20話「失敗作は真実を告げられた」
「そういえば、魔法の力をあなたには与えたんだったわね」
思い出すようにエルサはぽそりとつぶやいた。自分が転生させたのによく覚えていないのは、やはり人間なんかに興味はないということか。不思議と怒りは浮かばない。
「なら、
あくまで興味なさげに、平坦な声でエルサは告げる。
それはまるで神の宣告のようだ。
一方ケジルは今までとは違う表情を浮かべた。ぽかんとした、意識が時間に置いて行かれたような、そんな表情。そして何かを探るように、倒れこんだまま自身の体をまさぐり始める。
その表情はだんだんと焦りのそれに変貌していく。その動きも速さを増し、額に汗を浮かばせていた。
エルサは無機質な眼で眺めながら、また自傷。ケジルは再度うめき声を出して倒れ、しかしもう起き上がることはなかった。
もう魔法は使えなかったのだろうか。魔力切れ? いや、魔力的にはまだ余裕があるようなことを言っていた。
――まさかエルサか?
――エルサが、能力を奪った?
もしそうならさらにとんでもない能力ということになる。奪ったのか、はたまた消したのかはわからないがどちらでもいい。
それがメルの能力なのか、神であるエルサの能力なのか。俺が考えてしまうのは、その一点のみ。
エルサ自身の能力ならまだいい。だがあれがメルの能力だったら――
「ふぅ……」
俺の思考を遮るようにエルサが息を吐いた。その表情に少しの疲労が顔をのぞかせる。奪刀を消し、ケジルの無残な死体を一瞥。その後興味を失ったかのように視線を逸らすと、明後日の方向に歩き出した。
「ま、待ってくれ!」
気が付けばそう叫んでいた。自分でもわかるくらいにそれは弱く、駄々をこねる子供のようだった。
なぜ止めたのか。簡単だ。メルを手放したくなかったから。たとえ今中身はエルサでも、またあの時のようにメルが意識を取り戻すかもしれない。だが彼女がどこかに行ってしまったら、その機会すらも失われてしまう。
その一心で、とにかく彼女の足を止めようとした。
結果として、エルサは足を止めた。本当に待ってくれるかは半信半疑にすら届かないほど信が足りない状態だった。とりあえず足を止めてくれたことに安どする。
だがそこからの言葉が出てこない。自分でもわかるくらいにパニックになっていて、何かを言おうとしては、口を紡んでしまう。
先に言葉を発したのはエルサの方だった。「ああ」と思い出したように声を漏らし、俺に視線を向ける。
「あなた、前も会ったわね。あの時は……そうね、いきなり攻撃して申し訳なかったわ」
軽く彼女は頭を下げた。逆に俺は面食らって、もう少しで驚愕の声が漏れるところだった。先ほどまでの無感情で自分を傷つけていた彼女とギャップがありすぎて、本当に同一人物なのだろうかと疑ってかかってしまう。
だが確かにその声も、その纏う異様な雰囲気も、寸分違いなくエルサ本人だ。
「それで? 何か用かしら?」
コテンと彼女は首をかしげた。なまじその姿はメルのままなだけあって彼女とかぶってしまう。警戒心が霧散しそうになるのを、なんとか思いとどまった。
だがどちらにせよ、彼女は俺に敵意はないようだ。むしろどちらかといえば親しみに近いものを感じる。
これはチャンスかもしれない。でもいきなり消えろなんて言えば彼女の敵意を買うことは自明の理だ。
どんな言葉をかけるべきか。
頭の中で言葉を探していると、ふと、一つの疑問が浮かび上がった。
「……一つ、ずっと昔から、神様が存在するなら聞いてみたかったことがある」
相手の気分を損ねるわけにはいかない。一つ一つ言葉を慎重に選んでいく。
エルサは何も言わない。どうやら聞いてくれるらしい。
ひとまず無視されたり、そのままどこかに行ってしまうようなことはなく、安心する。
「なぜあなたは、転生者を作ってるんだ?」
エルサの雰囲気が変わった……気がした。
でもこれだけは、神にあったらどうしても聞いてみたかったことだ。
一応転生の目的は魔物の討伐らしい。これは転生者が言っているだけ。だがどの転生者も同じことを言い、そもそもこの世界の大きな存在である彼らの言葉というだけで、それは不変の事実へと変化する。
だが実際はどうなのか。転生者が生まれ始めたのは実はここ最近のことだ。それ以前人々は魔物に虐げられてきたのかと言われれば、実はそうでもない。人間は転生者の力を借りずとも、着実に自分たちの領域を拡大していた。
そこで一つの疑問が生まれた。
転生者は必要なのか?
