第33話地下迷宮攻略第2章―クリーム色の空―

「何だいその煙?魔物?」

「いや…」

「俺が出したらしいな」


 佳大がイメージするままに、黒雲は動く。

彼の身体に蛇のように絡みつき、篭手を嵌めた右腕を覆う。

いつまでも具現化していると邪魔だ、と思考するだけで、黒雲は音も無く姿を消す。


「行くか」

「いやいや、もうちょっと説明してよ」

「説明か。あの黒雲に物をしまっておけるらしい」

「すごいじゃないか!じゃ、早速お願い」


 クリスは荷物を手に持ち、押し付けるように、佳大に突き出す。


「待て待て、何が起こるか分からないし、実験してからな」

「えー!?」

「慎重だな」

「何かあっても、責任持てないからな。後で文句言われたくないし」


 確かに、とジャックが頷く。


「そんなこと言わないよー!!」

「荷物が消えるかもしれないぜ」

「別に、着替えと食料くらいじゃない」

「本気?」

「預ける前に、金目のもんはこっちに渡せ」


 益体の無いお喋りを続けながら、彼らは下層に伸びる階段を見つける。

緩やかな螺旋を3周した頃、視界に光が現れた。光に向かって歩いていくと、石造りの都市に出た。

丘陵地帯に作られているらしく、道は東から西に向かい、緩く、上り調子になっている。

空は晴れていたが、太陽は見えない。優しいクリーム色の空自体が発光し、街を照らしているのだ。


「降りてきたのに空がある…」


 クリスの呟きに、佳大も内心頷く。

地下都市に足を踏み入れた佳大の背後には、円形の塔が立っている。

その左右から城壁が伸び、また塔に行き当たる。両手を繋いで人の輪を作るようにして、数十の塔がこの街を取り囲んでいる。


「上に上がらないか?」

「あぁ。地理を把握するにしても、それがいいな」


 ジャックを背負い、佳大は壁を登る。

平屋を軽く飛び越せるほどのジャンプを発揮してなお、一跳びとはいかず、1度壁に指を突き立てて、城壁の上まで弾かなければならなかった。

佳大とジャックが城壁の上に立つ頃には、クリスはとうに歩道回廊から、街を見下ろしている。

彼らがいるのは都市の北側。川が街を南北に分断しており、3本の橋により、川を渡る事が出来る。

北には聖堂、墓地、図書館。南には商店が立ち並ぶ市場や民家、城塞。


「…誰かいるかな」

「魔物はいるかもね、早く行こうよ」


 建物が密集するように建っており、ほとんどの街路は死角になっている。

しかし、人が暮らしている形跡は見受けられない。近づいて探索する必要がある。

クリスのいう通り魔物もいるだろうし、第5層で鉢合わせた追剥ぎめいた者達も出てくるだろう。


「あの女神とかいう奴からこっち、雑魚ばっかりでこっちは退屈してるんだ。僕もなるたけ我慢するけど、どうしてもって時は、付き合ってねヨシヒロ」

「わかった」

「アハハ…、言質とったからね!違えたら絶交だよ!」


 クリスは花の咲くような笑顔で飛び降りる。

ジャックを背負うべく、彼に背中を晒した佳大に、呟きが浴びせられた。


「…目利きに自信が無くなってきた」

「どうして?」

「お前らのせいだ。あの馬鹿はともかく、お前、なんであんな安請け合いした?もし奴が仕掛けてきたら、本気で付き合う気か?」

「…そのつもりだけど?」


 佳大はうっすらと眉を顰めた。


「悪い事は言わん。クリスとは手を切れ、あれは敵より危険な男だぞ」

「だろうな。けど、俺はそれでいいんだ」

「何が?」


 自分語りは好きじゃない。

だが、問われたなら語らねばなるまい。実際、道案内だけならジャックがいればいい。

戦力として頼もしいとはいえ、殺戮を愉しむあの気質が危険だという指摘は理解できる。彼と付き合っているのは、もはや利益だけではない。


「俺、20歳になる頃には物事に感動しなくなっちゃってさ。妄想している時以外は、何やってても微睡んでいるみたいな感覚が消えないんだ。だから気のままに生きてるクリスと付き合ってると気分がよくなる」


 職場と家を往復するだけの毎日。

苦しくはない、辛くはない――――無味乾燥とした時間が積み重なっていく日々。

このまま死ぬのだな、と漠然と考えていた時に、これである。招かれる経緯に関しては色々と腹の立つ部分はあるが、冒険者として過ごす日々は中々楽しい。


 自分は生きている。

意味の分からない労働に身をやつさなくてもいいのだ。働くこと自体は嫌いではないが、達成感が無い。ただ草臥れるだけ。

今、自分は己の生と死を背負って生きていると、実感できる。

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