第23話古い訓練場にて
3人は、鞘が完成するまでの1週間を金策に充てる事にした。
また、佳大はこの間に経験を積み、己の能力に習熟したいと思っている。
ギルドホールに置かれた端末を操作し、集められた依頼を眺めつつ、操作している装置に思いを巡らせる。
(こういうの向こうで見たな…)
街頭などにタッチパネル式の案内板に似ている。
魔力を帯びた器物らしいだと説明されたが、胡散臭い。どうみても科学の産物だろう。
「ねぇー、ねぇー、どれにするの?僕が決めちゃうよ」
「おい、近場にしておけよ。それから報酬の確認も忘れるな」
「俺は頭空っぽにして暴れられたら、それでいいんだけど…」
「僕も、僕も!」
ジャックが露骨に顔を顰める。
「喧嘩屋を気取るのも大概にしとけよ」
「わかってるよ、こいつがどれくらい使えるか知りたいだけだ」
異世界で手に入れた、鬼の力。
出処に興味は無い。生き残るために使えるなら、それで十分。
スクロールするうち、気になる依頼を幾つも見つけた。
魔物狩猟、賊退治…、領主が目を向けないトラブルも、ここに持ち込まれてくる。
ややあってから、佳大は一つの依頼を目にとめた。
南にある訓練場に、古代の兵士の群れが出没するらしい。
プレートアーマーが主流の現在において、盛り上がった筋肉を象った胴鎧に手甲と脛当という簡素な出で立ち。
孔雀の羽根を頭上に飾った兜を被っており、円形の盾と長槍を持ち、曲刀を佩いている。数は最低5名、最大15名。
踏み込んだ100名の調査隊が一網打尽にされ、これまで20名以上の冒険者が呑み込まれた。
「これにしようかな」
「ふん、銀貨8枚と騎士鎧の装備一式……荷物が増えるな、こんなもんより金出せ、金」
「売れば、あぁ、駄目かな」
流通量次第では、高値で買い取ってもらえないだろう。
新品ならまだしも、使用済みの鎧など必要ない。ジャックの言う通り、荷物にしかならないだろう。
報酬はけち臭いが、クリスと佳大の要望は満たされる。彼らは南に1日馬で進んだところにある、古代の訓練場に向かった。
古代ユーリ王朝時代、青年達が鍛錬に励んだ遺跡は現在、大規模な訓練場として使われている。
丸屋根の塔に挟まれた楼門を抜けると、柱廊で囲まれたグラウンドに出た。柱廊の奥には剣術場、球技場、会議室への出入口が設けられており、前者2つは桟敷まで備えられていた。
依頼を受けた翌日の昼、3人は兵士討伐に向かう。
門の前に立った時、佳大の細胞が警報を鳴らす。この訓練場…迷宮と同じような雰囲気を感じる。
「おい、佳大…」
「あぁ、迷宮に似てるよな」
「それがどうかした?早く行こ!」
グラウンドは50名の兵士が水平一列に展開できるほど広い。
柱廊は2階建てになっており、50対50の大規模な戦闘演習をそこから眺めたら、さぞ興奮するだろう。
「さーて、騎士はどこかな」
「もう来ているぞ」
グラウンドの中央に、依頼文に記載された姿が現れる。
ただし数が非常に多く、30名がグラウンドに出現。頭数の最高記録が更新された。
1列10名の縦隊は両サイドを円盾で守ったまま、氾濫した川のように突撃を開始。
「さっさと終わらせるぞ、火炎の投擲(ファイア・スロー)」
「あぁ、もう!」
クリスが焦ったように駆けだす。
滑るようにグラウンドを走り抜け、先頭の3人の命を刈り取らんと黄金の毛で包まれた爪を腕に纏う。
飢えた黄金狼が、獲物を求めて跳ね飛んだ。
=
古い訓練場にて(2)
