魔王をやるのも大変だ

チュートリアル

「ちょっと待って!俺は、俺は死んだんですか?」


 転生させられるってことは、そういうことだろう。

 まあ、まだ夢でしたってオチの可能性も全然捨てきれないけど。


「いえ?普通に生きてるじゃないですか」

「えっ……異世界に転生するってことは死んだってことなのかと……」

「別に死ななくても転生は出来ますよ?やだな~も~」

「そうですか……」

「まあ、本当はトラックに轢かれて死んでもらう予定だったんですけどね!英雄さんうまいこと避けちゃうから!生きたまま転生させるのって面倒なんですよ~!」

「あの舌打ちはあんただったのか!」


 何て女神だ!思わずため息が漏れてしまう。


「はあ……じゃあ俺はもう二度と元の世界には戻れないんですよね?」

「いえ戻れますけど……」

「戻れるんか~い」


 何か思ってたのと全然違う!


「ただし条件付きです。今から貴方が転生する『魔王ランド』という異世界で、チート系主人公を全て倒してください」

「『魔王ランド』?チート系主人公?そう言えばさっき、俺が無敵の魔王に転生するとか言ってましたけど、どうしてそんなことに?」


 チート系主人公っていうのは異世界転生ものとかで、生まれ変わるときに他の人間が持ってないような特殊な能力やパラメーターを与えられた、物語のメインとなる登場人物のことだ。


「昨今のライトノベルにおける異世界転生ものブームで、異世界間全体でのチート系主人公の数が増えすぎてしまったのです。そこで、私たちは強力な魔王やモンスターを配置しまくった『魔王ランド』という異世界を新たに作り、溢れたチート系主人公たちにそこに移動してもらったのですが、彼らが強すぎるせいで魔王やモンスターが絶滅に追いやられているのです」

「何やってんですかあんたら」


 確かに最近異世界転生+チート系主人公のラノベやweb小説増えすぎだろうとは思ってたけども。


「もう新たな異世界を作って管理する余裕はありません。『魔王ランド』の魔王やモンスターが滅びてしまうと、我々としては非常に困ります。そこで!英雄さんの出番なんです!」

「何で俺?」

「くじ引きです」

「くじ引き?」

「そんなこと今はいいじゃないですか。それで先ほども言ったように、英雄さんにはこれから魔王になっていただき、チート系主人公たちを全て駆逐していただきます!全てのチート系主人公を倒していただいた暁には、多少の特典と共に元いた世界に帰れることをお約束します!」

「でも、既にほとんどの魔王が滅ぼされたってほど強いんだから、全て駆逐なんて無理なんじゃないですか?」


 するとソフィアと名乗った女神らしき女は、人差し指を立ててテレビでやってる通販番組の司会者っぽく答えた。


「大丈夫です!今から貴方にはチート系主人公すら余裕で倒せるチート能力を付与しますから!」

「おお~!」


 ちょっとノッてあげた。

 この辺は定番だな。どんな能力なんだろう。


「まず最初のチート能力は、『手をサッてやったら敵がボーンって死ぬ』という能力です!この能力でどんな敵も倒せます!」

「手をサッてやったら敵がボーン」


 わかりづらいな……もうちょっと説明が欲しい。


「後で詳しく説明しますから今は置いておきましょう!次は『敵のパラメーターを下げる』能力!」

「お、おお……何かすごいですね……」


 大盤振る舞い過ぎて語彙が消滅してしまう。


「そして三つ目!『敵の特殊効果を全て無効化する能力』です!」

「ふむ」


 確かにそんな能力持ってりゃ大体のチート系主人公は倒せるな。って言ってもまだまだ疑問は山積みだ。


「あの、いくつか質問いいですか?」

「だめです」

「だめなんですか」


 丁寧に手を挙げて質問の許可を請おうとしたのにこれだよ。


「説明は実際に現地で行った方がわかりやすいですからね!ここでのざっくりとした説明は終わりましたし、さっさと向こうに行っちゃいましょう!」

「わかりました」


 強引だなあ、この人。というか現地で行うってことはこの人ついてきてくれるんだろうか。


「ちなみに差し上げたチート能力、英雄さんの場合はスキルですね。これを使用するときには特殊な条件などは必要ありません。スキル名を発声しながら使いたい方角や人に向けて手をかざしてください。これだけでオッケー!簡単でしょう?」