といっても、存在するかもわからない神様についての疑問だ。今まであまり考えてこなかった。
「そうねぇ……」
エルサは顎に手を当て、そう唸った。どうやら答えてくれるらしい。
人間に興味のなさそうな彼女がなぜ付き合ってくれるのかはわからないが、とりあえずそれはいい。
「あなたは神に――まあ要するに私に、どんなイメージを持ってるかしら?」
「イメージ……。この世界を作ったやつで、全知全能――ってところか」
「前者は間違ってないわ。でも後者は、少し違うわね」
今度は俺が唸る番だった。
「確かに私はだいたい物知りよ。自分が作ったこの世界のことを、ある程度は知っている。でもね、全知とは言えないの。この世界の理については知り尽くしているけど、個々人のことなんて知らない」
そこまでいって、突然彼女は周りを見渡し始めた。そして地面から飛び出た木の根の一つに目がいったかと思うと、そこに腰掛ける。
「それにここが大切なんだけど、私が知っているのは『知識』なのよ」
「それがなんだよ」
エルサが言っているのは、至極当たり前のことのような気がした。それのどこが大切なのか、わからない。
「私が知っているのは、あなたたちでいうところの本で読んだだけの状態。そういうものなんだ、ってだけの状態よ」
「ふむ……」
「例えば……そうね」
エルサは記憶を探るように、視線をさまよわせた。
なかなかの長さの話になりそうだ。俺もこの隙にエルサの正面に腰を下ろす。そこはただの土で、湿った感触が尻から伝わってきて、何とも気持ち悪い。
「この世界は広いわ。魔力が多い魔物の領域には、ここじゃ考え付かないような現象や場所がある。宙に浮かぶ島々、下から上に上る滝、山のような大きさの生き物、溶岩の池に氷の大地。あげてみればきりがないわ」
それはまるで物語のような話だった。それはさぞかし絶景で、圧倒されるものなのだろう。この目で見てみたいなんて考えてしまうのも仕方がない。
そこでエルサはニヤリと口角を釣り上げた。
「あなた、今見てみたいとか考えたでしょ」
「――っ」
「まあ当り前よね。わかるわ。つまり、そういうことよ」
そういうこと――つまり、この世界を自分の目で見たくなったということだろうか。
だがなぜそれが転生につながるのかいまいちわからない。なかなか答えにたどり着かず、少しじれったい。イラつきのようなもの柄を感じるも、内に押しとどめ外には出さない。
そこで突然エルサはなぜか楽しそうに笑いだした。
「ふふふ。ごめんなさい。いえ、人と話すのは思ったより楽しいものなのね」
それに俺は何も返せなかった。その笑顔はあまりにも純粋で。いつものメルとなんらそん色ない。
「話を戻すわね」とエルサは続ける。
「そこで私が全能ではないって話につながるのよ。私は実体がない。だから誰かの体をもらおうと思ったんだけど、なぜかできなかった。だから私は考えた。他の世界の人間の精神ならできるのでは? それが転生システムの始まり」
「…………」
言葉が出ない。つまり彼女は、自分の欲のために転生システムを作ったといっているのか?
だがそれをそのまま口にすることは許されなかった。
エルサは止まることなく言葉を紡ぐ。
「でもここでも問題があったの。私には煩わしいことに性別がある。話し方からもわかる通り、女よ。そのせいか、男の転生者はうまく乗っ取れなくってね。だから私が転生に求めていたものは――」
「――女の、転生者」
「正解」
パチパチと楽しそうにエルサは手をたたくが嬉しくなんてない。
彼女にとって男の転生者は意味を持たない。だから男の転生者が増え続け、女の失敗作もそれに伴って増加する。
そんなことのために俺たち失敗作は作られたのか?彼女の欲のために。そんなことのために。
そう考えるとふつふつと怒りが沸き上がってくるのを感じた。
――だめだ。押さえろ。敵対したらそれで終わりだ。
何度も自分にそう言い聞かせた。
「……エルサは、そんなことができると思っているのか? 俺だけでも何人もの失敗作があることは知ってる」
なら、なんとか無駄だと思わせられないだろうか。女の転生者を作るのなんて不可能で、転生させるのに何の価値もないと。
そうすれば、少なくともこれ以上俺たちのような存在は生まれないはずだ。
これは一種のかけでもあった。この言葉で彼女の機嫌を損ねる危険もある。
だがエルサは機嫌を損ねるどころか、腹を抱えて笑い出した。
「はははははは!!」
「何が……何が、おかしいんだ?」
自分の考えを馬鹿にされたような気がして面白くない。口調こそ相手の様子をうかがうようなものを選んだが、そこにはかくしきれない感情のあらぶりが現れていた。
「ははは……はー、おかしい。あなた、本気で言ってるの?」
「……は?」
「あー、本気みたいね。まあ、無理もないかしら。あなた、この子が大事みたいだし。そもそも知らなかったのさえ私からしたら意外なんだけど。それともあなたが必死に目をそらしているだけかしら?」
「なにが、言いたい……!」
彼女の中では納得がいっているらしいが、俺からしたら何を言っているのか全く分からかった。
それが不快だ。自分の声も怒りに震え、拳も強く握っている。気づいた時には俺は立ち上がって彼女を見下ろしていた。
彼女はそれでもなお面白そうにニヤニヤ笑っている。
「目を逸らすのはいけないわね。神である私が真実を教えてあげないと」
「だからなにを――」
さらに声を荒げ、詰め寄ろうとした俺の口にエルサの人差し指が添えられた。それはまるで母親が子供に静かにと諭すようで、不思議と俺の言葉もそこで止まる。
「この子は、メルリア・アビゲイルは――転生者よ」
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