吾輩は名刀である

秋峰

第1話

吾輩は名刀である。

銘は、刻まれていない。

なぜかと言うと吾輩は、かの刀匠正宗の作でからである。

正宗は、刀に銘を刻むのをあまり良しとしなかった刀匠だからである。

自分が鍛えた刀には、銘という傷をつけたくなかったというのが理由の一つじゃ。

ほんとに、刀にやさしいいい奴じゃった。

わしの兄弟には、包丁正宗などの国宝や重要文化財になったものが、数多くおる。

ほんとなら、わしもその中の一振りになってもおかしくはない名刀じゃ。

ちっとばかし、悔しい思いはある。

じゃが、刀は使われてなんぼ。斬ってなんぼじゃ。

決してこれは、ひがみなどではない。

わしはいまだに、現役として活躍しておるのだ。

おっ、どたどたと足音がする。

これは、いまのわしの主人の足音じゃな。

わしのしゅじんというのうわあ~!

なんじゃ、いきなりわしを振り回しはじめて。

なにかあったのか、美紀よ。


「うが~!はらたつはっらたつはらたつ~!あのポンコツ教師!宿題忘れたくらいで、あんなに怒らなくてもいいじゃない。先生じゃなかったら、ぼっこぼこにしてやりたい~!」


わしの主人は、見ての通りのおてんばじゃ。

今日は、宿題を忘れて怒られたみたいじゃの。

こんな感じで、こやつは毎日毎日わしを振り回す。

くそっくそっくそ~っ!

は~ぁ、そんなに怒られるのが嫌なら、ちゃんと宿題くらいやれ。

ばかちんが。


「ん?悪口言われた気がる。空耳か。これも、先生のせいだ。ちくしょ~っ!」


たまにこうして、わしの言葉が美紀に届くことがある。

たぶん、このお転婆が妖魔を退治する黒巫女だからじゃろう。

こんなのでも、黒巫女の中では結構強いらしい。

それにしても、何時まで振り回す気なんじゃろ。

1時間経過。

おい、そこらでやめたらどうじゃ。

まあ、あやつには聞こえんのじゃが。

そのとき、美紀は刀を振り回すのをやめた。

おっ、も、もしや、わしの声が聞こえたのか?

ぐぎゅるぎゅる~

「あ~、おなかすいた。ごはんたべよ」

なんじゃ。腹が減っただけか。驚かせるな。まあ、あやつがわしの声が聞こえるような繊細な奴なら、もうとっくに聞こえとるはずか。


「はあ~、食った食った~」


は、はやっ。

もう、食べ終わったというのか。

今日は、いつにもまして早かったのじゃ。


「よっこらしょ。はあ~、板の上は、気持ちいいなあ~」


こ、こら美紀。

はしたなく、道場で大の字になるな。

もっと、女の子らしくせんか!

まったく、こまったやつじゃ。


「あっ、そうだ」


どした?


「刀の手入れでもしようかな」


な、なに~っ!

や、やめろ。それだけはやめてくれ。

お前のは、手入れなんてものじゃないんじゃからな。

しかし、美紀の手は伸びてくる。

あともう少しと言うところで、美紀を呼ぶ声があった。


「美紀!御着の交差点に、妖魔が出たらしい。お前に出動要請だ!」

「わかった!いますぐにいく!」


はあ~、たすかったのじゃ。

美紀の拷問を受けずに済んだ。

がしっ!

美紀は刀を掴み、家から飛び出ていく。


「美紀!車で送ってやるぞ」

「いい。体温めたいから、走って行く」

「走ってって。おまえ・・・」


その交差点には、自動車でも10分はかかるのだ。

そこを、走って行く。

交差点に着くまでに疲れてしまうぞと、遠くに見える美紀を父、一馬は見送っていた。


「やっぱりあの子は、天然ガ入っているのだろうか。認めたくはないな。自分の娘が天然さんなんて」


そして美紀、フルネーム、神野美紀(じんのみき)は、現場に着いた。

それも5分で。

どんな身体能力してんだおまえ。


「はあはあはあはあ。ごくろうさまです。それで、妖魔の奴はどこです?」


現場には、既に結界が張り巡らされていた。

結界を張っているのは、警察庁の特殊魔導機動隊である。


「妖魔は、交差点の真ん中に、結界で閉じ込めています」

「被害状況は?」

「はい。比較的早く封じ込めましたので、車の衝突事故だけで済みました。ただ、重傷者はでましたが」

「そうですか。わかりました。ここからは、わたしが」


美紀は、交差点に向かって歩き出す。

そして、報告通り交差点の真ん中には、妖魔がいた。

ひまわりの花の中心に、大きな口。

幹の部分には、蔓のような腕が生えていた。


「植物系の妖魔か。すぐに、封じてやるから、覚悟するんだな」

きぇ~~~!


