシャドウ以外は何も出来ないので、俺はせめてキングあたりが余計なことをしないように見張っていることくらいしか出来なかった。
それから数日経ったある日の夕食後。ミーティングも終わり、俺とソフィアが自室でくつろいでいた時のことだ。
「いや~今日もエレナの飯は美味かったな」
「うんうん!結構転生者から伝わった日本の料理もご存知ですし、英雄さんがこの世界で結婚するなら断然エレナさんですね!」
「ば、ばか何言ってんだエレナの前で間違ってもそれ言うなよ!?」
「冗談ですよ~!そんな顔真っ赤にしちゃって英雄さんったら~!まんざらでもないんじゃないですか~!?」
「い、いやそりゃあ確かにエレナは可愛いけどさ……」
「お呼びですか?」
「おわあ!」
背後から突然現れたのはエレナではなくシャドウだった。
「シャドウかよ!めっちゃびびったしエレナかと思ったじゃねえか!大体どう考えても呼んでなかっただろ!」
「それでは帰るでござる」
「いやいや待て待て本当に何しに来たんだよ」
「調査で候補者が割り出せたので報告に参上したのでござるが、『隠ぺい』を発動させて魔王様の部屋に来たら、何やら秘密の恋バナ的なものが行われていたのでござる。これは話しかけづらいな……タイミングはどうしようかな……と思っていたところ、魔王様がスキを見せたので話しかけた次第にござる」
「何でスキを見せたところに話しかけるんだ。タイミングとしては最悪だよ」
「無念」
まあこいつなりに気を使ったんだろう……使ったんだよな?
「今度からは気配を消さずに来てくれよな。まあそれはもういい。それよりさらってくる人間の候補が決まったって?」
「左様にござる」
今日はもう遅いので、明日の朝のミーティングに来るように言ってからその日は寝た。
そして翌朝の朝食後。
「結論から申し上げるに、アリスという小娘がいいと思うでござる。ただの町娘で特に政治的や身分的に重要な立場にいるわけではないのでござるが、いわゆる美少女というやつでアムスブルク中の人気者にござる。逆に政治的や身分的に重要な立場にいる人間というのは常日頃から警備が厳重でござるから、安全面から考えてもこの小娘が一番いいのでござる」
美少女をさらうなんてベッタベタだな。
「さすがだなシャドウ、助かるよ。シャドウの報告に異議があるやつはいるか?」
特にないようなので話を進めることにしよう。
「それで、そのアリスってのはどんな子なんだ?見た目的な特徴とか」
「茶髪で長い髪をアップにしていて中々拙者好みでござった」
「お前の好みはいいから、っていうかそれだけでターゲットを決めたんじゃないだろうな」
「後は赤いリボンをつけていたでござる」
「おい俺の話を聞け」
何かちょっと不安になってきたな……。
「そうと決まったら話は早え!実行犯は俺に任せなあ!ヒャッハァ!」
「おいキング!ちょっと待て!」
キングは俺の話も全く聞かずにテレポートで消えてしまった。
「ライル!あいつを追いかけて見張ってくれ!騒ぎを起こしたら無駄に警戒されるから、チート系じゃない人間は絶対に殺させないでくれ!」
「かしこまりました」
「ったくキングのやつ……」
それから数分後。キングとライルが戻って来たんだけども。
「連れて来たぜえ!これでいいんだろ!ヒッヒッヒ!」
「お前……それは茶髪で長い髪をアップにして赤いリボンをつけただけのただの中年のオッサンじゃねえか!ていうか逆によく見つけたなこんなの!」
「ふっ……モンスターたちよ!残念だったな!私はただの無職で中年のおっさん!私を誘拐しようとも人間には痛手でもなんでもない!誰も助けになど来ないぞ!はっはっは!」
「本当に残念だよ!」
「申し訳ありませんヒデオ様……私が見かけて制止しようとした時点で既に遅く、この男を捕まえてキングは街から去るところでした……」
「いや、ライルは良くやってくれた。ありがとう」
しっかしこのオッサンどうすりゃいいんだよ……。まさか返すわけにもいかないし、殺すのも嫌だしな……。
「とりあえず農耕地に送って監視をつけて農作業でもさせとけ。監視には殺さないようにつたえて、適度に飯も与えてやれ」
「あ、ついでにあっしらの墓地の掃除なんかも頼むでやんす」
「何と!仕事と飯をくれるのか!ここは天国か!?やったぁ!」
おっさん大喜び。余計な悩みの種も増えたし、先のことを考えると頭を抱えたくなるところ。前途多難というやつだ。
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