第88話雪と氷と、鍛冶場の女神

 ジャックが集団から離れていく2人を咎めた。


「うるさいなあ」

「そんな怒んなよ!2人で突撃とかしないから!」


 クリスを背負った佳大を先頭に、シャンタクの編隊が空を進む。

灰色の丘陵地帯を見下ろし、6時間ほど進んだ彼らは峻険な山脈の間を、紅い輝きが川のように流れている土地に入った。

心なしか、周囲の気温が上がった気がする。ジャックに燃える谷と教えられた。眼下で走る葉脈状の真紅は、やはり溶岩だったらしい。


「ねえ、このまま2人で抜けない?あいつら遅すぎるよ」

「またジャックが怒るぞ。ちょっとは我慢しなさい」

「んむぅ…つれないなあ」


 溶岩地帯を抜けると、今度は凍えるような寒さが一行に襲い掛かった。

白銀の雪原の間から、針葉樹が疎らに伸びている。

日が暮れる頃、彼らは高台にぽつんと佇む、尖り屋根の建物を見つけた。

2階部分が、腰折れ屋根から顔を出している。1階部分が箱型であるのに対して、2階部分は円形で三角帽子のような屋根が特徴的だ。

明かりはついていない。


「あそこに泊まろうか?」


 佳大が提案すると、他全員がそれに従った。

巨人族と衝突したとして、戦いがどの程度の時間続くのかはっきりしない以上、休めるうちに休むべき。

各々雪の上に足をつけると、闇を閉じ込めた建物の玄関扉の前まで歩いていった。


「もしも~し!……返事なし」


 佳大は扉をこじ開け、建物の中に押し入った。

中に入ってすぐ目に飛び込んでくるのは、女性の立像。

背後に観音開きの扉、また左右から階段が、2階に向かって伸びている。

女の像に歩み寄り、まじまじと眺めるが、象られたのが何者であるのかは分からない。


「これ誰か知ってる?」


 答えはジャックが知っていた。

予言の力を持っていた聖女、カサンドラの像だそうだ。


 佳大パーティーは2階に上がり、適当に扉を開けていく。

2階廊下に上がった彼らの耳には、自分達がたてるもの以外、一切の物音が届いてこない。

嵐の前の静けさ、と言うべきか、妙な心細さを覚えながら、壁に並ぶ扉を開いていく。食堂らしき大きなテーブルと十数脚の椅子の置かれた部屋を発見。

客室らしい部屋の中には、2台のベッドとローテーブルに椅子のセット。


「すごく綺麗だね。人の行き来は無いみたいだけど、よく手入れされている」

「床に埃が積もっていない。寝るのは少し待った方がいいな」

「マジか…面倒くせえな」


 彼らはしばしの間、探索を開始。

聖女像の背後の扉を開けると、炊事場に通じる廊下に出た。

左手から一本、通路が伸びている。突き当りに扉があり、大きな魔法陣が描かれている。

佳大は左手の指で、慎重に突いてみた時、扉が音を立てて崩れ落ちた。


 扉の奥は、火の消えた鍛冶場だ。

部屋に入ってすぐ右手に、大きなハンマーの置かれたテーブル。

その陰に金床があり、突き当りに炉が口を開けている。壁には武器や、用途不明の道具が掛かっている。

佳大が興味深そうに目をやった直後、左手の扉が開いた。


「あぁ?……なんだ、こんな所に入り込むなんて、物好きな奴らだ」


 女が一人入ってきた。

金髪碧眼の女。肩幅が広く、メリハリの利いた身体つきだが線は細く、女の色は失われていない。

目元は涼しく、顎の小さく、しかし口はやや大きく、爬虫類めいた印象を受ける。

佳大は彼女の様子より、彼女の発する気配に意識が引っ張られた――この女は神格だ。


「女神か」

「あぁ……それがどうした。顔に覚えはないが…何者だ」

「何者っていうか、杉村佳大って言います」

「スギムラヨシヒロ?変な名前だね。神号はなんだ?十二神でないながら、叔父貴に迫るヤツが出てくるとは、いよいよ我らも終わりか」


 話が噛み合わない。耐えかねたジャックが舌打ちを一度した後、口を開いた。


「お前は誰だ!まず名乗れ!」

「あぁ、知っているものとばかり。私はヘパイストス=エラ。このような僻地になんの用だ?」


 場所を移し、佳大がロムードとの経緯を語る。

熱い紅茶を唇を湿らせながら、エラは黙って聞き入った。

エラは佳大を神格と思っていたらしく、ロムードが招いた尖兵だと聞くと、口笛を吹いた。

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