シオン~The war of Independence starting from the end~

にっしー

序章 絶望

 人類の歴史は、戦争の歴史である。

 

 かつて、誰かがそう言った。


 そのような歴史の事実を、我々は認識することなく生きている。何も知らないことは、最高の幸せであるが、最大の悪でもある。


 そして、それは時の移ろいとともに、濃くなる。


 西暦2365年、12月24日。


 24世紀のこの年のクリスマスイブは、世界中の人々が心待ちにしていた。そして、多くの視線は一人の男に向けられていた。


 宇宙空間にある、人工居住施設であるアルファ1の内部。その内部の中心に位置するスタジアムでは、ある式典が開かれていた。


 『新たなる歴史の瞬間』。


 壇上の上にはそう大きく書かれた垂れ幕が掲げられている。その垂れ幕の下では、先ほどの男が演説を始めようとしていた。


 男はゆっくりと壇上へと階段を上ると一礼し、演台の前に立つ。もう一度、深々と一礼し、参席している周りの人や、マスコミの3D投影通信キャプチャーカメラを見渡すと、正面を向いて話し出す。


「世界中の皆さん、こんにちは。そして、こんばんは。私は、ISDA(国際宇宙開発局)第13代局長のラズウェル・ボーンであります。

 只今の時刻は、協定世界時刻(UTC)の西暦2365年12月24日、午後11時15分です。残り約45分後に、クリスマスを迎えます。この聖夜を貴方は、誰と過ごしましたか?

 …………ご存知の通り、今年のクリスマスはいつもとは違います。間違いなく、後世において語り継がれる日となるでしょう。

 さて、我々の直接的祖先である現生人類の歴史は、約30万年以上前、ホモ・サピエンスから始まったとされています。それまでのヒトに近い種族との違いは、歩行の仕方や、知能の発達もさることながら、コミュニケーションの取り方にも違いがありました。

 気候変動など様々な理由から、進化を遂げてきたのです。

 遠い地での居住や遠くにいる獲物の捕獲のために、直立二足歩行へと変化し、前足を別のことにも使えるようにした。知能の発達により、道具を使えるようになった。言語の認知能力が高まることによって、従来とは違うコミュニケーション方法を確立し、複雑な事柄を分かりやすく伝えられるようになった。

 そして、何よりも違ったのは、文化・文明を創り考えるようになったことです。

 芸術、文字、道徳、宗教、法律、社会。

 文化・文明の創造こそが人類の人類たる所以であり、人類が今日まで繁栄し続けられた最大の要因なのです。

 我々は、その長い歴史の中で、多くのテクノロジーを生み出してきました。古いもので言えば、自動車、テレビ、コンピューターなど。

 これらは21世紀の社会において、日常的に使われていたものです。21世紀の後半から22世紀に入ると、革新的な技術の進歩により、交通手段は、飛躍的に向上しました。

 STTD(時空間転移装置)により、物質を量子レベルに分解・再構成し、ほぼ時差と空間座標の誤差がゼロの状態での移動を可能としました。また、コミュニケーションや情報伝達も、AIRT(高度情報認識技術)により、脳内のAIインターフェースとX電磁波を通して、テレパシ―や、あらゆる詳細情報の瞬間認識を可能としました。

 ……では、時刻も24時となった為、新技術の発表を行います!!」


 すると、もう待ちきれないとばかりに、人々の歓喜の声と拍手の喝采が起こる。無論、その映像は各地でリアルタイムで流されており、ボーン自身もそれを認識し、口角が上がり、少し表情を和らげながら言った。


「皆さん、静粛にお願いします。

 確かに21世紀の後半から22世紀までに、それまでの人類のテクノロジーの総結集とも言える数々の物が生み出されてきました。

 それ以前までは、夢やファンタジー、SFの世界の事と思われてきたものが現実のものとなったのです。

 しかし!!我々の進歩はそこでは終わりません。むしろ、そこからがスタートだったのです。24世紀の後半に入り、ついに我々は、新たなる歴史の瞬間を今宵、目撃することとなるのです。そう、それこそが、最新の巨大宇宙船、アトラス(ATLUS)なのです!!」