「実際に使ってみないと何とも」


 その俺の言葉を聞いたソフィアは、口に手を当ててニヤニヤし始めた。


「おっとぉ?早くスキルが使いたくてうずうずしてきちゃいました?もう~しょうがないですねぇ~それでは早速行ってみましょう!レッツ『魔王ランド』!!」


 無駄にテンション高くてうざいな……まあ元気ないよりはいいか。かわいいし。

 拳を高く振り上げたソフィアの言葉が終わると同時に俺の視界は一気にホワイトアウトした。




 気が付くと、俺は見たこともない風景の中に立っている。目の前には女神。


「ここは?」

「ここが今日からあなたの過ごす世界、『魔王ランド』です!そしてこの街は魔王軍やモンスターの最後の拠点、ルーンガルドですね」


 ソフィアの元気一杯な声を聞きながら辺りを見回してみたものの、一瞬見ただけでは異世界だという実感は湧いてこない。


 たしかに時代はちょっと古そうだけど、普通に民家があり、自然があって人の営みの痕跡が見受けられる。遠くの丘の上には蔓などが生い茂る少し不気味な城があり、それが多少現実離れしていて唯一、異世界らしさを醸し出していた。


 俺の視線に気づいた女神が説明してくれる。


「あれは魔王や魔王軍幹部の住まう城です!名前は正式に城主になってから英雄さんが付ければいいと思います!」


 あれが……?確かに不気味ではあるけど、魔王城というほど禍々しい感じもしない。というかいちいちあそこまで戻るの大変そうだな……普通にその辺に家を建てた方が良さそうだ。


「で、ここルーンガルドはですね、先ほども言ったように魔王軍やモンスターの最後の拠点となっています。他の拠点は全てチート系主人公に蹂躙され、今はその数を減らして肩身の狭くなったモンスター達が細々と暮らしています」


 たしかに街には活気がない。どこまで数を減らされたのかは知らないが、魔物一匹うろついていないじゃないか。拠点というし家とかの生活の痕跡もあるんだから何かしらうろうろしてても良さそうだけど。