隊列を組んで行進する大蛇に、巨大な衝撃が体当たりする。
魔速を持って放たれた爪撃は先頭の円盾を砕き、大蛇の頭を散らす。
拳が通過する度に巻き起こる衝撃波。皮膚が裂け、腕が舞うも、兵士達に死者は出ていない。
クリスが腕を振り抜いた一瞬目がけて、後列の兵士達が長槍を投擲した。夕立を連想させる面攻撃に、クリスは溢れる殺意と悦を深める。
挨拶代わりとはいえ、自分の一撃に耐える…ようやくまともに戦えそうだ。
「おい、お前は出過ぎるなよ」
「あぁ?…しょうがないな」
魔術師のジャックを独りにはできない。
クリスに前衛を任せ、佳大は敵の隊形を崩す事にした。自分も殴りたいのだが。
佳大の姿が変わる。顔は厳つく、皮膚はなめした革より強靭に、柿色に染まっていく。
四肢はがっしりと太く、胸板はそれ自体が鎧の様。身につけている衣服が、体格にフィットしたそれに代わる。
――変化に長ける鬼の力だ。
クリスはその間に兵士達の中央に入り込み、踊るように四肢を繰り出す。
ただの打撃だが、その手数は機関銃を超える。一撃ごとに防具が砕かれ、破片が紙吹雪のように舞う。
しかし、兵士達も並の相手では無い。槍が折れれば曲刀で、それすら折れたら拳――腕がちぎれたら顎で噛みつく。
クリスの貫手が腸を通過する。
その瞬間、10名の兵士が圧し掛かった。曲刀に串刺しにされる寸前、クリスは小さく跳んでトリプルアクセル。
腹部を貫いた兵士の背骨を掴み、彼をヌンチャクのように振り回す。包囲が吹き飛ばされるも、弾かれた兵士達は身体を転がし、流れるような動作で起き上がる。
ここに至るまで、30名の兵隊は一言も口を利いていない。
「やる気があるのはいいけどさ、叫ぶくらいしなよ。いい声で鳴いてくれないと、盛り上がるに欠けるんだよね」
クリスが死体を捨てると同時に、風刃の雨が彼の頭上から降り注いだ。
不可視の穿孔機めいた突風が、地面がめくるほどの衝撃がクリスと兵士達のいる空間に、一瞬のうちに着弾。
攻撃は一度だけで終わらず、30名をターゲットに、数百の旋風が空間を斬り刻む――少年の姿はそこにない。
「あーぁ、これで終わりかな」
突風と共に、クリスが2人の傍らに現れる。耳をつんざく轟音の中、少年は肩を竦めた。
佳大が轟音を止めた頃には、五体満足の兵士は皆無。吹き散らされる木の葉の如く、彼らの臓腑や手足が宙に舞った。
それらは3人の元にも降り注いでいたが、突風が障壁となって払い除けた為、佳大の半径1mには血の一滴も落ちていない。
「済んだな。帰るか…どうした?」
「流石にヨシヒロは気づいたんだ」
「え?あぁ…」
踵を返したジャックは、ついてこない佳大とクリスに気づき、足をそちらに向けた。
2人は2階柱廊のあたり――いや、どこか遠くを見ている。佳大はつまらなさそうに、クリスは口元を吊り上げて。
「何の事だ?」
「敵が来る」
不意に周囲の空気が変わった。
神殿の礼拝堂を思わせる、重く静かな雰囲気に、佳大一行は取り囲まれる。
風が、鳥が、一斉に口を噤んだ。重役の到来を知らされた、平社員のように。
3人の頭上から、巨大な圧が降ってきた。
殺意よりも冷酷な、呵責の無い意志は、さながら稲妻。
佳大の起こした風によって、荒れ野と化したグラウンドに、完全武装の乙女が降り立った。
クリスは瞠目し、純粋な驚嘆の声をあげる。彼女の身体は大きく、身長が3mほどある。
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