 両手を天に掲げ、天井の開いたスタジアムの真上へと、カメラを向けさせる。

 

 すると、画面が変わり、宇宙空間にある人工居住施設アルファ1の隣に位置する、巨大な宇宙船が映し出される。

 

 全長60㎞、直径25㎞、数千万人の収容が可能な、まさにギリシャ神話に登場する神アトラスという名前に相応しい様相であった。


 外部や内部の構造が一通り映し出されると、ボーン局長へと映像が戻る。


「いかがでしたか。これは、これまでのアルファとは目的や機能がまるで別物です。

 現在約120あるアルファは、太陽系を中心とし、銀河系の宇宙空間にある人工居住施設であり、大きさはアトラスの半分ほどしかありません。

 また、設定された軌道上において地球上と変わらない安定したG(重力)の下に暮らすことができます。しかし、移動用に作られている宇宙船では、アルファのような安定した状態を作り出すことが出来ませんでした。

 アルファ建設から150年。長い年月を経て、とうとう自転による遠心力を必要とせず、安定したGを作り出すことに成功したのです!

 また、今ご覧頂いたようにアルファ同様、内部に自然が存在し、疑似太陽光エネルギーを得ることが出来ます。

 野菜や果物の栽培はもちろん、食物製造機も、居住者全員分作れる数を用意しています。

 さらに、皆さんの自宅にはコックピットを用意し、自動操縦で地球や、アルファへの緊急発進を行えます。

 そのため、内部での問題発生時は、すぐさま脱出できます。また、アトラスの移動速度はワープを行った場合、約10光年。

 まさに、夢の境地とも言える船なのです。

 そして、アトラスによって、我々は次なる大地、次なる人々との出会いを追い求めることができるのです!!」


 ボーン局長の言葉に胸踊らせる人々は多かった。この時、誰もがこの船を通して、未知なる宇宙の果てを夢見た。


 しかし、その幻想は一瞬にして打ち砕かれることとなる。



『フレア』



 太陽における爆発現象で、これまでにない最大規模のフレアが突如発生。


 衝撃波や高エネルギー荷電粒子、プラズマ、放射線の放出が急激な速度でアルファやアトラス、そして地球を襲う。


 電離層やAIRTに影響を与え、デリンジャー現象、磁気嵐、電磁パルスが広範囲に渡って発生。


 あらゆる通信網はダウンし、送金システム、電力供給などが完全停止。いや、データ破壊が起きた。


 さらに、X線、ガンマ線といった放射線の大量被爆により、致死量を超える人体被害が人類を襲った。


 この時、太陽から比較的遠くに位置したアルファや、奇跡的に放射線の致死量の被爆を免れた地球の人々を除いた人類のおよそ40%、約40億の尊い命が失われた。


 後に、『死のクリスマス』と呼ばれることとなるこの日は、人類に決して消えることのない、記憶に刻まれた、悲しみに満ちた傷を植え付けることとなるのである。


 西暦2365年12月25日。


 安全な土地、安全な食物、金、物資。


 全てがテクノロジーによって、当たり前のように安定的に享受していた24世紀の人類にとって、戦争は無縁のものであり、遠い過去の出来事でしかなかった。


 だが、この日を境に人類は、また戦争への一歩を突き進むこととなる。そして、それは、この時、若干7歳の子どもであった一人の少年にも運命の分かれ目、選択を強いることとなるのである。


 物語は10年後、2375年から激動の時代を迎える。


 これは、一人の若き少年が自らの信じる意思を貫いた、終わりから始まる独立戦争の物語である。


『悲しみが来るときは、単騎ではやって来ない。必ず集団で押し寄せる。』

ーby シェイクスピアー


To be continued……。

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