失敗作は語らない

こめぴ

プロローグ「そして失敗話は始まった」


「なあ兄ちゃん、待ち合わせかい?」


 夜の時間へ移り変わり、様々な酒の匂いが充満し、飲んでもいないのに酔ってしまいそうになる酒屋。鳴り止むことのない騒ぎごえの中、掠れた、だがそれでいて野太い声が耳に入った。

 どうせ自分のことじゃあるまい。

 特に話しかけられる理由もないし、別にお得意様というわけでもない。俺は無視して、カウンター席に座ったまま木製のコップに口をつける。冷たい水が喉を通り、カサついた口内を潤していく。


「あんただよあんた。そこのローブで顔隠してる、あんただ」


 再度同じ声がした。それが自分の特徴と合致していて、思わず顔を上げる。するとカウンターの向かい側から、声の主らしい男の厳つい視線が突き刺さった。


「……ああ、すまない。俺のことだとは思わなくてな」

「まあ、それは別にいいさ。これだけ人がいるんだ」


 男はガハハと笑いながらハゲ頭をかき、辺りを見回した。俺もつられて視線を巡らせる。

 確かにこの店は盛況だ。ここは結構な田舎にある。しかも魔物の領域の、開拓前線にあるというのにほぼ満席。なんなら立ち飲みをしてる奴もいる。酒をあっちこっちへと忙しなく運ぶ女性たちも大変そうだ。そもそも皆が皆騒ぎに騒ぎ、机の上で踊っている奴までいる始末だ。


「こんな陽気な酒屋で、酒も頼まずに水ばかり飲んでるあんたはどうしたんだろうなと思ってな」


 再び男は視線を俺に戻し、丸太のような腕を組んだ。

 なるほどと思った。

 確かに俺はこの場では異端だ。俺と同じようにローブで顔を隠してる奴らも数人いるが、やはり酒は飲んでいるようだ。彼からしたら注文も取らずにただ居座っている俺は、面白くはないだろう。

 だがもう少し言い方はなかったのだろうか。少し鼻につく言い方にムッとしてしまった。


「やけににぎわってるな。こんな場所なのに、珍しい」

「言うねぇ、兄ちゃん」


 嫌味ったらしくそう言ったが、男は気分を害した様子もなく、またもや豪快に笑って見せる。

 彼自身も自覚はしているんだろう。


「これは要するに祝杯だよ。転生者様が強い魔物を討伐してくださったからな。みんなそれで飲めや食えやの大騒ぎだ」

「へぇ……転生者ねぇ」

「ああ、そうだ。兄ちゃんもまさか知らないわけないだろ?」

「まあな」


 再び水に口をつけた。


「今の世の中は転生者様が動かしてるからな。今回の転生者様もそうだが、今の世の中、問題を解決するのは大抵転生者様だ。ドラゴンスレイヤーのメラ様、大きな戦を一日で終わらせたバルバ様、そして現国王のシャラト様。まさに天上人よ!」


 彼は酒が回っているのか、やけに興奮した様子でまくし立てた。大き目の声で言ったせいか、周りにも聞こえていたらしい。「そのとおりだ!」なんてところどころから賛同の声が上がり、場はさらに盛り上がっていく。


「転生者ねぇ。劣等感とか感じないのか?」

「感じるわけねえさ! もはや彼らは俺たちとは違う人種なのさ。比べることすらおこがましい。それに彼らのおかげで魔物におびえずに済んでるんだ。負の感情なんて持ちようがねえよ」

「へぇ……そうか」


 その強面に似合わず目を輝かせて話す男に、こちらが押され気味になる。どうやら彼は典型的な転生者崇拝思考の持ち主らしい。

 これ以上話が進んでも厄介だと、無理やり話を終わらせた。


「いや、すまない。人と待ち合わせしててね。あまり酔ってみっともない姿を見せたくないんだ」

「待ち合わせねぇ。兄ちゃん、結構な時間いるじゃないか。もう来ないんじゃないか?」

「まあ俺も時間は決めてなかったからな。今日ってことしかわからない」


 なんだそりゃと男の呆れたような顔を、ユラユラ揺れるロウソクの炎が照らしていた。

 だが実際に今日ここで会う、ただそれだけしかあいつらとは約束していない。それが破られることはないだろうし、もう直ぐ夜だ。そこまで時間がかかるわけでもないだろう。

 帰るつもりはないと意思を示すように、もう一口コップに口をつける。


 でも、暇なことに違いはない。


 そこで一つの考えが浮かんだ。


「なあ、おっさん」

「あ?」

「時間はまだある。ちょっと、付き合ってくれないか?」

「俺に何しろって?」

「大したことじゃない。ちょっと俺の話に付き合ってくれってだけだ」

「それはいいけどよ、どんな話なんだ?」


 なかなか長い話になる。もう一度喉を潤すため、コップの水を一口飲んだ。


「なに、大した話じゃない。話半分程度で、軽く聞き流すくらいでいい。失敗作の、あまりに失敗作らしい失敗話だ」


 男は興味を持ったらしく、今までは散乱だった意識が俺に向けられたのを感じた。


 その時、誰かが空いていた俺の隣に座った。目線だけそちらによこすと、俺と同じような格好をしたやつが三人。

 俺は直ぐ視線を戻し、男も三人が注文しようとしないことに首を傾げながら、やはり俺に視線を戻した。


「まあそう気張らずに聞いてくれ。タイトルをつけるとしたら、そうだな……うん、これだ」


 少し頭を巡らせたが、直ぐにちょうどいいタイトルを思いついた。

 未だ鳴り止まない喧騒の中で、俺はそれをぼそりと零す。




「【失敗作は語らない】」


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