第十六話 戦闘後半戦と流れる不穏な空気
そんな言葉を言い放ち、口角を上げてそれっぽい表情を向けると、俺はすぐに敵へと視線を戻した。
「おや、貴方は……。随分と痛ましい姿で」
その声、喋り方。薄々感じてはいたが、どうやら俺を拷問してくれた張本人らしい。
「……おかげさまでな」
鋭く睨み銃口を向けると、わざとらしく驚いたような表情を向け返された。
相変わらず、癇に障る奴だ。
「おや、もしやお怒りで? 私のおもてなしでは満足いただけなかったでしょうか?」
「いや、別に。ただ、お返しはされた分以上に返すのが人間族の流儀であり、美徳なんだ。大人しく受け取ってくれ」
そう返すと、にんまりとした笑みを浮かべられる。
「それはそれは。ですが、大丈夫ですか? そんな手足では、さぞかし力が入らないでしょう」
「お前相手には充分すぎる」
「では、その言葉が真実か試してみましょうか……!」
そう言うと、男はこちらに駆け出す。
確かに速いが、別に目で追えない程ではない。その姿を悠長に眺める俺は、思い出したように口を開いた。
「……あぁ、でも手伝いは大歓迎だわ」
迫る拳。だが、それが俺に届くことは無い。
寸でのところで横に逸れ、目の前にはピョコピョコと動く耳が特徴的な少女がいた。
「あら、それは私たちのことを言っているのかしら?」
「でも、確かに受けた借りくらいは返したい……な!」
そして、また別の少女が敵の背後をとると、的確に心の臓を狙う一突きを放つ。
気配を読んだのか、相手は対処する動きを見せるがそうはさせない。
頭を狙って魔力を込め、撃った弾丸は超音速で飛んでいく。
それをしゃがんで避けた相手は、向かってくる刃をその持ち手を弾くことで躱し、後退した。
「引いた……? シスター、今が攻め時ですわ!」
「了解、シスター!」
好機だと感じたのか、双子は声を掛け合い追撃をかける。
手持ちの剣を男の左右に投げ、逃げ場を潰すと、まだ装備したままの残りの四本のうちから二本の剣を手に取った。
もう一方は鉄扇を振り上げ、攻撃を図る。
ダメージを覚悟で反撃しようとしているみたいだが、させるものか。
逐一、当たれば即死するような箇所を狙って銃を放つ。
そうすれば敵は回避に専念するようになり、姉妹が自由に動けるようになっていた。
そして、その二人の戦い方が何よりも面白い。
ヂーフーは既に抜いている分も含めた六本の剣を巧みに操る変則六刀流。中距離になれば投擲、地面に刺さればそれを足場に立体的に戦い、手が空けばそれを回収して再び斬りかかるという変幻自在の攻めだ。
一方のウーフーはと言えば、立ち回りそのものは何も変わっていない。けれど、ヂーフーの投げた剣を自身でも利用することで、決定力と手数のバリエーションを増やしていた。
縦横無尽に舞う剣。姉妹ならではの絶妙な連携。それは戦闘というよりも、もはや曲芸に近い。
常にどちらか一人は必ず相手の死角に潜んでおり、戦いにくいことこの上ないだろう。
即座に傷が治ってはいるものの、攻撃は確かに入っている。
唯一の突破方法であるダメージ覚悟の特攻は俺が許さない。
勝負は時間の問題だった。
前後からの挟み撃ち。そのうちの眼前からくる剣と鉄扇をそれぞれいなした敵は、半身になり後ろからの攻撃を躱す。
そのままカウンターで膝蹴りを入れようとするが、ヂーフーは前転をするようにして回避した。
その際に射線が通り、俺は弾丸を放つもそれは後退して避けられ、追撃をするためにウーフーは後を追う。
肉薄し、ジャンプして両目を切り付けるように剣を横に振るうが、敵がもう一歩下がることで空振りに終わった。
一見すると無意味に空中に身を晒しただけのようだが、これは囮だ。上に意識を向けさせるためのものであり、実際には、ウーフーの影に隠れるように後ろに付いていたヂーフーがスライディングで相手の背後をとっていた。
そうして両足のアキレス腱を切り裂けば、いくら回復すると言えども一瞬は自重に耐えきれず膝から崩れ落ちる。
その隙を見逃さずウーフーが相手の頭を掴み、顎に膝を打ち付けその体をかち上げると、そのままの勢いでバク宙へと移った。
着地後はすぐに前進、対するヂーフーも流れるように体を起こし、俺も照準を定める。
首、心臓、頭蓋。三人の攻撃がそれぞれ敵の急所へと迫った。
それに対して男は顔の前に手を掲げると、血管を浮き上がらせるまでに腕に力を込め、筋肉だけで銃弾を止める。
また、最小の動きで急所に当たることのみを避けると、一喝。
「……この…………鬱陶しいんだよ、コバエどもがぁ……!」
拳を地面に叩きつけ、近くの姉妹もろとも辺り一帯を吹き飛ばす。
瓦礫や土煙で敵の姿が見えなくなる中、それを突っ切るようにして一直線に何かが肉薄した。
「貴方さえ潰せば、私の勝ちだ」
言葉とともに一瞬で詰められる俺たちの距離。
