ブラック・アベック 了

───「とおノ月」

命の価値が暴落したこの世界において、人殺しをたのしむ連中は数あれど、ような者はそうはいない。

しかし、は違う。

───闘争の中に、己の生きる価値を垣間見る。

己の力量を誇示する者が居た。

返り血を我が身に浴びせることで絶頂を迎える者が居た。

意味もなく多くの命を奪い、壁に血で以って名を記す者が居た。

いずれにしても、彼等の生き様は、この狂った世界の中でも取り分け奇妙なものであった。


ブラック・パレード達一行は、大きなドアの前にたどり着いていた。

エキノコックスが、ドアの上に刻まれた文字を読む。

「───『BLANKENHEIM'Sブランケンハイムの WORKSHOP工房』?」

「入るゾ」

ラージローグがドアを勢い良く開け放った。

───近未来。

エキノコックスの脳裏をそんな言葉がよぎった。

清潔感のある室内を、様々なハイテク機器が埋め尽くしていた。

巨大な機械が火花を散らしながら、金属を焼き切っていた。

人々が行き交い、語り合い、共に魔法武器を製作していた。

廃れた外の風景に比べ、余りに綺麗な風景であるこの場所は、正しく異世界そのものといった印象を見た者に与える。

「ここで、大隊の魔法武器が作られていル」

ラージローグが振り返る。

が低イ

綺麗好きのヤツが居るもンだから、すぐ掃除しちまウ

もっと小汚くていいのニ」

「世界って───」

エキノコックスが呆気にとられる。

「世界って、一回滅んだんですよね───」

工房の中の1人がラージローグに気付いた。

「所長!」

人々が次々に、ドアに目を向ける。

「ラージローグさん!」

「おお、所長!」

「所長さん!」

「ラージローグ様!」

所長と呼ばれた彼は、悠然と手を振る。

そして、エキノコックスに語りかけた。

「そうダ

世界は確かに滅ンダ

───だが、既に滅ンでから200年経ッたのだヨ

アリック

魔法研究は最早、戦前のソレを優に越していル

此処こソ!全ての魔法の頂点!

そして、おまえの新しい職場ダ!!」

「な、なんですって!?」

───そういえばそんな事言ってたな。

ラージローグが大仰に振り返り、工房に居る者達に宣言した。

「諸君!この男こソ!

戦前ワタシが教育した部下の中でも最優、最秀の研究員!

アリック・キーズであル!!」

工房全体が歓声に震える。

皆がエキノコックス───アリック・キーズを称えているのだ。

ラージローグが手をかざして群衆を制する。

「今宵!アリック・キーズが我が魔法研究所『レヴィアタン』に加わル!

魔法研究は、今まで以上のスピードでの進行を見せるだろウ!

諸君!

作レ!!

他の何者よりも秀でた武器を作レ!!

学ベ!!

他の何者をも追い付けない程に魔法を知レ!!

全ての魔法の最先端ハ!我々ダ!レヴィアタンダ!!

我々こそガ!!魔法の頂点ダ!!!」

工房内は、割れんばかりの音量に包まれていた。

群衆の熱気に、エキノコックスのみならず、ブラック・ロックも驚愕した。

人というものは、これ程までに熱意を持てるものなのか。

今までにロックが見てきた人間は、誰もがどこか諦めを伴った目をしながら、ある者はゴミを漁り、ある者は奇声を上げながら走り回っているような、そういう者達であった。

しかし、彼等は違う。

皆、目にたおやかな、しかし決して消えることのない炎を宿していた。

ロックは、今までの人生に恥じらいさえ感じた。

───彼等の生き様に比べれば、あたしという人間のなんと惨めなものか。

そう思い至ったのだ。

パレードでさえ、この光景に感嘆を覚えた。

エキノコックスは、焦りの口調でラージローグに詰め寄った。

「誰もあなたの下に戻るなんて───」

「じャあ戻るカ?

