第10話 5月② サモンモンスターズ

 両親も妹も外に出かけていて、僕は日曜日の昼過ぎに自宅に一人でいた。父親は大学のOB会、母親はK-POPのコンサート、妹は友人と北海道旅行の二日目。なんで皆、そんなにリア充なんだ! 僕はリビングルームのテレビの前で「桃太郎献血」というテレビゲームに熱中していた。ロボットに乗って全国各地を献血して回るという慈悲深いテレビゲームである。どこにロボットに乗る必然性があるのかは誰にもわからない。僕はいつも、飛行形態に変形可能な超合金ロボットを使い、国中を献血荒らししている。


 僕自身は統合失調症で薬を飲んでいるため、献血はできない。献血に行った時に、薬には眠くなる成分が入っているため、その成分が入った血液を輸血すると輸血された人に悪影響が出ると医師から説明された。献血ができないのが何さ! 僕には「桃太郎献血」がある! 鬱憤を晴らすように、「桃太郎献血」で日本中を献血して回った。ゲームの主人公である僕の身体からは血液がどんどん抜かれ、貧血気味のステータスマークが画面上に点滅していた。たとえ、血を全部抜かれようと、献血を待っている人がいる限り、献血の修羅と僕は化す!


 ……とそこに、ナナが例の空間跳躍をしてやってきた。


「毎度のごとく、登場は突然だね」空間跳躍という技術自体には驚かなくなってきつつも、突然現れるのはやはりびっくりする。


「あら、じゃあ次は登場の仕方を考えるわ」ナナは表情をぴくりとも変えずに言う。


「ゲームならこっちのゲームの方が面白いよ」とナナが言って、携帯のゲーム機を僕に渡す。「桃太郎献血」より面白いゲームがこの世にあるはずがない。僕はそんなことを思って反発しつつ、ナナに言われるとおりにゲーム機のゲームを始めた。


「このゲームはね、『サモンモンスターズ』と言って、自分の想像したモンスターと相手の想像したモンスターを闘わせるゲームなの」ナナはポーカーフェイスで感情のこもっていない顔で言う。ゲームの説明の時くらい笑顔になってほしい。


「ふうん」僕は興味深げに相槌を打つ。さすが惑星スカーレットの技術は進んでいるなと思いつつ。


「想像してみて。あなたの最強のモンスターを」


 ナナが言うので最強のモンスターを想像した。どんな物でも燃やし尽くす灼熱の炎を口から吐き、大きな翼で疾風迅雷の風を巻き起こす究極のドラゴンだ。ナナの考えるモンスターなんて、このドラゴンの攻撃でイチコロだ。


 するとゲーム機から3Dで飛び出したのは、見るからに弱っちいトカゲ型のキャラクターだった。


「ケアトカゲね。尻尾を切られた時の再生能力を転用して、自分や他のキャラクターに対して回復魔法を使うことのできるトカゲよ」


 ナナはそう言うと、ナナの持つゲーム機の上には見るからに強そうな男性の魔法使いが現れた。全身を黒のローブに包み、装飾の施された杖を持ったその魔法使いは3Dのバトルフィールドの上空から隕石を呼び寄せてケアトカゲに向かって攻撃した。無惨にもケアトカゲはその一撃で葬られた。


「想像力が足りないのよ」ナナはポーカーフェイスを崩さなくても得意げだ。


「うーん、想像したのは強そうなドラゴンなのになぁ」僕はがっくり肩を落とす。


「惑星スカーレットでは実用化は進んでいないけれど、この広い宇宙には魔法と呼ばれる技術を使用する世界があるわ。その魔法は、実際にリアルの世界で風や吹雪や爆風を巻き起こしたりできるものなの。自分の想像力と魂の波形を外に魔法として表現する技術ね。あなたが『サモンモンスターズ』でケアトカゲを出現させたところを見ると、あなたには人の傷を回復させる回復魔法の素質があるみたいね」


「魔法かあ。まさにゲームの世界だな」ナナに会ってから驚きっぱなしで驚くことがなくなってきている僕も魔法が実在することには驚いた。


「聡吾は想像力を鍛える必要があるわね。これを舐めて」とナナが言って僕に渡されたのは一粒の飴だった。


「自分の頭の中の想像でどんな味にもなるのよ」


 ナナに言われて、パイナップル味を想像すると無味だった飴がパイナップル味になった。次はピーチ味を想像すると、本当にピーチ味になった。


「本当だ」僕はピーチ味の飴を口の中で舐めながら言う。


「納豆! 納豆! 納豆!」ナナが真顔で突然「納豆!」を連呼し始める。


 そう言われて納豆を想像した途端に口の中が納豆味で満たされた。ぐえっ。こ、これは激マズだ……。飴を吐き出したくなったが、無理やり頭の中にメロンを思い浮かべてメロン味にすることによって難を逃れた。


「意地悪だな、ナナは」僕は困った顔で言う。


「楽しんでもらえたかしら。じゃあ、またね」ナナは別れの挨拶をすると、リビングルームから消えた。

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