第39話 1月② ブレードは覚悟した

 今日は池袋のハマヤでアカネとのベーススクールの日だ。


 僕らは恋人の関係になってから何度も会っていた。原宿を散策したり、二人でふざけて秋葉原のメイドカフェに行ったり、どこに行っても時間は矢のごとくあっと言う間に過ぎていった。ただ、もうメイドカフェでの「にゃんにゃんじゃんけん」はやりたくないかな。あれは恥ずかしかった。アカネも恥ずかしそうにしていて、赤面してもじもじするアカネの可愛さに身もだえした。


 アカネとベースのレッスンを受ける。アカネの服装は黒とベージュの組み合わせでいつもと同じ格好だ。


 今日も雑談が多いレッスンで、先生は家庭での苦労話なんてし始める。奥さんはあまり良くない人のようだ。それから、バンドマンだと安定的な収入がないと見なされて、家を買ったり、ローンを組んだりしづらいのだが、レッスン講師をするともらえるハマヤの社員証があると家を買いやすくなるらしい。そんな話を聞かされつつも、僕とアカネは楽しくレッスンを受けた。


 レッスンを終え、帰るためにエレベーターの前に行ったところだった。エレベーターからアカネと全く同じ容姿と格好をした女性が歩いてくる。アカネが二人? 僕はひどく混乱した。隣のアカネも目を丸くしてとても驚いているようだった。


「聡吾、一緒に行くよ。アカネさんはそこでしばらく待っていてね」アカネの顔をした人物の声はナナの声と同じだった。


 アカネもどきのナナと一緒に僕はエレベーターを二人で降りた。「どうしてそんな恰好なの?」と僕が聞くと、「先端技術でアカネさんの顔の画像を私の顔に張り付けているのよ。私とアカネさんが同じ髪型なのも良かった。テロリストが動いている。私があなたを守るわ」ナナは矢継ぎ早に答える。


 エレベーターで5階から1階まで下ると、アカネが一瞬で小銃を取り出して発砲した。何もないはずの場所から鮮血がほとばしった。「これをかけて」とゴーグルらしきものをナナから手渡されてそうすると、何もないはずの場所にあったのは目をひんむいて倒れている男の死体だった。血だまりを見て、僕は気持ち悪くなって目をそらした。


「あなたを拉致しようとしていたのよ。幸い、スカーレット軍から情報の提供を迅速に受けていたから良かったのだけど。こんなに早く情報が行きわたるのは、ブレードの計算違いだったのでしょうね。テロリストはあと二人。宇宙警察も動いているし、何とかなるわ」


 時間が経ったために顔につけていたアカネの顔の画像が取れてしまったナナは、突然の動作のために息を切らしながら言う。


 その頃、ブレードは一人となった部下から報告を受けていた。


「モリッシーの生体反応がありません! ナナに銃で撃たれたようです」


「何!? どういうことだ!?」ブレードの目が驚きで見開く。


「分かりません!」


「まさか……」


 実は、宇宙船を強奪させたのは、スカーレット軍と宇宙警察が協同して張ったトラップだったのだ。ネットワーク上にこの建艦ドッグの警備が手薄だという情報を流しておき、ブレードにわざとハッキングさせたのだ。そのため、宇宙船の強奪をブレード達の仕業だと10分以内というスピードで結論付けることもできた。


 動かない偽の宇宙船を強奪させ、隠れさせていた小隊で袋叩きにする手もあるが、ブレード達はその宇宙船が動かないと知ると、空間跳躍で逃げてしまうだろう。建艦ドッグ周囲に空間跳躍ができない結界をあらかじめ張っておけば、ブレード達は逃げられないが、ブレード達に強奪前に警戒されてしまうからそれはできない。


 しかし、宇宙船の強奪に成功してもブレード達の行き先は聡吾とナナのいる場所と決まっている。聡吾とナナの行動範囲である東京都内では、宇宙警察がスタンバイしていた。いわば、ブレード達は袋のネズミなのだ。