 と思っていると、漫画とかで良く見るゴブリンらしきものが目の前を横切る。それからこちらに気づくと目をギョッと開いた。


「ひっ、ひぃ!?またチート系主人公か!?もう勘弁してくれ!俺にだって家族がいるんだ!どこにも攻め込んだりしないし、金だってやるから!ほら!」


 金の入っているらしい袋を捨てるように置くと、ゴブリンは悲鳴を上げながら走り去っていった。


 めっちゃ怯えてるやん。チート系主人公のやつらは一体どれだけモンスターを蹂躙して来たんだよ。


「あの、俺チート系主人公と間違えられてますけど……。これからどうやって魔王と認めてもらったらいいんですか?」

「見た目は変えられませんからね!まあそこは力ずくでどちらが上なのかわからせてあげましょう!」

「ものすごく物騒なこと言いますね」

「あっ、それと敬語は使わなくていいですよ~。フレンドリーにさくさく行きましょっ!」

「わかりまし……わかった」

「さて、まずは与えたスキルの使い方を教えて差し上げたいのですが……」


 と言いながらポンッと女神は変身し、手のひらサイズに小さくなった。蝶々のような羽も生えて何だか妖精っぽい。


「変身できるのか?便利だな」

「女神ですからね!」


 その一言はどうなんだろう。女神なら何でもアリなのか?でもまあ、人を転生させたりチート能力を付与したりできるんだからそうなのか。


「さて、チートっ系~♪チートっ系~♪」


 女神は虫でも探すみたいに、目の上に手をかざしてチート系と略すことにしたらしい、チート系主人公を探している。俺もチート系と略すようにしよう。


「あっ、ほらあそこにいましたよ。あれはレベル上昇の際のパラメーターボーナスを全て防御力に振ったタイプのチート系ですね。あれなら一撃です!」

「一撃なの!?」


 すげえな俺。


「では先ほどここに来る前にも説明した通り、スキル名を発声しながらあの人に向かって手をかざしてください!」

「スキル名って教えてもらったっけ?」

「あっ……忘れてました!じゃあ『英雄ひでおプロージョン』で!」

「だっさ!ちょっとその名前何とかならないのかよ!?」

「すいません、私の独断でもう決めてしまったので……」


 ソフィアは申し訳なさそうな表情で俯いている。むちゃくちゃだなこの女神。まあいいや、とりあえず使ってみよう。


「『英雄ひでおプロージョン!!』」


 スキル名を発声しながら手をかざすと、轟音と共に凄まじい大爆発が起きてチート系がぶっ飛び、その周囲にあるものも全て爆散した。


「おおおおおおおい!!!!やりすぎだろこれえええええ!!!!」


 これあれだわ。特撮のヒーロー戦隊もので、登場シーンの後ろとかでやってるやつだ。静止画なら唐揚げで代用できることが証明されたやつ。


「その調子ですよ!さすがは英雄さん!これが『英雄プロージョン』です!」

「どの調子だよ!あの人どうなったの!?死んじゃったの!?」

「今までのこの世界ならそうだったのですが、これからは英雄さんという魔王降臨の特例につき、生きたままこちらに転生してきた方は元の世界に戻し、死んでこちらに転生してきた方は更に別の世界に転生していただいてます。だから大丈夫ですよ!安心してチート系をぶっ飛ばしてください!」


 こんなことを素敵な笑顔で言いやがる。何て女神だ。

 

 今の騒ぎを聞きつけてか、モンスターが三匹ほどやってきた。ゴブリンと……何だっけあれ。インプ?あと豚頭はオークか。


「何だ何だぁ!?げえっ!またチート系主人公じゃねえか!もうこりごりだ!おい逃げるぞ!」


 そう言ってモンスターは三匹とも逃げ出した。


「ちょうどいいじゃないですか!逃がしてはなりません!あれで二つ目のスキル、『英雄ダウン』を試してみましょう!」

「いやいや俺は魔王なんだろ!?モンスターは逃がしてやろうよ!」

「彼らは英雄さんをチート系主人公と間違えてますから、ちょっと痛めつけて英雄さんが魔王だということを身体に刻み付けて差し上げるんです!」


 何言ってんだこの女神?さっきからこいつちょっと発言が過激じゃないか?


「ほら、早く!『英雄ダウン』ですよっ!英雄さん!」

「ええい、わかったよ!『英雄ダウン』!!」


 逃げ出したモンスター三匹に手をかざしてそう発声すると、途端にやつらの動きがめちゃめちゃのろくなった。


「すごいでしょう?これが相手のパラメーターをすごく下げるスキル、『英雄ダウン』です!」

「そのださいスキル名はまたお前の独断で決めたのか?」

「そうですっ!!さっ、あのモンスターたちを捕まえましょう!」


 俺は肩をすくめてため息を吐きながらモンスターたちに歩み寄る。

 モンスターたちの動きは非常に遅く、動画をスロー再生したみたいな感じになっていた。


「これは、素早さが下がってるってことか?」

「そうですっ!素早さだけではなく、攻撃や防御系のパラメーターも全て下がっていますので、今のこのモンスターたちからなら殴れても平気ですし、逆にこちらが殴れば吹っ飛びますよ!試しに軽く殴ってみてください!」


 やんわりと拳を握り、ゴブリンをふわっと殴ってみた。

 ゴブリンはすごい勢いで吹っ飛んで前の方にあった建物の壁に激突すると、スローモーションでゆっくりとずりおちていく。


「こ、こ~の~や~ろ~う~オ~オ~オ~ッ!!!!」


 それを見ていた残り二匹のモンスターが逃走を諦めたのか、スローモーションで殴りかかってきた。喋りまでスローになっている。


 ソフィアの言う通り殴られてみたけど、たしかに全然痛くない。攻撃や防御も下がっているというのは本当のようだ。実験が終わったのでとりあえず軽く突いて吹っ飛ばし、気を失わせておいた。


「どうです?すごいでしょう!これならチート系だって全然怖くありません!」


 確かにすごいけど、何かが間違ってる気がするのは俺だけだろうか……?

 俺は目の前に浮いている妖精風女神を眺めながら、また一つ、ため息を吐いた。

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