今までありがとう

うえさま

第1話 失恋

 この思いはもう何年ぶりだろうか。頭が真っ白で何も考えられなくて、胸がきゅっと締まって、自分が自分でなくなってしまうような、ある意味恐怖すら覚えるこの感情。この思いを一体どこにぶつければこの行き場のない迷路から抜け出せるのだろう。どこで道を踏み間違えたんだろう。なぜ僕がこんな思いをしなくてはならないのだろう。

 そんな自問自答が延々と続いていた。2018年6月3日、日曜日の今日、僕は彼女と別れることになった。端的に言えばフラれた。今年の4月から僕たちは遠距離恋愛をすることになった。最初は周りの「遠距離なんて続くわけがない。やめておいた方がいいよ。」なんてセリフを小ばかにしていた。そんなのは相手を思いやることのできない奴らが勝手に作り出した常識に過ぎない。僕らは僕らだ。別れの日なんて来るわけがないんだ。なぜか不思議とそんな自信に満ち溢れていた。

 だが結局どうだろう。彼女の心は冷めてしまい、残ったのは僕の一方的な気持ちだけだ。僕だけが頑張ったところで意味なんてなかった。結果がすべてを物語っていた。これ以上彼女のことを考えたってしょうがないなんてのは分かっている。僕だって失恋は初めてではない。付き合った数こそ、その彼女を合わせれば3人程度だが、失恋なんて正直数えきれないくらいしてきた。それでもこの気持ちに慣れることはどうやらなかったようだ。何回経験したって失恋というのはつらい思いばかりがこみ上げてくる。「もう恋なんてしないなんて言わないよ絶対」なんて歌があったけれど、失恋直後のこの気持ちの中じゃそんな強がりも言えなくなっていた。


 別れの電話をしてからすでに5時間が経過しようとしていた。僕は未だにソファに背中を預けたまま動けないでいた。今はもう夕方である。これから夏を迎えようという季節なので空はまだほんの少し明るく、部屋の電気を点けるにはまだ少し早いなと思った。電話をしたのが正午くらいだったので、昼食を食べることも忘れてすっかり考え事をしてしまっていた。ショックで食欲がなかったのだろうか、不思議とお腹は空いていなかった。このままじゃ晩御飯だって入るか怪しいものである。

 そもそも別れのきっかけとなったのは僕から彼女への電話だった。彼女は昨日どうやら夜中まで女友達と飲んでいたらしく、メールの返事がなかったので連絡を入れてみたのだ。最近はそんなことがよくあった。そもそも、一昨日の金曜日は彼女の誕生日だった。九州にいる僕が大阪にいる彼女に会いに行くのはさすがに難しかったので、僕はプレゼントを郵送で送っていた。到着予定日は当日のはずだったが、彼女から「ありがとう」などの連絡はなく、僕は不思議に思って電話をしたが、金曜日は飲み会で受け取りができなかったそうだ。土曜日になったら受け取るのかと思ったが、土曜日も彼女からのメールはなくて、こちらから送ったメールもそっけない返事しか返ってこなかった。痺れを切らしてついに今日電話をかけてみたが、昨日も一日中遊んでいたという。僕のプレゼントを楽しみにしているそぶりが正直全く見えなかった。そこでさすがの僕も遠距離で溜まっていた不安・不満を一気に吐き出してしまった。

その後のことは正直あまり覚えていない。まだ頭が混乱している。いや、その表現は少し違うかもしれない。別れた実感のなさと現実を素直に受け止めきれない自分の心の未熟さになんだか嫌気がさしている。そんな感じの気分だった。

「なんであの時我慢して彼女のことを信じることができなかったんだろう」そんな言葉を頭の中でもう何百回も繰り返していた。繰り返すたび、涙が零れた。大人になったら泣くことなんてないと思っていた。けど何度も何度も、とめどなく流れてきてしまうのだ。そんな自分の不甲斐なさにまた嫌気が差した。空は僕の心とは真反対に意気揚々と輝いていて、それが今日に限ってはすごく腹立たしく思えた。

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