第二話 霧散霧消
1.霊現象?
いくら俺が昼間でも平気な吸血鬼、とは言え、やはりお天道様は好きになれない。
朝帰りの客に早めのモーニングコーヒーを出したら店じまいして、日が暮れる頃にまた開ける、経営時間は気紛れ、適当なのをモットーにしている。
もっとも、隣の便利屋が応接室代わりに使うコトもあるから、昼間閉めているのは都合がいいとも言えた。
夏が近付く今ごろは昼間の時間が長くて憂鬱だ。
暑いのはとにかく苦手で、俺を殺すにゃエアコン取り上げればいいんじゃないかってくらい、暑いのには弱い。
「まぁすたぁあああ~~、ビールおかわりぃ~~」
テーブル席に陣取ったジョウ野田川は、長めの金髪を無造作にポニーテールにした上にバンダナ鉢巻姿で、空にしたジョッキを振り回している。
その向かいの席のソファには、ぐったりとテーブルに突っ伏して潰れている橘雅巳。
隣の便利屋ふたり組だ。
「もうやめとけ、あんたらのとこに客が来たらどうするんだよ」
ため息混じりに言うと、おとなしくジョッキをテーブルに戻した。
「客、こねぇもん、てか、ここだって閑古鳥じゃねぇか~」
ぐだぐだしながら唇を尖らせて抗議するジョウに、はいはいはい、と適当に返事をして、壁の時計を見た。
もうすぐ夕方、いつもならそろそろ店を開ける頃合いだった。
だが、さっきのジョウのセリフの通り、このところすっかりバーの客が、いや、駅裏の繁華街の一角にしてはおかしなほどに、この辺りの人通りが減っているのだ。
「確かに、開けても客が来るとは思えないよなぁ。昼間でさえ減ってるってのに、暗くなったらなぁ……」
俺もぐだぐたしたい。
突っ伏していた雅巳が半分だけ顔を上げて訴えた。
「マスター、何かわかるんじゃないのか? 人外のなんとやらな能力とか……」
「俺はただの吸血鬼だって。んな超能力者か霊能力者みたいな能力はないさ。まぁ、なんか気配が微妙~ってな程度だな」
そう、何かが変なのだ。
話は一週間から数日前に遡る。
店で飲んでいた客が、なんだか悪寒がすると言い出した。
そりゃ風邪かも知れないな、お大事に、と返していられるうちは良かったが、それが数人続いた。
流行ってるのかな、なんて悠長に構えていたら、多少は勘がいい客がこんなコトを言い出した。
「最近このビルの周りに、何か、変な人影っぽいのが見える気がするんだけど、ちゃんと見えなくて気持ち悪い、まるで幽霊……」
「ちょっとやめてくれませんか~? 俺、苦手なんですから~」
その時は笑って済ませたんだが、どうやら本当に何かが居るらしい。
そういった情報に目敏い誰かがSNSか何かで拡散して、瞬く間に地元で有名なスポットにされてしまったのだ。
薄ぼんやりとした人影に見えなくもない写真もネットに上げられて、信憑性が増したのもある。
だったら逆に人が増えても良さそうなものなのだが、残念なコトに、野次馬は昼間に開いてる喫茶店やらなんやらの、個人商店系へ流れてしまって、夜になると人通りが途絶えるのだ。
客が「悪寒がする」と言い出してから、三日経ったか経たないかのコトだった。
「開けるか開けないかは、人通り見てから考えるよ」
言って俺は外へと出てみた。
ドアを開けて、半地下から狭い階段を上がって通りへ出る。
暑い、と呟く俺の視界の隅に、白っぽい影がちらりと映った。
噂の幽霊……?
しかし、追いかける以前に一瞬でかき消えたそれに、うわぁ……とちょっぴりテンションの下がった声を上げ、改めて周りを見回す。
家路を急ぐ会社員らしき人々、学生、そういった人の流れはあっても、うちのバーの客層ではなさそうだ。
「開けてる方が経費かかりそうだなぁ」
ぼやいた俺の背後に、ぞわっとするイヤな感触があった。
瞬時に振り返っても誰もいない。
これは、もしかするともしかするのかも知れない……ホントに、幽霊なのかも知れない……?
ただでさえ垂れ目気味だの言われているその眉尻を下げて、げんなりした顔をしてバーへと戻る。
「どう? 客になりそうなカモはいた?」
「残念ながら、人間とは思えない気配しかしなかった」
ひゅ~どろどろん~な、胸の前で手首を垂らした幽霊ポーズで返すと、雅巳もげんなりした表情を浮かべて、マジかよ……と再びテーブルに突っ伏した。
でもアレ、なんかすごく引っかかるんだよな……。
微かな何かを感じつつ、俺はクローズドの札をドアの外ノブに掛けた。
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