第24話古代の訓練場―30の英霊の魂―

 隊列を組んで行進する大蛇に、巨大な衝撃が体当たりする。

魔速を持って放たれた爪撃は先頭の円盾を砕き、大蛇の頭を散らす。

拳が通過する度に巻き起こる衝撃波。皮膚が裂け、腕が舞うも、兵士達に死者は出ていない。

クリスが腕を振り抜いた一瞬目がけて、後列の兵士達が長槍を投擲した。夕立を連想させる面攻撃に、クリスは溢れる殺意と悦を深める。

挨拶代わりとはいえ、自分の一撃に耐える…ようやくまともに戦えそうだ。


「おい、お前は出過ぎるなよ」

「あぁ?…しょうがないな」


 魔術師のジャックを独りにはできない。

クリスに前衛を任せ、佳大は敵の隊形を崩す事にした。自分も殴りたいのだが。

佳大の姿が変わる。顔は厳つく、皮膚はなめした革より強靭に、柿色に染まっていく。

四肢はがっしりと太く、胸板はそれ自体が鎧の様。身につけている衣服が、体格にフィットしたそれに代わる。角が生えた。


――変化に長ける鬼の力だ。


 クリスはその間に兵士達の中央に入り込み、踊るように四肢を繰り出す。

ただの打撃だが、その手数は機関銃を超える。一撃ごとに防具が砕かれ、破片が紙吹雪のように舞う。

しかし、兵士達も並の相手では無い。槍が折れれば曲刀で、それすら折れたら拳――腕がちぎれたら顎で噛みつく。


 クリスの貫手が腸を通過する。

その瞬間、10名の兵士が圧し掛かった。曲刀に串刺しにされる寸前、クリスは小さく跳んでトリプルアクセル。

腹部を貫いた兵士の背骨を掴み、彼をヌンチャクのように振り回す。包囲が吹き飛ばされるも、弾かれた兵士達は身体を転がし、流れるような動作で起き上がる。

ここに至るまで、30名の兵隊は一言も口を利いていない。


「やる気があるのはいいけどさ、叫ぶくらいしなよ。いい声で鳴いてくれないと、盛り上がるに欠けるんだよね」


 クリスが死体を捨てると同時に、風刃の雨が彼の頭上から降り注いだ。

不可視の穿孔機めいた突風が、地面がめくるほどの衝撃がクリスと兵士達のいる空間に、一瞬のうちに着弾。

攻撃は一度だけで終わらず、30名をターゲットに、数百の旋風が空間を斬り刻む――少年の姿はそこにない。


「あーぁ、これで終わりかな」


 突風と共に、クリスが2人の傍らに現れる。耳をつんざく轟音の中、少年は肩を竦めた。

佳大が轟音を止めた頃には、五体満足の兵士は皆無。吹き散らされる木の葉の如く、彼らの臓腑や手足が宙に舞った。

それらは3人の元にも降り注いでいたが、突風が障壁となって払い除けた為、佳大の半径1mには血の一滴も落ちていない。


「済んだな。帰るか…どうした?」

「流石にヨシヒロは気づいたんだ」

「え?あぁ…」


 踵を返したジャックは、ついてこない佳大とクリスに気づき、足をそちらに向けた。

2人は2階柱廊のあたり――いや、どこか遠くを見ている。佳大はつまらなさそうに、クリスは口元を吊り上げて。


「何の事だ?」

「敵が来る」


 不意に周囲の空気が変わった。

神殿の礼拝堂を思わせる、重く静かな雰囲気に、佳大一行は取り囲まれる。

風が、鳥が、一斉に口を噤んだ。重役の到来を知らされた、平社員のように。


 3人の頭上から、巨大な圧が降ってきた。

殺意よりも冷酷な、呵責の無い意志は、さながら稲妻。

佳大の起こした風によって、荒れ野と化したグラウンドに、完全武装の乙女が降り立った。

クリスは瞠目し、純粋な驚嘆の声をあげる。彼女の身体は大きく、身長が3mほどある。

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