黒電話
佐鹿 遊
第一節
真っ白な壁。無機質な床。存在感を失った扉と、ポツリと虚空に浮かぶようなガラス窓。
これが僕の世界のすべてだった。
物心が付いた時にはここにいて、いつの間にか今に至る。そしてその間、僕は一度たりとも外の世界へ出ることもなく、また、憧れたり、夢を見ることもなかった。
例えば、窓の外には常に青空が広がっている。見切れるほどの入道雲が宙に浮かび、稀に小鳥が鳴きながら通り過ぎることもある。そこには確かに彩がある。美しく、雄大で、人の手に負えず、だからこそ人を魅了するような彩が。
しかし、僕にはそれが虚しくてたまらなかった。手の届かぬものに憧れて何になるというのだろう。いま目の前にある現実だけが、唯一手の届く世界だというのに。
そしてそんな僕にとって、扉というものは愚かの象徴であった。その先には何があるのかわからない。すぐ外は危険なのかもしれないし、あるいは誰もが夢見るような楽園が広がっているのかもしれない。しかし仮にそのどちらだとしても、それは十分すぎる程満足している現状(いま)を天秤にかけるほどのものではなかった。
比ぶべくもない。僕は、この部屋の中で朽ち果てると誓った。
要するに、僕はひきこもりなのだろう。
黒電話 佐鹿 遊 @Saga_Yu
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