第89話パッチ王城突破

 エラ女神は早い段階で、イースと交流を絶った。

世界の様子にも目を向ける事なく、彼女は追憶と金物の鍛錬で日々を費やしてきた。

この修道院もそう。道具作りに長ける彼女が入魂の一作であり、神の眼すら欺く事が出来る。


「冥府が崩壊したのか。それにエリシアとロムードを殺害……信じ難いな」

「信じようが信じまいがどうでもいい。ただ、お願いがあるんですけど」

「泊まりたいんだろう。いいよ、部屋は空いてる所を好きに使いな」

「ありがたい。感謝します」


 エラの許可を得た佳大達は部屋を出て行く。扉から姿を消す間際、クリスが振り返ったので、エラは首を小さく捻った。


「ここって食事は出るのかな?お金はあるんだ、僕達」

「炊事場は玄関扉から、向かって左手にあるよ」


 二人は笑みを交わし、別れた。

翌朝、佳大パーティーは空の旅を再開。正午を回る頃、寒冷地帯が途切れ、草原が現れる。

まもなく、高床の家が立ち並ぶ集落が目に入った。パッチ王国領に侵入したようだと判断した時、佳大は前方から接近してくる50を超す反応に気づいた。


「何か来る」

「……見えた!…何あれ?鳥?」


 反応の源は、シャンタクのような怪物鳥を思わせた。

しかし、全身が光沢を放つ鋼で覆われており、広げた翼は三角形。尾らしき器官には柳葉のような形状の羽根が2枚と、垂直に立った羽根が1枚。

頭部は意匠が全く無い、実包の弾頭のごとき半円。音も無く飛んでくる航空隊は、まぎれもなく飛行機だ。


 飛行機と判断した瞬間、佳大は百を超す火炎弾を放つ。

直径5mを超すそれは最早火炎弾というより、隕石雨と表現するに相応しい代物で、まるで炎の壁が飛んでいくよう。

灼熱の奔流は瞬きほどの間に航空隊を呑み込み、金属を瞬く間に気化させた。余分な熱エネルギー、金属の鳥の残滓は地上に降り注ぐと、所かまわず火の手を入れた。


 地上から光の矢が飛んできた。

見ると集落の間で、身体に奇怪な刺青を刻んだ男達が筒状の物体を空に向けて構えている。

巨人族由来のものだろうか、佳大は己の推測に自信を深めた。


「ヨシヒロ、僕降りるね!」

「え!?ちょ…」


 クリスは絡めていた腕を解き、地上に降下。

落下傘も無しに高度数百mから着地すると、パッチ王国の住民を、手当たり次第に殺し始める。

歓喜の笑みを浮かべながら、老いたる者を真っ二つにし、子供の腰と脇を掴んで引き裂いた。

佳大はクリスを回収するでもなく、先に進んだ。


「おい!いいのか?」

「危なそうなら引き返す」


 じきに西大陸北端が、佳大の視界に入る。

波止場と思しき鋸刃のような地形の手前に、目測10階相当の建物が立っていた。

全体がややくびれた、球形の頭を持つこけしに似た塔に取り巻かれ、鋼鉄の心臓と呼ぶに相応しいオブジェを乗せた異形の城。

あれだ、と佳大は目星を付ける。


「あれが奴らの城か?」

「もうすこし近づいたらわかるだろ」


 城の中腹にある露台から、飛行型の魔物が大量に飛び出してきた。

風の刃で群れを薙ぎ払いつつ、佳大は接近する間に変身を行う。クリスを欠いた佳大一行は露台の一つから、パッチ城の内部に侵入。

まず佳大が乗り込み、安全を確保。佳大に続いて、ジャック、ターニャ達が入ってきた。

城の内部は彼らの背丈に合致しており、巨人族が利用しているのではないとたちどころにわかった。


「ジャック、暗示の魔術って掛けられる?」

「使えるが、それが?」

「適当な奴を捕まえるから、頼む」

「わかったが、その辺の雑兵はやめろよ」


 佳大達は城に入り、当てもなく奥に進む。

敵に会えば一目で装いを認めてから殴殺し、壁があれば破壊する。

この期に及んで宝探しなどする気はない、ジャックもそれを悟ってか、佳大に口を挟む事はなかった。

クリスの生命反応に乱れはなく、二度ほど、毒々しい喜悦を返ってきた。


「大丈夫?」

「なにが?」

「いや…なんでもない」


 ターニャはエミールに声を掛けた。

恐らく人鼠のコミュニティから出たことの無い彼女に、佳大の容赦ない戦いぶりは辛いだろうと気遣ったのだが、エミールの表情に変化は無い。

いつも通りの仏頂面。心配は杞憂に終わったらしい、と安心した。

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