「くっ、あの小娘の息の根だけでも止めなければ」状況を悟ったブレードは額から汗を流し、苦しそうにつぶやいた。怒りにまみれた時でも、いつも冷静沈着で冷徹非道なブレードが明らかにあせっていた。まさか、スカーレット軍と宇宙警察によるトラップだとは思いもしなかった。


 ハッキングが自分の仕業だとバレていたことも、トラップの大胆なやり口も、宇宙警察が一枚噛んでいるとみて間違いない。惑星スカーレットのネットワーク班の力では自分がやった完璧と思えるハッキングの追跡はできないし、ナナと聡吾をおとりにして地球にブレード達をおびき寄せるというやり方は、地球の保護を担当している宇宙警察の協力なくしてはあり得ない。


 ナナと連携しているとはいえ、宇宙警察がナナと聡吾というたった二人の命のためにトラップを仕掛けるほど大々的に動くことも想像だにしていなかった。そこで初めて、自分は宇宙警察に徹底マークされていたのだとブレードは気付いた。宇宙警察と協力関係にある惑星スカーレットに住む3000人の命を一瞬にして葬り去ったテロリストなのだから当たり前かと自嘲した


 ブレードの部下の一人は直接ナナと聡吾の元へ向かってナナに撃たれたが、ブレードともう一人の部下は別の場所で待機していた。


 宇宙警察は、光学迷彩とステルスセンサーを装備したブレード達の居場所を突き詰めるまでの間に時間がかかっていた。所持している魔法石や機械類の探索を拒むステルスセンサーを装備しているために遠距離から彼らを見つけることは難しい。そして、光学迷彩の装束を装備しているため、ナナの装着しているコンタクトに類する物か聡吾の装着しているゴーグルに類する物を身につけて直接視界に入れないと彼らの場所は分からないのだ。また、ブレード達が傍受不可能なテレパシーキットを使用していることも、彼らを見つけることを困難にさせていた。


 ブレードは地球に着いてからの10分間で池袋の界隈に敵味方識別の結界を引いた。この結界内では、自分と部下のみが空間跳躍を用いることができる。宇宙警察が自分たちの居場所に気付く前にナナと聡吾を仕留めることは可能なのか、ブレードは頭の中で粘り強く考えた。おそらく、ナナと聡吾の周りには宇宙警察もいて、ナナと聡吾を警護しているだろう。こいつは超難問だ。


 地球から離脱するための宇宙船は、池袋から20kmの人気のない所に光学迷彩とステルスセンサーを装着させて置いてきた。この宇宙船で元いた宇宙に戻ってもよいが、これが罠であることを考慮すると、宇宙船には隠れた信号発信装置が仕掛けられていると考えてよいだろう。自爆装置が仕掛けられていればブレードの能力ならさすがに気付くが、信号発信装置のような極小の装置であれば気付くことはできない。信号発信装置が作動すれば、ステルスセンサーも無駄になる。発信されている信号を基に宇宙警察が今頃、宇宙船の前で待ち構えているはずだ。地球上を空間跳躍して逃げてもよいが、資源の補給がなければ空間跳躍は何度も使えないし、光学迷彩とステルスセンサーの効果も切れてしまうだろう。


 観念したブレードは自分の命を捨てることと切り札を使うことを決めた。全てはあの憎き二人を仕留めるためだ。アルエの命も奪いたかったが、あの二人は俺の家族同然の三人の部下の命を奪ったのだ。何かあった時のために、惑星スカーレットの音楽街で使った、広範囲を爆風に巻き込む高性能爆薬を今持っている。


 音楽街で使った高性能爆薬はスカーレット軍から強奪したものだが、この高性能爆薬は軍の内部の人間と内密に取引して得た物だ。宇宙警察どもも、まさか高性能爆薬をもう一つ持っているとは思っていないだろう。爆風などの衝撃から一時的に身を守るためのバリアの魔法も自分は使える。


「カート、すまんな。俺に付き合わせて」ブレードはそばにいる部下に伝える。


「いえ、私はブレード様のためなら命を投げ出す覚悟です」カートと呼ばれた部下は答える。

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