第34話元神殿騎士ニコル――不運な男――(1)
「クリスの殺気が、俺を現実に引き戻してくれる。だからあいつが俺と殺し合いたいってなら、気が済むまで付き合ってやるさ」
「付き合う?」
「俺としては殺したくないんだよ、せっかく出来た友達を自分から切りたくない。もう少し、せめてロムードを殺すまでは、一緒に旅をしていたい。だから適当に殴り合っている内に飽きてくれたらいいんだけど…もういいか?」
佳大はジャックを背負うと、城壁から飛び降りた。
重石のように急降下し、両足で玉石敷きの通路を踏みしめる。
ジャックを背中から降ろすと、待っていたクリスと合流し、街の奥に向かう。
川に向かって歩く道すがら、通りに並ぶ家屋を暴いていく。
大きな野犬が潜んでいたが、蹴り一発で頭が爆ぜた。丸薬の入った巾着袋に燭台に乗った手首、帰還の護符が1枚。
通りの向こうから鉈を持った浮浪者が走ってくるが、佳大に腕を千切られてしまう。別の住居と思しき建物で毒の放射(ベノム・レディエイト)の魔本を手に入れると、ジャックは上機嫌になった。
「ハッハハ…、こういうのを俺は待ってたんだ。おい、ヨシヒロ、こっちを預けておく。しかし全部暴いていると日が暮れるな」
「太陽なんて出てないよ、もう…」
雹嵐の魔本を受け取り、黒雲にしまうと佳大は家屋を出た。
川べりまで来た時、3人は金刺繍の施された白いサーコートを着た男と出会う。
甲冑の板金部分にも装飾が施されており、富裕層である事が伺える。ただ鞄を提げている辺り、従者は伴っていないらしい。
「やぁ、こんにちは…でいいんしょうか。私はニコル・ミラディ。巨人を狩るべく、冒険者として鍛錬を積む者です」
「こんにちは。僕は杉村佳大と言います」
「おぉ、貴方がロムードの使徒の!お会いできて光栄です!」
日本式の自己紹介をしたが、問題なく通じた。
それからニコルは、どこを旅しただの、なんという魔物を倒しただの、佳大がおおよそ興味を持てない話を続ける。
800年ほど前に、東大陸に侵入した巨人王アガリアレプトを倒した聖者クラトスに憧れ、エミリア神殿を去った騎士なのだそうだ。
彼はそれらの話に耳を傾けつつ、ニコルの恰好にざっと眺める。
(豪華な仕立てだけど、昨日今日作られた新しいものじゃない。覗いてる首元に刀傷があるな)
明記しておくが、佳大は素人だ。
しかし、装備の鑑定に、自分でも不思議なほど確信を抱いている。鎖帷子から伸びる首は太く、芸術家めいた柔和な顔立ちに反して、手は厳つい。
場数を踏んだ戦士だろう、と佳大は判断する。
「…私はもうしばらくこの街を探索してみます。後1週間はエルフィのムクドリ亭に滞在する予定ですので、用向きがあればいつでも訪ねてきてください」
「はい、ありがとうございます」
佳大は小さく会釈しつつ、橋を渡って都市の南エリアへ。
ニコルは背中を向け、東に向かって歩いている。佳大は傍らを歩くクリスの肩を叩く。
「何?」
親しげに笑いかけてきた少年に向かい、佳大は唇を動かす。行け、と。
「溜まってるんだろ?」
「!」
驚愕を浮かべていたクリスは、屈託のない笑顔でニコルに飛び掛かった。
2車線ほどの幅のある川を軽く飛び越えてきて、愉悦と殺意を孕んだ疾風が吹き付ける。
ニコルは反射的に抜剣し、クリスの初太刀を防いだ。しかし続く蹴撃は防ぎきれない。
竜の突進のような重い衝撃が6発、同時に襲い掛かる。身体を捻り、威力を殺すが、落下した際に背中を打つと苦悶の呻きが漏れた。
錐もみしながら吹き飛んだニコルが立ち上がる様を、クリスは侮蔑の笑みで見守る
「あ、あなたは…!」
「やぁ、さっきぶりだね」
「貴方は…使徒のお連れなのでしょう、何の謂れがあって……このような暴挙に」
「うん?そんなの知らないよ、こっちもいい加減身体が鈍りそうでね。此処であったのもの何かの縁だ。僕の相手してよ、お兄さん?」
ニコルは川に向かって、鞄を放り捨てた。これは邪魔になる。
「まずは……貴方を止めねばなるまいか。光明神カナメよ!忠実なる子を憐れむなら、この傷ついた肉と骨を癒してください!」
「ほう、魔法かい。それ?」
「否!これこそ信仰の証。許さんぞ、狂った無法者、聖なる刃を受けるがいい!!」
ニコルは癒しの輝きを突っ切るように、愛剣を構えて駆け出す。
対するクリスも、これから始まる闘争に期待し、胸を躍らせていた。一撃目を防いだのもそうだが、あれだけ自分の蹴りを浴びて立ち上がったのが面白い。
少年は四肢を黄金の体毛に包むと、怒りに燃える剣士に豪爆と化して激突した。
先手をとるのはクリス。
身体能力に大きな差があるのだ、ニコルの眼には、人狼の腕が十数本に増えたようにしか見えない。
彼は致命傷だけを的確に防ぎつつ、流れるようにクリスに剣を振るうがまるで当たらない。
クリスの疾走は、奇怪極まりない。前に動いていたかと思うと、全く減速する事なく、時間が巻き戻るように同じ速さで後退する。
刺突が空振りに終わった直後、ニコルの肌が粟立つ。
殺意が肌を刺され、このままここにいるのは不味い、と判断する。
咄嗟に後方に跳躍しつつ、剣を袈裟懸けに振り上げた。
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