4.霊現象

 自称霊媒師や『霊人形』が消えて三日。

 やっと静かになったと思ったら、ホントに静かになっていた。


「暇、だな……」

「退屈すぎんだよ、俺もう遊びに出ててもいい~?」


 事務所にいるより、空調完備のバーでごろごろするのを選んだ便利屋ふたりだったが、要するにこいつらも来客、依頼人が減って暇を持て余しているのだ。

 そう、あれから出なくなるだろうと思われていた幽霊みたいな何かが、相変わらず目撃されているのだった。

 階上にも一般事務所やらがあるのだが、そちらは特に仕事に不利益が生じたりはしていないらしい。


「ねぇマスター……コレ、本当にあの霊媒師とやらが言ってたように、マジもんのが彷徨いているんじゃあ?」

 雅巳が珍しく不安そうな顔をして、カウンター越しに俺を見る。

 いつもはあまりそういう話は信じないタイプなんだが、自分のとこの事務所はともかく、俺の店までこうも閑古鳥ってのが、雅巳にとっては不自然なのらしい。

「いやいや、それはないだろ……てか、俺はあれからそれっぽいのは見えてないんだから、途絶えた客足については、流れが変わったんじゃないか、としか……」

 俺はグラスにバーボンを注いでミネラルウォーターと氷をぶち込んだ。

 自分で飲む分にはかなり適当に、だばだば~、と作る。飲まなきゃやってられないぜってところである。

「それ以前に、あんたらがここでぐうたらしてなきゃ、俺はとっとと寝られるんだがな」

 モーニングコーヒーを飲んだ後、そのまま居続け、もう昼近い。

「俺は夜中が仕事タイムなんだ、昼間には寝かせろよ。それでなくとも最近あんまり寝てないんだからな~」

 カウンター内に置いたスツールに腰掛けて、からからとグラスを揺らして愚痴を零す。


 暇なのは別に困らないんだが、霊人形とやらが不愉快だった。


 なにか目を付けられるようなコト、やらかしたっけ?

 彼女を送り届けた時、なにかあったっけ……?

 そういや、あの霊媒師……なんか言ってたな……。

 めんどくさいからって、あれこれスルーしすぎたか?


 つらつらと考えながらグラスを口に運ぶ。

 まだ濃かったか、やや喉を焼くバーボンに軽く噎せ返り咳き込んだ。

「大丈夫か~?」

 呑気なジョウの声にグラスを掲げて大丈夫、と返し、グラスを流し台の横に置いたところで、更に咳き込んだ。

 喉が焼けるような感じは強いアルコールにも似ていたが、むせているうちに、違和感が強くなっていく。

「風邪?」

 訝しげに問う雅巳に、俺は頭を振った。

「いやいや、よほどの原因がなきゃ、風邪なんざひくもんか。腐っても吸血鬼だってぇの」

 言って笑ったが、なんだかおかしい。

「……マスター?」

 心配そうな顔つきになった雅巳が駆け寄ろうとしたが、俺は片手で制した。


 首を絞められている……?


 そんな息苦しい感覚に、感覚を研ぎ澄ます。

 なにかがのしかかるように圧力をかけてくるのは理解できた。

 あの霊人形とは全然違う、悪意とか殺気とか、そういう気配すら感じ、ふたりに視線で出て行けと示した。

 気道を塞がれているのか、声がすぐに出なかった。

「何かあったら、俺たちで出来そうなコトがあったら呼んでくれよな?」

 何も出来ないかもだけど、と苦笑いしながらも、一応は言い残し、ふたりはバーを出た。

 薄情でもなんでもなく、手に負えない可能性があればただの人間な便利屋ふたりは手を引く、暗黙の了解があるのだ。


 さてと。


 俺はテーブル席のソファまでのろのろと移動すると、ぱったり、そこへ倒れ込み、秘技・死んだふり、を決め込むコトにした。

 様子を見たい、が、他に被害者は出したくないしな。


 死んだふりは意外と功を奏したのか、首を絞めていた何かは離れていった。

 もっとも、死んだふりってのは、生きてるふりを解除するみたいなモノで、なにかをどうこうするわけでもない。

 じっとしていると、呪文のような、抑揚のない呟きのような、それでいて恨めしげな、いやぁな気分になる声が上から降ってきた。

 耳を澄ますが、言葉として聞き取れないのは、外国語か、或いは経文のような、知らない言語のせいか、もしくはもごもごとくぐもった声で聞き取れないだけなのか。

 わかるのは、動物ではなく人間が発している声だな、という程度であった。


 ああもううるさい、気持ち悪い、どうにかしてくれ、ホントは幽霊嫌いなんだよ、だって血塗れでもホンモノの血じゃないしっ。

 どんどん苛立ちが上回ってきたのと同時に、その何かもべったりと覆い被さって纏わり付くレベルになってきた。

 うわぁ、ちょっと待てぇ。


『……こ……つた……ど……いっ……』


 何度も呪文が繰り返され、ようやく言葉が繋がって聞き取れたのは、痺れを切らして怒鳴りそうになる直前だった。


『どこいったどこいったどこいった……』


 何かを、誰かを探しているのか?

 尋ねようと身を起こしかけたところで、脳裏に浮かんだのは、こないだ来ていたうるさい自称霊媒師だった。いきなり何の脈絡もなく、とは言っても、状況が状況だけに連想するのは不思議ではないが、ふっと思い出したのだ。

 ヤツか、ヤツの気配がまだ残っていて……てか、あいつ、もしかして自分に憑いてたヤツを、ここに置いてったのか?

 俺はもう、纏わり付く何かは無視して、がばっと起き上がった。

 やられたっ。

 腹立ち紛れに怒鳴ったのは、この何かと同じセリフだった。


「どこ行ったっ」


 気圧されたのか、同意されて安心?したのか、張り付くように纏わり付いてきていた何かは、ぱ、と気配を消した。

 ヤツ、なんてったっけ……墨田……?

 確か名刺か何か……ポケットに適当に入れた名刺を確認する。

 ああそうそう、隣町って言ってたっけ……場所は……住所……隣町?


 イヤな予感。


 ポケットのスマートフォンを取り出して住所検索すると、ばっちり間違いなく、あの御島のいる組織とやらの施設だった。

 あの霊人形ってのも、兄に頼まれてって話じゃなかったか?

 自称霊媒師とは偶然の別件なのか、はたまた合わせ技でなにか嫌がらせでもしてるつもりなのか?

 ともあれ、ここでうだうだ唸っていても進展しない。


 俺は夕暮れを待って、こないだ行った研究所とやらへ向かうコトにした。

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