第19話 私はここから出たくない
The lock is released soon.
もの言わぬ液晶端末。それは役目を終えたと無言で語りかけていた。
ブーーーーーーーーブーーーーーーーーブーーーーーーーー。
謎が一つ解けた祝福には遠く及ばない、無機質なブザーが鳴り響く。結局、土門さんはいなかった。一体、どこへ行ってしまったのか? 第一、どこかになんて行ける訳ないのに。
膨らむばかりの疑問の中、私は先程入手した鍵を見つめる。この鍵は必ず新しい道を示してくれる。私たちは一歩、脱出に近づく。そう……脱出に。
脱出。この巨大な密室から出るということ。
脱出。それは私にとって、非日常の終焉。
脱出。あの嫌な日々の『再開』。
「…………嫌」
いやだ。あの世界に私の居場所はない。ここにいたい。この非日常を私の『日常』にしたい。ここならたくさん本がある。私のスキルを存分に発揮できる。(それはなんのため?)ここで生きていくんだ。(ごはんは? のみものは? トイレは?)咲岡さんに会いたい。土門さんに会いたい。(ふたりともぶじ?)
私、ここから出たいと本気で思ってるのかな?
今まで土門さん、咲岡さんと協力して脱出のための道を探してきた。でも、いつしか『脱出』が目的じゃなくて、『目の前にある謎を解く』ことが私にとって生きがいになっていることに疑問をもたなくなった。クラスの子たちの腫れものを触るような目を思い出して、そしてそこに戻ることと、『脱出』がイコールで結ばれた瞬間、背筋を冷たい何かが這いずり回る感覚を覚えた。私の生きがいは、最悪な日常への片道切符なのかもしれない。そんなの嫌だ……。
目の前に立ちはだかる謎。今、手にしている鍵。それらを解き明かしたいという気持ちが、私を内側から温かくした。決めるのは全てが終わった後でもいいかなと思った。開け放たれた出口を見ながら、どうするか決めるんだ。
ういいいいぃぃぃぃぃぃぃん。
そして扉が開いた。開いた扉はAの扉。前回、この先は食堂だった。前々回、初めて開いたときは仏像の間だった。ここには謎が一つある。『不動三尊』だ。不動明王の左右(こちらから見て)にそれぞれ制吒迦童子、矜羯羅童子を配置するというもので、制吒迦童子は赤褐色の肌で金剛棒を持つ像、矜羯羅童子は童顔で合掌しながら不動明王を見上げる像だ。色々謎はあるけれど、ひとまず『不動三尊』を完成させることに集中しよう。
「仏像の間でありますように……」
私は祈るような気持ちでAの扉の先の廊下を歩き、正面にある扉を開けた。
直後、鼻腔を抜けるつんとするにおい。古めかしいお屋敷のようなにおい。何だか懐かしくて、落ち着くにおい。
改めて見る『薬師如来立像』は変わらず私を見下ろしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます