こんな友達はいらない

@chabashira_ex

勝手に青春劇@小野田光 著:天川榎

勝手に青春劇@小野田光 ①

かつて僕は、浪人中に留学をしていた。今これを読んでいるあなたは、世間一般で言うあの海外に行ってホームステイなんかする意識高い方を想像していただろう。残念、ハズレ。僕が行ったのは『駅前留学』の方だ。でも結局駅前留学しても、「プレジデント」とか「マネー」とかしか英語を覚えられなかったんだけどね。海外で使える英語を身につけたいと思って駅前留学して、ただ受講料をふんだくられただけで終わった。仕方ないよね、だってコミュ障だもの。コミュ障だから、英会話なんてハードル高い。

なら、なんで英会話なんてやろうと思ったんだろうか。海外旅行に行きたいと思ったから?いや、たぶん違う。試験で受かるためにやった?それも多分違う。単純に言えば「実績」が欲しかったからに他ならない。

この日本では「留学」というステータスが重視され、留学したという魔法のアイテムを持っていれば、将来の輝かしい活躍への門戸は開かれる事だろう。

でも、それは只のメッキ。すぐに本当の留学をしてないことはバレてしまうだろう。であれば、なぜ「駅前留学」なんてしたんだ?それはきっと、英語が出来れば大学でモテるって心のどこかで思っていたからだろう。

もう人生で後悔はしたくない。だから僕は、今日もアイドルの前でサイリウムを振り続ける。


「かわいいよー!!」

DBS(デブス)劇場は今日も満員御礼だ。巷で「デブス」の流行が来た御陰で連日一見さんが顔を出している。どれもこれも、見世物小屋感覚で面白いモノを見に来たという感じだ。

だがそんなものは僕には関係ない。僕はアイドルにはさほど興味は無い。熱狂的に踊り狂ったり、ナイフで襲いかかったりする程の情熱は持ち合わせちゃいない。

なら、何に興味があるって?僕の興味の対象はアイドルではなく、このファンが持つサイリウムだ。暗闇で無数に輝く色とりどりの光。それはまるで森で儚げに輝く蛍を思わせる。最初にいとこの内地知可子に『友達が行けなくなったから、一緒に行こう』と不意に誘われ、僕はライブ会場のサイリウムに心惹かれた。そこからはもう、アイドルなんてどうでも良かった。どうせ歌は口パクだし、ファンの声援でそもそも歌すらもまともに聞けないし、音楽鑑賞する環境としては最低最悪だ。だがことサイリウム鑑賞の観点において言えば、ここは絶好のロケーションなのだ。

「DBS!DBS!いつもブサイクDBS!」

もはや応援しているのか罵倒しているのか分からないコールを僕の横で知可子は叫ぶ。彼女は一流のアイドルオタクで、秋葉原のメジャーアイドルからフリーで活躍しているような地下アイドルまで幅広く精通している。数々のアイドルイベントに顔を出し、常連のアイドルファンからは『知可子が顔を出していないアイドルイベントは最早アイドルイベントではない』と言わしめる程である。その証言が本当なら、本末転倒である。

「ほら、アンタも」

「ゴメン、もうちょっと知可子のサイリウム見させて」

夏の暑い道端で売られている、おいしそうなメロンのアイスバーのように僕に舐めて下さいと誘惑してくる。思わず手を伸ばし、口元に近づけてしまう。

「ちょっと、邪魔しないでよ」

知可子は僕の手を退かせ、再びサイリウムを振るい始める。僕は空になった右手を眺めて虚空に支配された。


あとのライブは適当に流して帰路に着く。今日も良いサイリウムが見れた。


翌日、僕は久しぶりに大学に行くことにした。しばらく行ってなかったのには特に理由はない。只なんとなく行く理由が見つからなかったからだ。どうせ大学に行っても友達と呼べる奴は居ないし、授業は最早どうでもいいような講釈を垂れる下らないモノばかりだ。行ったところで僕の人生に有益になるものは一つも無い。ただの時間の浪費だ。ただでさえ僕は二浪しているうえに二留だ。これ以上時間を無駄にすることは出来ない。とはいえ大学を卒業しなければ、そもそも大学に入った意味が無くなってしまう。折角の四年間の努力が水の泡に帰してしまう。幸いにも出席率が二十%を超えていれば単位の取れる素晴らしい授業が軒並み必修科目として存在しているため、授業にはまともに出席していなくても最低限教室に在席していれば問題ないのだ。

そんなこともあり、沈黙と孤独の象徴である大学に出席点稼ぎに嫌々ながら歩を進めることになったのだ。

久々の大学とはいえ、校門を入ってから聞こえる喧噪には一切耳を傾けない。何の了見があって僕を責め立てるのだ。まるで孤独は罪であるかのように囃し立てる。僕の孤独が一層際立ってしまう。

僕はお前らと違って個が出来上がった人間なんだ。いちいち人と話を合わせて愛想笑いしているような下らない連中とは違うんだ。

そこら中で営まれる愛の誕生と喪失。大学はそんな汚れた場所じゃない。ここは結婚相手を見つけるような場所じゃない。ワザワザ高い金払ってヤりに来てるってか。

ある程度歴史のある大学であれば、校舎の周りを蔦が覆うことなんて珍しくない。この大学も例外なく、壁面を隙間無く蔓延り本来の色味が何だったを忘却させることに一役買っている。いや、そもそも大学の壁に興味がある奴なんていないか。興味持ったのは僕ぐらい。やったぜ。オンリーワンかつナンバーワンの存在。独り最高。

