神様チートは要らないので、家に帰してほしいです

@omochi555

第1話佳大、異世界へ行く

 母親の出勤を見送ると、杉村佳大(すぎむらよしひろ)は自宅に独りになった。

25歳のフリーターである彼は今日は一日、休みだ。そのかわり家族と違い、土日にシフトが入っている。

インストール済みのPCゲームを休憩を挟みつつ、1時間進める。その途中、ゲーム音声をサイレンが切り裂いた。


(救急車?)


 ゲームを終了し、ネットサーフィン。

まとめサイトを巡回していると、若い女性が失踪したニュースが記事になっていた――高校の同級生だ。

職場で、衆目の前で姿を消したのは瓜生七穂。

小柄で赤縁の眼鏡をかけていたなぁ、と回想する。顔の細かな造作は出てこなかった。


(キャンパス内での目撃情報を最後に…、ふーん)


 正午を回ったので昼飯を買いに行く。

小麦粉とパン粉、卵の残りを確かめてから、スーパーにカキを買いに行く事にする。PCをシャットダウンした佳大は着替え、レジ袋代わりの鞄を持ち、財布をポケットに突っ込む。

自宅を出ると、雲一つない晴天だった。


 最寄りのスーパーまで、20代の足で徒歩6分。

昼間でも明るい店内を歩き回り、目当ての材料を購入。

スーパーから自宅までの最短ルートは、表通りから一本入った所にある。

住宅地を縫うように走り、昼間でも人通りはほとんどない。


 静かな住宅地の中にある、ベージュ色の3階建て。

玄関を開ける。電気がついていないので、真っ暗だ。

靴を脱いだ時、存在するはずのない物音を聞いて、佳大の足が止まった。

玄関で耳を済ますが気のせいではない。2階で何かが歩いている。


(泥棒か?)


 武器になる物は何もない。

警察、と考える先に、俺が倒すと佳大は考えた。

鞄を構え、空いた手で握りこぶしを作る。2階には家族が集まるリビングやキッチンがある。

足音の聞こえ具合からいって、侵入者は2階にいる気がする。


 沼を掻き分けるようにゆっくりと歩き、2階の床に足をつける。

吹き抜け構造になっており、3階に向かう階段から、1階の玄関を見下ろす事が可能だ。

音はいよいよ近くなった。廊下ではない。3階にある自室に、木刀がある。

取りに向かおうと階段に意識を向けた瞬間、足音が聞こえた。肥満気味の父親より大きく、鈍い音。


 居間の入口に顔を向けた瞬間、佳大は凍り付いた。

まず目に入ったのは、天井に指が付きそうなほど大きな三本の腕。

前腕のあたりが膨らんでいる。顔は無い。人のそれに似た2足の下半身、三本の大きな腕が生えた上半身。

背中にはロリポップのような渦巻。軽自動車のような怪生物が、窮屈そうに近づいてきた。


(ヤバいな)


 これは危険だ。佳大は息を忘れたが、すぐに平静を取り戻す。

相手は向き合ったまま、こちらをじっと見ているように思う。

佳大は背を向け、階段を疾走する。台所に飛び込んで、包丁を取りに行くのは無理だ。

あの巨体。階段は登れないのではないか?


 派手に音を立てながら駆けあがる背中に、巨大な指に掴まれる。

巨大生物は砲弾のように廊下の突き当りに突っ込み、右足で壁を蹴って、佳大を捉えた。

佳大は鞄を抱えたまま、無念さと怒りを籠めた視線を向けながら、死刑執行を待った。

分かってはいたのだ。奇跡でも起きない限り、この生き物から逃げきれるものではないと。


(玄関から出ていれば、いや…)


 佳大の意識が暗転する。

身体の重量を自覚し、目を開くとそこは見たことの無い広間。

床は光沢が出る程磨かれ、天井には等間隔で光を放つシャンデリアが吊られている。

壁際に置かれた肘掛ソファに、若い女が座っていた。


 小顔を縁取るウェーブがかった黒髪に、琥珀色の瞳。

ぱっちりとした大きな瞳に、高い鼻。美人と言っていいだろう。

ミニスカートから伸びる白い脚が、挑発するように組まれている。

彼女は佳大を観察していたが、彼が自分を無視して出入口らしい扉に歩いていくと、ちょっと驚いたようだった。


「ちょっとちょっと!どこ行くの?」

「なに?」

「いやさ、普通聞かない。お前誰だ、とかここ何処だ、とかさー」


 佳大は会話というものが嫌いだ。

だからさっさと話せ、と女に目だけで訴える。

女はそれを見て、気に障るどころか、愉快そうに目を細めた。


「いいね、いいね。この異常事態でそこまで落ち着いているけど、内側にどろりと濁った…」


 女がそこまで言った時、舌を刺すような痛みが襲った。


「興味が無いなら、そのあたりは飛ばすよ。まずは自分で調べてみなさい」

「なんだ、これ…」


 女の仕業だろうか、腹が立った佳大は女に詰め寄る。

鞄で殴りかかる直前、佳大の全身は不可視の力で縛りあげられた。鞄を持ち上げた姿勢で、その場に釘つけになる。


「その舌に刻まれたのは、意思疎通を可能とする呪印。あちらの世界において、会話と読解を可能にしてくれる」

「あちら?」

「じゃあ、せいぜい生き残ってくれ。何かあったら、空に向かって助けを呼びなさい。尖兵を作るのも楽じゃないからさ」


 女が意地の悪い笑みを向けると、佳大の視界にモザイクが掛かりだした。

目の前のクズを殴れと四肢に鞭打つが、右の人指し指が数㎝動いたのみ。まもなく、佳大はホールから姿を消した。

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