十ノ月の魔法工場の場所とか、その他諸々の情報知ったオマエが、大隊の傘下であるこの研究に入ッて、出てきて、それでオマエを放ッておく訳ねーだロ

ココに居るのが懸命なンじャないカ?」

狐は、深く溜息を吐いた。

───この男にはつくづく敵わない。

「オーケイ、負けましたよDr.ローグ」

「ラージローグ」

「───ラージローグさん

また、色々とお世話になりますよ

色々とね」

「おうよ、アリック

ココがオマエの新しい生ける場所ダ」

2人は、硬い握手を交わした。

三度みたび、工房を歓声が駆け巡った。

世界に輝きを見出すことを諦めたエキノコックスが、今正に輝きを取り戻した瞬間だった。


「室長!」

工房の中の1人が叫んだ。

群衆の向こうから、左右非対称アシンメトリーな一対の角を持った1人の少年が、パレード達に向かって来ていた。

彼は、エキノコックスの前に立つとこう問うた。

「きみがアリック?」

「そうだが」

少年は、妖艶に微笑んだ。

「初めまして

ぼくはここの研究員達を取りまとめてるんだ

よろしく」

「待て、ローグだって?」

「あぁうん、ほらそこの

ラージローグの息子なんだ」

「ははーあ、なるほどぉ〜」

エキノコックスは、ローグとラージローグを交互に見遣みやった。

2回、3回、4回、5回と、何度も首を振る旅にその速度が増していき───。

「─────息子ぉ!?」

「ンあぁ、コイツせがれのローグ

これからオマエの上司になるからヨロ」

「えええぇぇええエエ!!??」

四度よたび、工房を大きな声が駆け巡った。


後日談。

地上35階。

パレードとロックは、あのカフェに居た。

ロックはアボカドシュリンプサンドを、パレードはナポリタンを食していた。

「それにしても、あの狐

研究員だったんですねぇ

通りで弱い筈」

サンドウィッチにかぶりついて咀嚼する。

アボカドのと海老の食感、マヨネーズとガーリックの風味が調和している。

ロックはパレードが食べているナポリタンをじっと見た。

「ナポリタンとは、可愛らしいものを食べてますね」

パレードはむっとした。

「子供っぽいと言いたいのか?」

「あれ、オブラート薄すぎたかな」

「全く───

おまえは知らないだろうが、カフェにはナポリタンと相場が決まっているんだ」

砂糖とミルクを大量に投入したコーヒーを啜る。

可愛らしいと言われてむっとしたパレードであったが、実際彼は女々しい味覚の持ち主であった。

甘党であり、辛味のある料理を忌避する性質の持ち主であった。

「知ってるかロック

此処に本物のタンはあるが、本物の・ウィスキーはもう無いんだ」

───・ウィスキーもな。

彼はそう付け加えた。

「えーと、どういう意味ですか?」

「───判らないか

酒、飲まないものな」

パレードは少し残念がった。

「要はってことだ

ナポリタンは、懐かしい味がする」

ロックは、殊更に首を傾げた。

「今日は、エキノコックスが吐いたとおノ月の魔法工場の襲撃ですけども」

コーヒーを啜る。

ブラックだ。

「これ、絶対2人でやる仕事じゃないですよねぇ

前のも大概デカいとこでしたけども

ここもっと広いですよ

敵めっちゃいますよー

絶対」

「びびってるのか?」

一瞬の静寂。

「まっさかー!

ブラック・パレードさんとこのあたしの手に掛かれば、お茶の子さいさいですよ!」

パレードはにやりと笑った。

「その意気だ」


食事を終えれば、仕事の時間である。

パレードが2人分の支払いを済ませている内に、店員が店内の窓を開ける。

「助かる」

窓から飛び降りた2人は、意気揚々と仕事場へと向かった。

今日もまた、死人が出るだろう。

構うことはない。

我楽多街がらくたがいの日常とは、こんなものである。

神は天にいずとも、全て世は事もなし。



我楽多街がらくたがい・つづく






『次回予告』

ミュハン「や━━━━っと次回私達の出番だよダガメズ」

ダガメズ「遅いわ!最早短編集じゃねえよ!中編集だよ!」

ミュハン「まぁまぁ、これからはちゃんと短編集になってくって

多分」

魔剣『─────んむ』

ダガメズ「だといいんだが

───待てよ、それだと次回の俺たちの出番が短くなるんじゃないか

やっぱり中編集でいいわ、中編集で

いっそ次から長編集でいいんじゃないか!?」

魔剣『─────んむ』

ミュハン「さて、次回は私達オン・ルッカーズがゆるーく悪党を成敗するお話だって

ほら、キメてキメて」

ダガメズ「任せろ!

次回「化け猫(と触手人間と怪しいフード仮面の)ワルツ」!」

魔剣『─────んむ」』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る