妖魔が叫ぶと同時に、美紀は正宗を抜き放ち大上段に構え、妖魔に飛びかかった。

妖魔は、花と幹に分断された。

分断された幹のほうは、すぐに消えた。

花だけがむにゅむにゅとうごいている。


「うげ、きもちわる」


美紀は懐に手を入れると、1本の小刀を取り出した。


「毎度のことだけど、こいつらを封印するのに、刀を使うなんて勿体ない気がする」


妖魔というのは、いくら斬っても死なない。

だから、刀に封じ込める。

封じ込めるだけでは、こちらには何一つメリットがないように見えるが、そうではない。

封じ込めた刀は、妖魔を斬ることが出来るようになるのだ。

まあ、こんな雑魚では話にならないけれど。


「ごくろうさま、美紀ちゃん。あっちに、アイスがあるから食べておいで」

「ほんと?やった~アイス、アイス、あ~い~す~」

「あっ、ちょっと待った。ここにサインちょうだい」

「はいは~い」


美紀がサインを書いたのは、報酬手当のサインであった。


「たいちょう~。そんな詐欺みたいなことしていいんですか」

「詐欺とは失敬な。ちゃんと、美紀ちゃんがサインしてくれたの見てただろ」

「それにしても、毎度のことですけど、美紀ちゃんには金銭感覚がないのでしょうか」

「いや、ほかの黒巫女たちの報酬が高すぎると、俺は思う」


隊長は、なんかかっこつけて、夜空を見上げた。

ほんとは、ケチなだけなのに。

こうして、今日の妖魔退治は幕を下ろした。


「たっだいま~今帰ったよ、おとん」

「ああ、どうだった、今日の妖魔は。強かったか?」

「強いはずないよ。こんな小刀に封じられるやつだもん」

「それもそうか。美紀、風呂沸いてるぞ」

「ありがと」


美紀は、道場に正宗を置くと、風呂に入りに行った。

うん、やはり美紀の奴は強い。

普通の黒巫女なら、最低3人で封じるくらいのやつじゃった。

主が強いというのは、わしも鼻が高いわい。

正宗がご機嫌でいると、美紀が風呂から上がってきた。

なんじゃ。美紀がわしを、凝視しておる。

美紀は凝視するのをやめると、道場の端に歩いて行った。

お、おい、まさか、美紀よ。わしを、お前の間違った手入れをする気じゃないだろうな。そんなことはないか。なあ、美紀よ。

しかし、正宗の願いはブチ壊れる。

美紀は、道場の端においてある、目の粗い砥石を、その手に掴んだのだ。

お、おい、やめろ。そんな目の粗い砥石で、お前のバカ力で砥石を当てられたら、わしが削られてしまう。

や、やめろ~!

そんな砥石を持ってくんな~!

手入れというのはな、時代劇でポンポンやっとるじゃろ、それでいいんじゃ。

そんな砥石は、必要ないんじゃ~!


「よいしょ。たまには手入れしないとね~」


おまえは、そんなこと考えなくていいのじゃ。

妖魔のことだけ考えてればいいのじゃ~!

今まさに、正宗が削られようとした時、助け船がはいった。


「美紀、なにしてるんだ」

「ん、手入れすんの」

「手入れっておまえ。美紀よ、手入れに砥石は必要ないと思うぞ。なんなら、俺の手入れ用具貸すぞ」


そうだ、親の言う事を聞くのだ美紀よ。

お前の手入れは、手入れではない。

人間に例えるなら、皮を無理やりベリベリ剥がされるのと同じじゃ。

ただの拷問じゃ。

じゃから数馬の言う事を聞け。

手入れ用具を借りるのじゃ~!


「べつにいい。砥石の方が、よく削れるから」

「削るって、お前」

「うっさいな~おとんには関係ないでしょ」


そういうと、美紀は正宗を削り始めた。

助け船は沈んだ。


がりがりがりがり

たすけて~!

がりがりがりがり

いたいいたいいたい~!

がりがりがりがり

うっぎゃ~~~!


正宗は気を失った。

どれくらい経ったのか、正宗が目を覚ますと、そこには正宗を見つめる美紀がいた。

美紀がわしを見ておる。

え~っと、なにがあったんじゃ?

そして、美紀が口を開く。


「うん。今日もいい出来」


いいでき?

はっ、思いだしたのじゃ。

わしはこいつに、拷問に会ったのじゃ。

このあほ~ばか~おまえなんか死んじまえ~


「ん?誰か私の悪口言った気がする」


こんなのだけ聞こえるのかお前は!!

もういやじゃ~

こんな主はもういやじゃ~!!

ぐすん。

なんか、気が重い。

鬱になりそうじゃ。

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