第10話 [二重の魔法] 帰還

[二重の魔法]を習ったあと、僕たちは元の世界へと戻された。


あちらの世界へ行くには、8人全員が共通に持っている本、『逃亡』に触れていることが条件だ。


おそらくそれは帰ってくる際も同じだろう。


しかし…


こちらに戻ってくると、僕の本は、手元から消えていた。


「おかしい…1回目に戻された時は、手元にあったのに…」


帰ってきたら、いきなり黒板消し掃除の最中にいた上に、本までなくなるなんて。


黒板消しは落とすし、こなは舞い上がって近くにいたやつに絡まれるし、最悪だ。



7組の廊下に、中村さんの姿が見える。


おろおろとホウキを持ち替えながら、本なんて入りようもない飾りポケットのなかを探っていた。


そして、こちらに気づく。


ジェスチャーで、本がないことを伝えているのがわかる。



よかった…



もしかしたら、全員が全員、本が手元にないのかもしれない。


レイが、あれだけ魔法が使えることの発覚を恐れていたのだから、あんなもの、見える形で残さない方が無難だろう。


廊下に出て、窓から黒板消しを出してパタパタとこなを落としながら、中村さんに言った


「たぶん、みんなだよ」


「そっか…!」


窓の下に、花壇のレンガを運ぶ野球部軍団の姿が見える。


「あ、氷川君だ」


中村さんに言われて気づいたが、

レンガを荷台に乗せて、氷川修一郎がせっせと小走りしている。


たしか、野球部1年のリーダーをしているんだったか。


彼も本のことを考えたかもしれないが、たぶん、あの状況ではレンガのほうが優先事項だろう。


なにせ、掃除は20分しかないのだから。



チャイムがなり席に着くと、数学の先生が生徒よりもはやく教科書を開き出した。


掃除後5分間のインターバルから授業を始めてしまう、名物先生だ。


教科書を取ろうとして、机の引き出しに手を突っ込むと、手に、あの古けた感触がした。


「やっぱり…」


引き出しには、僕専用の『逃亡』。名前入りのあの本が当然のように入っていた。


あのレイという女の子、口ではきついことを言うが、わりと僕らのことを考えてくれているらしい。


掃除中に、本を持ってるやつなんて、まあいないということだ。


それにしても、レイは、僕たちのことを

「逃亡者」と呼んでいた。


みんな、何かから逃げた末にあそこにたどり着いたのだろうか。


テニス部で顔も良かった、いかにも充実してそうな、利岡 広。


天文部に入っているという、めがねの優しそうな月 朋彦。


弓道をしていて背も高い、今村 東子。


あのたくさん発言していた女子は、たしか川崎 芽衣さんだったか。書道部だという。


口調のきつい、水見 絵理。レイとなんとなく似ている。


さっき見た氷川 修一郎。


そして、中村さん。


クラスの雰囲気に耐えられずに逃げてきた僕に比べて、よほど幸せに暮らしているように見える。


今度聞いてみるか。



今日は、5月2日水曜日。


僕の人生が、大きく変わろうとした日だった。









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