黒猫探偵

Rain坊

第1話 黒猫、はじまる

「悪戯、ですか」

 今回の相談者であるところの佐々(ささ)木(き)林(りん)氏の話を聞いて私、黒井(くろい)猫(ねこ)は盛大に拍子抜けしていた。

 私は幼い頃から本を読むのが好きで、特に推理小説を好んで読んでいた。名探偵が縦横無尽に大活躍する物語にはいつも胸が躍っていた。こんなことを言うと正直周りの、特に同年代の友人にはあまりいい顔を示されないのですが、私の初恋は名探偵である。それも一人ではない。名探偵という呼称さえあれば、有名無名老若男女現実創作関係なく私はその登場人物を一人残らず愛することができるという見境のない肉食系女子、それが私だ。

 そんな私が探偵になろうと思うのは自然の摂理というものだ。

 愛する者達の考えに、境地に達してみたいと思うのは人として、女として当然のことで、だから私は愛してやまない名探偵の至高な思考に近づくため、大学を卒業後すぐに探偵事務所に勤めることにした。

 最初は探偵での就職を希望していたのだが、経験も実績もない私はどこも相手にされなかった。やはりそう簡単ではないかと半ば諦めかけていたところ、助手からであればと声をかけていただいた探偵事務所があった。現在私が勤めている『アニマ探偵事務所』である。

 所長である獅子(しし)舞(まい)は勿論、名探偵である。ありとあらゆる難事件をその才知を持って解決してきた現実の名探偵であると同時に私が愛してやまない小説の、創作の名探偵『うさぎ耳探偵』を生み出している作家でもある。これぞ名探偵の中の名探偵で、名探偵としての一つの道を極めたと言われている偉大な人物なのだ。そういえば以前テレビの取材で小説を書く理由を問われた際に彼女はこう嘯いていた。

「私に殺された謎の供養さ」

ゆえに彼女が一つ事件を解決するとまた一つ名作が生まれる。なんてことまで世間では言われている。

 さて。そんな獅子舞探偵が設立した我が事務所は修行の一環として探偵と助手で依頼をこなす探偵武者修行なるものがある。実際に依頼者と会って依頼内容を聞き、依頼を果たすというシンプルなものだ。シンプル故に、個々人の探偵としての能力が大きく問われる内容になっている。自分の力を依頼という形で試せることは凄く有意義なことだと思います。どのくらい私の寵愛する名探偵達と近付けているのか。その差が知れる可能性が最も大きいので、私はこの修行が楽しみでした。一体、どのような難解な依頼が待っているのかと思うと、そして、その問題を見事に解決している自分の姿を想像すると楽しみも喜びもひとしおだろう。

 ……の、はずだったのだが。

 実際、私にきた依頼は『悪戯の解決』だった。

 正直、これにはがっかりした。依頼してきた人から言わせればとんでもない話だろう。向こうからしてみれば他人に頼るほど悪戦苦闘していることには違いないのだから、私のがっかりしたという気持ちは不謹慎なものだろう。その辺りは自分でもわかっているのでそこはまあ、見習いの身分なので妥協するしかない。むしろ依頼あっただけ恵まれていると前向きに考えよう。

だからそこはしょうがない、そこは。けれど――、

「おい」

 威圧感のある低い声に思わず私は肩をびくつかせた。

「聞け」

 私の横で一緒に佐々木氏の依頼内容を聞いていた探偵の先輩、犬山(いぬやま)大昇(たいしょう)さんが鋭い目つきをこちらに向けた。

「……はい」

これはどこのコミュニティでも言えることだが、怖い先輩というのは存在するのである。さしずめ私は犬に睨まれた猫なのであった。

元々口数が多い方ではないが、恐らく『聞け』の前には『真面目に』という文言があったに違いない。普段から人相も愛想もよいほうとは言えないデフォルトで機嫌が悪いような犬山さんだが、眉間のより具合、深さから察するにどうやら結構怒っているようだった。そういえば今回の依頼、彼にとっても探偵として認められて初の仕事になる。ゆえに神経質になっているのかもしれない。

ああ、どうも私はこの人が苦手。ただでさえがたいが大きくてちょっと怖いのに目つきが悪いし、それに私に対するそれはどうも他とは違って威嚇されているようにすら感じる。

 とはいえ実際に集中していなかった私が悪いことには違いなかった。内容はともあれ依頼は依頼。気を引き締めて佐々木氏の話に耳を傾けた。

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