第54話村長屋敷一階に踏み込む

「どこからそんな金が」

「もし連中が、誘い込んだ船の積み荷を持ち逃げしているとするなら説明はつく。それで?」


 ジャックに促され、佳大は巨大な箱型の建物について話す。


「あれって結界で守られてるんじゃないかと思ってな」

「どうしてそう思う」

「窓も扉も閉め切ってあったから。外界から区切られているんだ」

「成程。よくそこに結びついたな……案内しろ」


 4名は神殿を出ると、バーナード屋敷に向かう。

ターニャとジャックを黒雲に隠し、一気に駆ける。10秒と掛からずに箱型の建物の前に立ち、黒雲は魔術師と人鼠を吐き出した。

ジャックはちょっと屋敷を調べてから、開錠の呪文を唱える。正面扉はあっさり開いた。この扉一枚隔てて、佳大一行は村人と向かい合う。


「おー、やるじゃん!」

「……」

「なんだ?」


 いや、と意味ありげに呟いて、ジャックは玄関ホールに踏み込んだ。

入口から向かって右手に、2階に続く階段が伸びている。左手には応接間に続く扉。

正面の扉を潜ると、丸椅子と丸テーブルが複数置かれたラウンジに出る。


「偉大なりしオケアノスよ!」


 ロビーには10名の魚人が詰めており、その後方に弓兵が矢を番えていた。

彼らが矢を撃つ寸前、激しい風が吹く。扉を押し込むように迫る魚人を飛び越え、クリスは弓兵を散らかす。

佳大の剣の軌道は、首や脇腹を狙う素直なものだが、巨人に等しい膂力を乗せれば、素人の剣も抗えない災害となる。

正面のラウンジから武装した村人が吐き出されてくるが、キルスコアが増えるばかりで益が無い。


 闇が唸る。

クリスの拳が命中する度に生まれる音、自動車のような質量を感じさせる。

佳大が踏みしめる度に床が陥没した。金髪の乱気流が走り回り、玄関ホールを震える。


 ターニャが立ち竦んでいる間に、戦いは終わった。

彼女は不意打ちや暗殺ばかりしてきたので、正面から敵と向き合うのは苦手だ。

2階部分にも敵が潜んでいるが、考え無しに襲い掛かるのは止めたらしい。無人のラウンジを抜け、台所に通じる廊下に出る。

家庭用のそれより大きな厨房には、包丁や鍋といった調理器具、腐った肉を見つけた。佳大は包丁を手に取ると、黒雲にしまった。


「そんなもん使うのか?」

「後で変化させてくれ。もうここはいいだろ」

「同感だな」

「上もそうだけど、下にも何かあるよね。どっちに行く?」


上には複数の気配、下からも強い気配を一つ感じる。

この建物には地下室があるようだ。下から感じる気配には、小さな反応が6つほど、固まって纏わりついている。

佳大は、大きな反応を護っているような印象を受けた。


「どっちがいい?」

「地下を探索している間に退路を断たれる可能性を考えると、上から潰した方がいいと思うが…」

「いざとなったら掘って出ればいいじゃない。佳大は力持ちなんだから」

「穴掘りは趣味じゃないし、上から行くか」


 佳大とクリスを前衛に据え、玄関ホールに戻る。

階段を登った時、ジャックの顔に緊張が走った。


「罠だ!」


 鋭い声と同時に、魔法円が起動。

効果範囲に入った瞬間、毒の罠(ベノム・トラップ)が2人に襲い掛かった。

直後に複数の足音が殺到、間を置く事なく光の刃が宙に出現。光の壁となって殺到するも、クリスと佳大が巻き起こす打撃の嵐によって、全て砕かれてしまう。


「チッ!一旦、退け」

「平気だって!」


 素直に退いた佳大とは対照的に、クリスは躊躇なく2階に突撃した。

直後に爆発音が連続して響き、そこに怒号と悲鳴が絶え間なく混じる。


「おい、どうなってる!?」

「うん……なんともない」

「本当か?」


 佳大は縋るように尋ねる。


「今のは毒の魔法罠らしいが、回避できたらしいな。間違いない。自分でもどうだ」

「うん!?あぁ、平気……だと思う」


 ジャックは意外に思った。

いつも他人事めいた構え方をしている佳大が、本気で不安がっているのが感じ取れる。


「お前、恐いのか?」

「そりゃ、恐いだろ。毒だぞ?」

「ふーん、意外だな」

「お前、俺の事なんだと思ってるんだよ?」


 排他的で怠け者、ただし身内と認めた者への情はある。心の中で呟く。

喋っている内に、戦闘音が止み、突風と共にクリスが降りてきた。

桶一杯の血を頭から被ったような姿をしているが、毒の兆候は窺えない。

3人もクリスに続いて、2階に駆けあがった。

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