第32話
「咲夜様!後ろです」
「わかってる!せいや~!!」
ここ数日咲夜たちは、まるで蟲毒の壺と化した都の妖魔を、強い弱いにかかわらず退治していた。
弱い妖魔はそのうち自分より強い妖魔の餌になり、その妖魔をより強くしてしまうからである。
「ふう~いっちょ上がりっと」
「ごくろうさまでした、姫様。水です」
「ありがと」
「しかし姫様、ここのところの妖魔の出現数は異常ですね。もしかしたら・・・」
「どうしたの。もしかしたら何?」
忠助は、少しだけ言うのをためらってから、しゃべりはじめた。
「え~とですね。もしかしたら、鬼門の祠になにかがあったりしてと思っただけです。そんなことはないでしょうけど。あそこには、祠守がいますから」
咲夜はそれを聞くと走り出した。
「どうしたんですか?そんなに慌てて」
「祠に行く。先に行ってる」
「ちょ、ちょっと待ってくださ~い」
咲夜はあっという間に消えてしまった。
「あ~あ、あんなの冗談のつもりだったのに。迂闊なことを言ってしまった。自分を殴りたい。だいたいあの人たちがいるんだから、姫様もあんなに慌てなくてもいいのに」
嫌な予感がして走って祠に向かった咲夜は、祠が壊れているのを見つけた。
「祠がこわされてる。ということは・・・祠守のなにかがあった?」
祠守の住む屋敷へと咲夜は向かった。
屋敷に着くと、咲夜は異変に気が付く。
人の気配がないのだ。
だが、屋敷には灯がともっていた。
咲夜は、刀に手をかけ静かに屋敷へと入っていった。
灯がともっているのはあの部屋ね。
そして咲夜は、部屋への障子をそっと開いた。
そこには、一人の老人が咲夜と向かい合う形で座っていた。
「おじいさん、あんた何者?この屋敷の人間はどこ?」
「・・・・」
何も言わずに老人は立つと、後ろにある襖をそ~っと開いた。
「!」
襖の奥の部屋には、咲夜の良く知る人間が転がっていた。
それも、腐敗しかけていたのだ。
「おじいさん、これはどういうこと。あんたが、これやったというの?」
咲夜の問いに、その老人はにやりと笑うと、問いに答え始めた。
「知りたいか。ならば教えてやろう。こいつらがこんなになったのは、お前たちがもっと早く見つけなかったせいだ」
「どういうこと」
「わからんのか、もっと早く見つけてやれば、腐らんですんだということだ」
「一つ聞くけど、もっと早く見つけたとして、命は助かったの」
咲夜は老人の目を睨みながら訪ねた。
「それはないの。わしが完全に命は奪ったからな」
それを聞いた咲夜は、老人に刀の切先をむけた。
「殺す」
「物騒なことを言う娘だな。そんなことを言う娘には、お仕置きが必要だな。どんなお仕置きがいいかの。そうだな・・・では、楽に殺さないでおいてやろう」
「なめるな!」
咲夜はそう言うと老人に斬りかかった。
そのころ、やっと忠助が祠に着いた。
「はあはあはあはあ、ひ、ひめさま早すぎ。はあはあはあはあはあ」
祠の前で膝に手を突き休んでいた忠助は、あらためて祠を見た。
そこには、あきらかに人為的に壊された祠があった。
「う、うそだ・・・」
そのとき、屋敷の方から咲夜の悲鳴のような掛け声が聞こえた。
「ひめさま!」
忠助は声が聞こえた方へと走った。
祠が壊されているということは、祠守は連絡が出来ない状態にあるということ。
最悪殺されている。
そんな相手と姫様じゃ分が悪すぎる。
屋敷では咲夜が老人に斬りかかるが、簡単にいなされていた。
「おい娘」
「はあはあはあ、な、なによ」
「お前黒巫女ではないのか?」
「どうして」
「いやな、黒巫女にしては弱いと思ってな」
「くっ。なめるな、じじい!」
そのとき、忠助が咲夜の元へと走ってきた。
「ひめさま!これはどういうことです」
「ただすけ・・・」
咲夜は忠助の顔を見ると、目線をすぐに屋敷の中へとやった。
そこには、人間が山積みにされていた。
そのなかには
「おやじ!」
忠助の父親がいた。
それを見て忠助はすべてを察した。
「さくや。あとは俺に任せろ。咲夜の仕事はこんなやつを斬ることじゃない」
「でも」
「いいから下がってろ」
「う、うん」
忠助は、咲夜を下げさせると、老人に向かって無造作に歩き出した。
構えもとらない?
どういうことだ。
「おい、ガキ。刀も抜かずに俺に勝つつもりか」
「気にするな」
「そうか、そんなに死にたいか。それではまず、お前から死ね」
そう言うと老人は、上段から刀を振り下ろした。
しかし、斬ったはずなのに何の手応えもなかった。
なに?どういうことだ。
確かにこいつを切ったはずなのに、このガキは俺の前に何の傷もなく立っている。
こんなことを考えていると、忠助からの声が聞こえた。
「一つ聞くが、ここの人たちを斬ったのはお前ではないだろう」
「なぜ、そんなことを聞く」
「ああ、おれに腕を切り落とされたのにも気が付かないまぬけに、やられるような人間じゃないからな。おれのおやじは」
「なんだそれは。俺が弱いとでも・・・」
老人はある言葉を思い出した。
このガキ、たしか腕を切り落としたとか何とか言ってたな確か。
なにをばかな。
俺の腕を斬り落としただと。
馬鹿なことを言うなと思いながらも、老人は自分の腕を見た。
「あれ、おれのうでがない」
「あたりまえだ。斬ったって言っただろうが」
「そんな馬鹿な。俺の腕が俺の腕が~!」
泣き叫ぶ老人を見て、忠助は思った。
うるせえじいさんだなと。
「おいじいさん。死にたくなければ答えろ。お前をお雇ったのは誰だ」
「し、知らん」
「そうか。ならば、知ってることすべて吐け」
「しゃべれば助けてくれるのか」
「ああ」
そして、老人がなにかを喋ろうとしたとき、後ろに黒い影が現れ老人を喰らった。
その勢いのまま黒い影は、忠助を飲み込もうとした。
だが黒い影は、咲夜によって斬られて消えた。
「ありがとうございます、姫様」
咲夜は忠助の礼を聞くと、首を横に振った。
「しかし、じいさんを飲み込んだ影はいったい?」
「・・・たぶん、使い魔か何かだと思う」
「それでは、口封じにじいさんは喰われたということですか」
「うん。信じたくないけど、この件の裏には、使い魔を使えるような奴がいるということね。たとえば、陰陽師とか」
二人は相手が人間かもしれないということに、動揺するのだった。
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