この足では襲う拳を躱す術などない。俺はゆっくりと息を吐くと、呼吸を整えた。
全身を弛緩させ、ただひたすらに男を眺める。
全てがゆっくりと動作していく感覚の中、相手の筋肉の動き、体勢、重心の位置、心理などから次の行動を推測し、そこに自分の身体を割り込ませた。
人には共通して根源的な危機回避能力が存在する。何かを踏んだり、ぶつかったりしないよう無意識に体が動いていることだ。
これは戦闘時においても働いているものであり、意識していない限り相手の足を踏んだりしないことの理由でもある。
いや、むしろ戦闘時の方が感覚が鋭敏になり、より働きやすくなると言ってもいいだろう。
そんな状態の中、相手の動作予定位置に、相手よりも先に自分の身体を置いておくとどうなるのか。
今、実際に現実で起きていることだが、このように敵の体は既に置かれた俺の身体を避けようと無意識に動き――そしてバランスを崩す。
隙を晒すように倒れ込んだコイツは、もはや格好の的でしかない。
確実に、非情に、執拗に。完全なる命の断絶を図るため、頭、心臓を含めた遍く内臓と急所を撃ち抜いた。
放たれた弾丸が空気との間で生んだ衝撃の音。それらが虚しく反響し、済んだ頃には辺りは静寂で満たされる。
♦ ♦ ♦
「今、何が起きたんだ……?」
「そんな、体捌きだけで人を投げるなんて……」
真っ赤に染まり、ジワジワと流血が地面を侵食する様子を眺めていると、呆然と呟かれるそんな声が耳に入った。
脈を測りたいところではあるが、それで反撃されるわけにもいかない。なので、銃を構えたまま見守るだけにとどめる。
「――――ゴフッ!」
気管に血が溜まったのか、吐血を繰り返しながら咳き込む男。
「……まだ息があるのか。いい加減死んでおけよ」
だが立ち上がる様子はなく、それどころか俺のつけた傷が癒える様子もない。
よくよく見れば姉妹が最後につけた切り傷も残っており、あの時から既に限界を迎えていたのだろうことを察する。
「本当、どちらが虫か分かったもんじゃありませんわね」
背後からかかる声に振り向けば、そこには腕組みをして呆れた表情を浮かべる姉妹のうちの一人がいた。
「もう一人はどうした?」
近くには見当たらず尋ねてみると、顎で指し示される。
目を向ければどうやら先程の一撃で吹き飛ばされた剣を回収していたようで、最後の一本を鞘へ収めると小走りでこちらに寄ってきた。
「なになに? 二人してこっち見て、どうしたの?」
「いや、別に」
「何でもありませんわ」
互いにそう答えると、不思議そうに首を傾げられた。
だが、興味は別のことに流れたようで、すぐに話題は移り変わる。
「……あっ、それよりレス君や。さっきのは一体どうやったんだ? 魔法?」
「柔を心得る者として、是非とも私にも教えて欲しいものですわ」
チラとドウランの様子を見てみれば、遠目だが敵は既にうずくまっており、向こうの方も決着はついたらしい。
けれど、場所が場所で、場合が場合だ。
どう言ったものかと思案していると――
「……くく…………くくく」
――ふと小さな笑い声が響いてきた。
「うわっ! コイツ、生きてるのかよ!」
「もう死に体ですけどね」
まだ息があることに驚き、それを冷静に突っ込む二人の姉妹。
「何が可笑しい?」
男の様子に奇妙な胸騒ぎを覚え、俺は厳しい顔つきで尋ねた。
「ははは……はぁー、君たちには聞こえないか? 天から捧ぐ贈り物の声が……」
「……天……贈り物……?」
空を見上げても、火事による黒煙と青い空の不似合いな光景が広がっているだけで、他には何も見えやしない。
それと同時に耳を澄ましてみても、捉えられる音は風くらいなものだ。
「別に何も聞こえませんけど……」
「薬の影響……幻聴とか?」
「ふふ……聞こえていないのなら、好都合だ」
息も絶え絶えで話すことさえも辛いはずだが、男はそんな様子をおくびにも出さず、笑い続ける。
「……私と同じように、彼もまた生まれ変わる」
そして、その言葉に反応するかのように叫び声は上がった。
「あ……あぁ……あぁぁぁぁぁぁーーっ――っ――!」
発声主はすぐに特定できた。
先程までうずくまっていた過激派のボスは、今や仰ぐように頭を押さえ、苦痛の声を響かせる。
その指先、頭の体毛から段々と白色が侵食を始めだした。
「……贈り物……生まれ変わり……白い毛……? ――っ! 兄様、早くそいつを殺すんだ!」
思案顔で呟いていた妹の一人が何かに気づいたように叫ぶと、手持ちの剣を敵のボスに目掛けて投げつける。
また、その声に反応したドウランは自慢の剛爪を相手の首へと向け、一方の俺も躊躇なく銃に魔力を込めた。
瞬間――爆発でも起きたように、呻く男を中心に瓦礫は舞い上がる。
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