魔法図書館へようこそ

とりりんご

第1話 プロローグ

僕は、いじめられている。


近所の姫川高校に通う僕は、毎朝のように靴箱の中を掃除してから教室に向かった。


今日は、散って茶色く変色した桜の花びらが、シューズの中に詰められていた。


こんなもので季節の移り変わりを感じてしまうなんて、どうかしていると思う。


「もう…4月がおわる…」


この状況をなんとかして変えなきゃいけない。


なぜいじめが始まったのかは、全く分からない。


ただ…気がついたらクラスの数人がおかしな絡み方をしてくるようになっていて、最初は軽く流していたけれど、最終的にはこうなった。


僕は、毎日のように図書館に身を潜める。


「ああ、いらっしゃい」

図書館のカウンターから、声がした。

この司書の先生とも、顔なじみになってしまった。


今年から新任された司書の先生は、学年の中でもきれいな人だと、一時的に話題になった。


なぜ一時的かと言うと、7組の中村さんの方が可愛いのではないかと言われ始めたからだ。


ーくだらない。


この司書の先生はたいして話すことはないが、毎日図書館にやってくる人間に対してあれこれと詮索してこないあたり、僕にとってはありがたかった。


しかし、今日は違った。


先生が僕に、一冊の本を手渡して来た。


「はい、これ」


え、なんだろう。


何年前のものだろうか。ハードカバーの色もかなりあせていて、タイトル以外の細かい文字は読めそうにない。


元は白い本だったのだろうが、今は鈍い色になってしまっている。


表紙の中央に、赤い文字でこう書かれていた。



『逃亡』


「あ、ありがとうございます」


これを読めと言うことだろうか。


僕は、いつも座るカウンターから1番離れた席まで歩いて、音を立てないようにゆっくりと座った。


昼休みは、あと30分くらいでおわる。


プロローグくらいはいけるかもしれない。


重いハードカバーをめくると、体がふわっと浮くような感じがした。


図書館の窓から差し込む光が、まぶしく、どんどん強くなっていった。


まぶしい。何も見えない。


光が弱まり、目の前に浮かぶ緑色の残像も消えていった。


やっと目が慣れてきて、驚愕した。


図書館じゃー、ない。


ここはどこだ。


「え?!」


思わず声が出てしまった。


床には、真っ赤な絨毯が隅々まで敷かれていて、壁には観覧車を模した大きな時計がかけられている。直径1メートルくらいはあるだろうか。


その時、後ろから声がした。


「ようこそ、最後の逃亡者」


振り返ると、きれいな赤毛の女の子が、ちょこんと突っ立っていた。


中学生くらいだろうか、身長も僕より一回り以上小さい。


女の子は続ける。


「あなたは、8組の逃亡者に選ばれた。大いに喜んで構わないが、この事を無関係の他人に口外するのは固く禁じられている。」


は?何をいっているんだ?


「分かったらうなずく…!」


びくっとして、頭をこくこくと縦に振った。


「今日は初日だから、何も教える事はない。さっさと家に帰ってその手に持っている本を読め。明後日までに読みおわることを期待する。」


この本…これか、『逃亡』か。


「では…解散」


その声を最後に、またあのふわっとした感じが来た。観覧車の時計がぐるぐると動きを速め、強い光にさっと包まれた。


気がつくと僕はー



図書館の、いつもの席に座っていた。


いったい今のは何だったのだろう。


本をふと見ると、タイトルの『逃亡』の横に、

「1年8組 神山輝樹」と書かれているのが目に入った。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る