死望/4-2
そんな天音氏とのやり取りがあってから数時間後、私は美星の病室で昼食を取ろうとしていたのだが。
「久城さん、えっちです」
私が病室に入ってすぐに、美星はそんなことを口にした。
さて、ここで私が最初にやったことといえば、彼女の近くに天音夫妻、宮前看護師長がいないことを確認したことだった。
そして運良く(運良くと言うと私が悪いように思えるが決してそんなことはない)、三者はいなかった。
「で、何がえっちということなのか、かいつまんで説明してもらえるかい?」
決して、セクハラではない。それだけは確かだったが。
「夢で会ってくれたのは嬉しいですけど、あんなことするなんて……やっぱりえっちです」
……なるほど。彼女の夢の中で、私は何かをやらかしたのか。
「それは、まぁ……すまないと言っておいた方がいいかな?」
「全くですよ、もう」
頬を膨らませながら彼女はそっぽを向いた。
「けど、アポイントは取っておいたのだし、許してくれるだろ?」
私は肩を竦めて言った後に、テーブルと椅子を設置していく。
「仕方ないから許してあげます」
美星は楽しそうに笑った。やはり、彼女にはあの氷の花の笑みよりも、今みたく能天気に笑っているぐらいが丁度良い。
「久城さんは夢、見ましたか?」
美星はベッドテーブルの準備をしながら私に問いかけた。
「すまない。君のところに行っていたせいか、夢を見た記憶はないんだ」
昼時のいつもの場所(窓を背にした美星の右手側だ)に腰掛け、彼女に答えた。
「そう、ですか……」
「今夜は君が会いに来てくれると嬉しいんだけどね」
「えーっと……私、お洒落じゃないけどいいですか?」
「どんな格好でも大歓迎さ。女の子が夢に出てくるなんて滅多にないから」
「やっぱりえっちです」
そして私達が笑い合うと、病室の戸がノックされた。
戸がゆっくりと開くと、天音夫妻と食堂の方が現れた。
「随分と楽しくお話してるわね?」
天音夫人は本当に嬉しそうに微笑んでいた。
「どんなお話してたのかしら?」
天音夫人は机に弁当を並べ始め、私は私で注文した品を夫妻の邪魔にならないように置く。
にやりと悪戯っぽく笑った美星は、私をちらりと見て。
「久城さんがえっちな人だって話してたの」
「あらあら!」
口元に手を当てた天音夫人は私を見る……ちなみに天音氏の顔を確認するのは怖かったので、あえて見ないようにした。
「美星、頼むからそういう冗談はやめてくれ」
やれやれと頭を振って、そう言った。
「夢に会いに来てくれたのよ、久城さん。昨日〝夢で会おうね〟って言ってたけど、本当に会いに来てくれるとは思わなくて、とっても嬉しかった」
「そう、かい……」
天音氏の固い声。
横目でちらりと見てみると、天音氏の顔にはぎこちないながらも笑みが浮かんでいる。三人にばれないように胸を撫で下ろす中、天音氏は身を乗り出して美星の頭を撫でていた。
「やっぱり久城さんは魔法使いだと思うの」
「ははは……」
苦笑を浮かべると同時に、天音夫人は「話すのも良いけど、ご飯にしましょ」と言った。それに私達は一笑し、各々の食事を取り始めた。天音夫妻は夫人が作った相も変らぬ美味そうなお弁当、私は美星の病室ということも考えてのおにぎりセット。そして美星は……粥と鮭のみだ。量は本当に少なく、私であれば三分も掛からず食べてしまえる量だ。
美星はそれを察したのか「私のことは気にしなくていいですからね?」と言いながら、とてもゆっくりと食事を始めた。
「あぁっと……そう言えば美星はテレビとか観ないのかい?」
何度か彼女の病室に来たことはあったが、大体本を読んでいるか、ぼうっと外を眺めていることが多い。左隣にあるテレビの電源が点くことはあるのだろうか。
「んー……ここに来てからは全然観ないですね。あんまり面白くないから」
小さな鮭の切り身をより小さく取り分けながら美星は答える。
「ここってDVDとかブルーレイは観れるのかな?」
「どうだろ……どうなの、おじいちゃん?」
美星は天音氏に聞いた。
「さすがに観れませんが……何かありましたか?」
伝言ゲームのように私に質問が返ってきた。
「ええっと、大したことではないのですが」
頬を掻いておにぎりを頬張りながら。
「奥さんが美星のために買われたライトノベルのえんば……えーっと、ブルーレイディスクがありまして、暇潰しにでもどうかな、と」
天音夫妻と美星を首を傾げながら、三人そろってきょとんとした表情を私に向ける。
やはり、この人達の血は繋がっている。
「ほら、あれだよ。表紙が可愛いからって、買ってくれた」
「あぁ!」
美星はベッド脇の机からその本を出し、天音夫人に見せる。
「まぁ、これね」
〝この素晴らしい世界に祝福を!〟。
本自体は読んでいたらしいが、その本の人物達が実際に動いたり喋ったりするのを観るのは、また違った楽しみがあるものだ。
「これのえっと、ブルーレイって言うと……」
美星は本の表紙を見ながら首を左右に傾げつつ顎に手をやった。
「アニメだ。笑えると思うよ」
「……おじいちゃん?」
美星は上目遣いに天音氏を見た。さすがの十六歳女子だ。甘え方を心得ている。
「まぁ良いさ。けどイヤホンを付けて観るんだよ? それとそれを観終わったらプレイヤーは回収だ」
「ありがとう、おじいちゃん! 大好き!!」
うむ、さすがだ。ちゃんと大好きということで、相手に悪い気を起こさせない。
「全く、久城さんには困ったものですな」
「はは……すみません」
天音氏のからかいに似た言葉に私は苦笑を溢して、またおにぎりを頬張った。
あのアニメを観て、少しでも美星が笑えれば良いと思っての提案だったのだが……それが結局、彼女の笑顔を曇らせることになるなど、この時の私には全く予想はできなかった。
※『この素晴らしい世界に祝福を!』
著:暁なつめ
角川スニーカー文庫より刊行。
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