どうでも良い空想をしていると、今日の時間焼却炉となる大講堂にたどり着いた。ゴミとして廃棄される時間は九十分。さて、どのように時間を棄てようか。ちゃんと授業を聞いている振りをしようか。最前列でしっかり教科書とノートを開き、黒板に描かれる教授のアートをノートに書き写そうか。教室の背後に座する生徒達から冷ややかな目線を浴びて恍惚の中に溺れようか。全ては僕の心がけ次第で焼却されるはずの時間が、燃え盛る炎となって華々しく散っていく美麗な絵画のように姿を変えさせることが出来る。時間は二度と戻ってこない。僕は少女漫画のイケメンのように颯爽と大講堂の扉を開け、最前列に堂々と腰を落ち着かせた。……特に見向きもされない。所詮扉からすきま風が入ってきた位にしか思われていないのだろう。

バックからコンビニで買い立てのノートとシャープペンシルを取り出す。何も書かれていないそのノートには無限の可能性が秘められている。絵やら詩やらをしたためて、一儲けしてやろうか。ハハ、そんな才能があったら、こんなところ来ないで家に引きこもって創作活動してるぜ。

「あ、今日は来たんだ」

僕が一通りの受講スタイルを整えたところで、知可子が教室に現れた。今日は赤の長袖ボーダーに紺のロングスカート。かごバッグ装備ときたら完全に大学リア充ファッションといったところだ。あ、今の言葉で言うと『コーデ』って言うんでしたっけ?スイーツ乙。

「たまに出ないと、単位落とすからな」

無駄な努力を鼻で笑い、読む気も無い教材に目を通し始める。

「別に誰かに代返させれば……」

逆にこちらのイタいところを突き返されてしまった。

「いや、だからさ、友達が居ないんだって」

「ああ、そういえば」

知可子が僕の横の席に腰掛ける。

「別に私が代返してもいいのに」

「やだよ。親戚に代返頼むなんて」

全くなんでこんな僕に構うんだって言うんだ。僕に構わなくても別に何不自由なく暮らせるはずだ。

「へぇー、そう、分かった。ゴメンね、無駄に気遣わせちゃって」

突き放した言葉に諦めたのか、早々に僕の前から立ち去った。

いいんだ。僕と知可子はこんな感じで丁度良いのだ。彼女に接すれば接する程僕の陰が濃くなってしまう。話せば話すほど、僕が辛くなっていくだけだ。

そうこうしているうちに教授が講堂に入ってくる。この授業の担当の教授は比較的年齢が若く、四十代後半と噂されている。あくまで噂となっているのは、僕の中だけである。もちろん誰かに聞いたり、直接教授から聞き出した訳ではない。あくまで僕の妄想である。

「はい、じゃあ先週の続きから始めます」

誠に遺憾ながら、初回以降一度も授業に出ていないので、先週の続きと言われてもどこからなのかが全く分からない。後ろを振り返ると、教科書すら出ておらず談笑に耽っていたり、携帯ゲーム機で対戦を始めていたりと、手がかりになるものは一つも無い。

まあ、別にテストが出来なくても問題無いんだけどね。

とはいえ、最前列に座している生徒の義務として優等生を演じなければいけない。当てずっぽうで良いから、どこかページを開けば許されるはず。

僕は急いで教科書の百二十三ページを開く。しかし、そのページは見開き空白であった。

「キミ~、そんな白いページ見てどうしたの?馬鹿には見えない内容でも書いてあるの?」

教授に一瞬で見つかった。優等生の振りは一瞬で瓦解した。教授は改めて現在説明しているページを口頭で教えてくれたが、ページ同様頭が真っ白になっていたため、一指も動くことはなかった。

そんな体たらくを見せていると、講堂に生徒と思わしき女性が一人、人目を忍んで恐る恐る入って来た。その女性は講堂中の視線を浴び、慌てた様子で僕の隣に座してきた。

「ここ、座ってもいい?」

爽やかな笑顔を振りまくこの女性を、僕はどこかで見たことがある。どこで会ったかは覚えていない。しかしこの彼女の大きい胸の御陰で、辛うじて記憶を繋いでいた。この胸でいて白いノースリーブにジーパンなんて、もはや鬼に金棒だ。知可子にも見習って欲しいものだ。

「い、いえ。お構いなく」

ダメだ。こんな人に声を掛けられるなんて、一生分の運を使い切っているような気がする。きっと見た目が良いから色々なリア充サークルに入ってイケメンを食いまくってるんだろうな。これだからリア充は嫌いだ。自分の美貌を余すところなく発揮し、僕らアウトサイダーには一寸も恩恵をもたらさない。イケメン死ね。イケメンこそ僕たちを貶める悪魔だ。イケメンさえ居なければ僕はモテていたハズなんだ。そうだ、そうに違いない。

「今どこやってるの?」

「い、いやあ、僕久しぶりにき、来たから、わわわからああ」

あああああ!!!!だめだだめだもうだめだ。キョドり過ぎて会話が成立しない。落ち着け、落ち着くんだ。一世一代のチャンスなんだ。もしかしたらここからロマンスが生まれるかも知れない。そうかもしれない。

「あらそう」

その夢は呆気なく、一瞬で崩れ去った。彼女は笑いもせず、挙げ句の果てに教科書も出さずにファッション誌をバッグから取り出し読み始めた。なんだ、彼女も出席点狙いか。

授業は何事もなかったかのように淡々と進んでいく。

久しぶりに大学に来ただけで、しかも一授業でこれだけのイベントが発生している。これってひょっとして、僕に運が向いてきているのか?……いや、そこまで期待しない方が身のためだ。期待をして上手く行った試しなんて一度も無い。

フワフワした気分のまま、あっという間に授業は終了した。

例の彼女は授業が終わった途端、駆け足で講堂を後にしてしまった。

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