第4話 ひとしずく
一つ一つの扉を確認してから、『huuto』のプレートがある扉のドアノブを回した。
部屋の中には、たくさんの写真が飾ってある。いっそ、四方の壁が見えない位だ。
壁に収まりきらなかった写真たちは、写真たての中におさめられて、部屋の中央の大きなテーブルを占領していた。
写真は全部、駅の写真だ。
同じ駅の写真もあれば、違う駅の写真もある。ただどれにも言えるのが、何の変哲もない駅の写真ということだけ。
駅名の入っている写真はどの駅かすぐわかるけど、トタン屋根に頼りない木組みのザ・田舎の駅って写真は、遠目に見たら全部同じに見える。
そう、風斗は駅を撮影するカメラマンなのだ。
高校の頃、カメラにはまった風斗は、たまたまこの店に出会い、鉄道系の写真をよく撮るようになった。
もともとセンスがあったのか、彼が切り取る風景は主にそっちの方面の人に高く評価された。
写真について知識があるわけじゃないけど、いい作品なんだっていうのは分かる。私が駅の写真を撮ったところできっとこうはならない。
右の壁の窓際から、一枚一枚写真を目で追う。
「あー、ここにいた」
雷斗が服を抱えて入ってくる。低くて優しい声は、安堵の雰囲気を漂わせた。
「服取り入ってる間にカフェから消えてんだもん。『画廊よる?』とは言ったけど、ちょっと心配したよ」
「ごめん」
手に持っていた服を私に押し付け、雷斗が顔を覗き込んできた。
「顔色悪いし、そのままだと風邪ひくよ。下でその服に着替えておいで、この部屋暖めておくから」
「そうする」
彼の言葉に従って、大人しく風斗の写真部屋を出る。階段を下りながら服を見てみる。
黒のジーンズに、白い首襟のあるセーターだ。
男物とも女物とも取れるその服に、若干複雑な気持ちを抱えつつストーブの近くで着替える。
湿り気を含んだシャツは思った以上に重さを増していたようで、雷斗が見繕ってくれた服に着替えると、途端に軽くなった。
重さと一緒に、張りつめていたものや、押し詰めていた感情も脱げた。すると、だんだん視界がぼやけてきて。
だめだ。
慌てて自分の頬を叩き、気を引き締める。泣いたって何も変わらないのだ。明日踏ん張るために帰って来たのに、これじゃあ逆効果になる。
雷斗の所に戻る前に、鞄の奥底に詰めていた化粧ポーチの中から鏡を取り出し、いつもの自分の顔に見えることを確認する。
よし、大丈夫そう。
シャツはたたんで、スーツを掛けた椅子に置き、画廊に戻る。出た時よりも少し暖かい。
雷斗は、さっきと同じ位置で、一枚の写真を食い入るように見つめていた。
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