ケイコの夏
ラーさん
第1話 夏の放課後
放課後の教室でケイコは窓の外をながめていた。
ボールを蹴る高い音がした。校庭で男子たちがサッカーをしている。転がるボールを追いかけて男子たちは声をかけ合いながら校庭を走りまわっている。
ケイコはそれを目で追って、ボールがいったりきたりするのをぼんやりと見ていた。
――なにが楽しいんだろ。
ケイコはあくびをして、ぼさぼさに伸びたくせ毛の髪をいじりながら空を見た。
七月の空は五時を過ぎても明るかった。陽射しはだいぶ弱くなっていたけれど、なにかそれがあきらめの悪さのようにケイコには思えて、なぜだかとても気持ち悪かった。
――まのびしている感じ。
「ケイちゃん、まだ帰らないの」
声にふり返ると、ランドセルを背負ったアキがいた。
「アキを待ってたの」
今日、アキは日直で先生の雑用などを手伝っていて帰りがおそかった。
「先に帰っててよかったのに」
「いいんだ。一緒に帰ろ」
アキは悪いことをしたような顔をしたけれど、ケイコはぜんぜん気にするそぶりを見せず、自分のランドセルを肩にかけてアキの手を引いた。
「遅かったけど、なんかあったの?」
昇降口まで降りて上履きを下駄箱に入れながら、ケイコはアキに聞いた。
「山本くんがこなかったの」
「あ、そうだったね。もう一人の日直、山本だった」
ケイコは黒板に書かれた日直の名前を思い出してうなずいた。
「山本くんに逃げられたの三回目だよ。日直の仕事、今日も全部やるはめになっちゃったよ」
「山本だもんねー」
ケイコがそう言うと、アキは靴を床に落としながらため息をついた。
「あーあ、早く席替えしたいな」
日直はとなりの席の男子とやるのがクラスの決まりだった。それで席順に毎日交代していくのだ。
「もうすぐ夏休みだし、二学期になったら席替えだよ。もう少しのガマンだって」
ケイコのはげましにもアキは表情をくもらせて、心底嫌そうな顔で首をふる。
「明日にも席替えしたいよ。山本くん怖いし」
校門を出て坂をのぼる。日陰のないアスファルトの坂は嫌らしい感じに昼間の熱を残していて、汗がじんわりと肌に染み出てくる。
――だから夏は嫌い。
すっきりしないでじとじとと引きずってくる感じがあって、ケイコは夏が嫌いだった。ケイコのくせ毛には熱がこもり、こめかみから汗が伝う。くらべるととなりを歩くアキの髪は、長いけれどもさらさらのストレートでとても涼しげに見えた。
――いいなぁ、アキは。あたしとはぜんぜん違って。
アキの髪をうらやましげに見ながら坂をのぼり切る。
「あ、山本くん」
「え、ホントだ」
坂をのぼると正面に公園が見えてくる。木陰の中に何人かの男子を従えた山本の姿があった。
山本は身体が大きい。ほかの男子とくらべると腕や足が倍ぐらい太くて、背も頭ひとつ高い。顔はカエルみたいでなにを考えているのかよくわからない。身体の大きさと合わせてそれがとても怖かった。
山本がこっちを見ている。
「ケイちゃん、はやく行こう」
「うん」
アキが手を引く。足早に公園の横を通り抜ける。
「山本くん、このまえは六年生二人相手にケンカして、返り討ちにしたんだって」
公園を離れてからアキが小さな声で言った。
「あいつ、なに考えてるんだろう」
「わかんないよ、そんなの。まわりの男子も山本くんの言いなりだけど、みんな目は合わせてないし。みんな怖いんだよ、山本くん」
アキが眉をよせて首をふる。ケイコはさっき見た山本の目を思い出す。
――夏みたいに嫌な目。
昼間を引きずるように、夏の暑さはまだ沈んでいない。
公園からしばらく歩くと崖の横の道に出る。西側に開けた見晴らしのよいこの道からは、丘の下に広がる田んぼがよく見えた。その上に太陽がまだ赤くならずに残っている。
「ねぇ、このままアキの家によっていい? まだ明るいし」
この崖の上の道を通るとアキの家はすぐだった。ケイコは西日に白く照らされたアキの横顔を見る。アキが目をしばたたかせる。
「え、いいけど……お母さんに言わなくていいの?」
「いいよ。暗くなるまえに帰ればなんにも言われないもの」
陽射しを背にして影に隠れたケイコの顔が、目だけ光ってアキを見ている。アキはうなずいた。
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