第53話開かない扉と漁村の金貨
「だってさ。よろしく」
クリスがにこやかに近づく。ターニャが後退りする。少年の微笑に毒気が混じった。
「なに?僕と組むの嫌なの?」
冷ややかな声色だが、クリスは怒っているのではない。
アリを溺死させる子供のように、彼女の反応を楽しんでいる。こう振舞えばば、こう反応するだろう。
それは実験と考察を繰り返す研究者のようでもあり、獲物の反応を窺う狩猟者のようであった。
追い詰めるように歩み寄るクリスを、佳大が遮った。
「それじゃあ、俺とクリス、ジャックとターニャかな」
ターニャは首を勢いよく縦に振る。
「おい、それだと戦力が偏るぞ」
「そう思うけど、この組み合わせが一番トラブルにならないみたいだし。お前らの反応は俺が追うから、危ない時はそっちに行くよ」
「…本当に頼むぞ。おい」
ジャックが顎をしゃくると、ターニャは彼の側に寄った。佳大が2人から離れると、クリスも後に続く。
「こうやって2人になるのも久々だよね、どこから行く?」
「適当にえーと…あっちに集まってるな」
佳大は抜剣し、反応が集まっている方に向かう。
闇に沈んだ村の路地を駆ける彼らは片手間といった表情で、豹のような速度を叩き出している。
途中、村の住民らしい男女と出会った。彼らは醜く、一様に瞬きが少なく、首元の皮膚がたるんでいる。
彼らは包丁や銛を持ち、走る佳大とクリスに誰何の声を掛ける。
その首が舞う。
すれ違いざまに佳大が首を一閃したのだ。それとほぼ同時に、クリスが残り全ての首を吹き飛ばす。
中央広場には数百の村人が集まっており、今にも魚人に率いられ、漂着した船を襲わんとしている所だった。
クリスは無邪気に、佳大は面倒くさそうに、不穏な瞳の群れに飛び込んだ。
2人とも異能は使わない。
先程の一合で、彼らの硬さは承知している。
マーシュ村の人々は素手で脳漿をぶち撒け、全身を面白おかしく変形させられた。
あるいは剣によって胴体を真っ二つにされ、頭部を穴だらけにされる。
「君達さぁ、喋れないの、それとも喋らないの?」
クリスは村人の頭を掴み、広場に面した商店の壁に打ちつける。
「うぅとか…あぁ…とか、だけじゃ」
背後から矛と矢、投石が雨のように降りかかるが、目で見ずとも避ける事が出来た。村人による援護は、仲間に命中。
「つまらないんだよ!」
クリスは新しい獲物に襲い掛かった。
クリスはあえて一撃で終わらせず、少々力を抜いて、執拗に攻撃を加える。
仏頂面の佳大も、敵に対する残虐さだけはクリスと共通していた。佳大もまた全力を出す事無く、新しい武器に血を吸わせる。
アクションゲームをやっているようなものだ。現実と承知しているが、敵と認識した者達の身の上、心情に一切関心を寄せていない。
――表面的な態度は異なるがこの2人、切った張ったへの考え方がよく似ている。
村人は果敢に反撃するも、決定打にはならない。
暴風と化したクリスを捉えることは出来なかったし、佳大の皮膚には矛も爪も刺さらない。
八つ裂きにされた大量の死体が丘となり、その間を血が川となって流れる。
「数ばっかり多くてもつまらないね、ヨシヒロ?」
「こっちを見るな」
「何故だい。こんなの草を刈っているのと変わりないって、君も思うだろ?」
クリスは身体の凝りを解すように伸びをする。
「所詮、寄り道だろ?雑魚相手に時間食ってられるか」
佳大の生命探知に従い、2人は北西に足を向ける。
魚人が最も集まっている箇所、村長バーナードの屋敷だ。
洋館と呼ぶには些か以上に近代的な、円塔のようなテラスがずらりと並んだ3階建ての箱。
中に大量の気配があり、クリスは飛び上がると、ミサイルのように壁に激突。
「あれ?」
「どうした?」
「……開かない。ヨシヒロ、ちょっと見てよ」
曖昧に返事をしてから、佳大は扉に手をかける。
揺らしても、蹴りを入れてもビクともしない。こんなことは初めてだ。
周囲をぐるりと回り、窓を殴るも、鉄の扉を叩いたよう。一跳びで屋上にあがり、あちこち踏みつけるが壊れる気配は無い。
佳大が見る限り、窓、扉が施錠されている。
「ヨシヒロー!」
「おー、ジャックと合流するぞ」
佳大は飛び降り、ジャックの気配の元に走った。
少年と比べると、好戦的でないからだろう。危機には陥っていないようだ。
「ジャックと?どうして」
「多分、あいつなら開けられると思うんだ」
佳大が地球で学んだ知識と、この世界――魔術が実在する。
もし考えている通りなら、殴ろうが斬ろうが、建物には侵入できないだろう。
2人は村の南西、朽ちたマーリド神殿を探っていた。彼らは別行動をとっている間に、静寂の円(サイレンス・サークル)の魔本と挑発(カーレッジ)の杖を入手、携行している。
屋根が崩落しており、クリスと佳大はそこから礼拝堂に入り込んだ。
「やぁ、まだ無事だね」
「こっちはこれだ」
懐から巾着袋を取り出す。
空き倉庫の一つで、2人は大量の金貨を発見。二掴みの金貨を巾着に収め、彼らは脱出。
枚数は17枚。まだ山のようにあったが、付近を魚人の小隊がうろついている事を考えれば、諦めるのが懸命だ。
佳大と組んでいたなら、まるごと持ち逃げしていたが。
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