第八話 VS. 副騎士団長ローラン=キャメロン
順当に南へ逃げることに成功した俺とルゥは、そのまま予定通りに西へ向かおうとしていた。
「……ねぇ、この先には何があるの?」
そうして指差す先は、今いる地点よりもさらに南。これまでの森よりも鬱蒼と茂り、僅かに霞がかっている地域だ。
「あそこはネーブル樹海と言ってな。霧に覆われた森林地帯で、一度入ると二度と出られないそうだ」
ふぅーん、と如何とも取りづらい反応をするルゥ。質問したのにその反応とは……悲しくなるから止めてほしいのだが。
「ちなみに、この先を抜けるとエルフ族の住む里があるぞ」
「えっ、でも……この森って抜けられないんでしょ?」
至極真っ当な反応を返すルゥに、俺は説明をする。
「理屈は知らんが、どうやらエルフ族はこの森を自由に行き来できるらしい。それに――ほら、アレを見てみろ」
俺は西の方を示して、そう言う。
そこには見上げても頂上が見えないほどに高く、そして険しい山脈がひたすらに連なっていた。
「テルミヌス山脈と言うんだが、アレを超えることで一応向こうに渡ることが出来る。相当無理をする必要があるけどな」
ルゥはその言葉を聞いて、へぇーとため息を漏らしながら山脈を見上げていた。
ちなみに、これは敢えて黙っていたことだが、一応他にも手段はある。巨大とはいえ、山は山。このまま山脈に沿って西に進めば途切れる場所があるので、そこからグルッと迂回すればいいだけの話だ。
ただ、その方法を俺――人間族がとることは出来ないため、言わず終いにしたに過ぎない。
未だに樹海が気になるらしいルゥを呼び、先を促す。
その時ふと、背後から嫌な悪寒を感じた。なんとなくだが、ルゥをこの場から遠ざけた方がいいようなそんな気が。
しかし、その直感を行動に移すよりも早く、微かに遠くから馬の蹄の音が聞こえてきた。
「レス……? どうしたの?」
急に動きを止めた俺に、不安そうな声でルゥは尋ねる。何も答えない俺を不審に思ったのか、俺が見ている方向をルゥも向き、そして気づいた。
「やはりこちらにいましたか。ようやく見つけましたよ」
馬の嘶きと共にそう語るのは上等な鎧と剣を身にまとい、輝く銀色の髪と端正な顔を持つ青年だった。
嫌な雰囲気を感じたらしく、ルゥは追ってきた青年と目線を合わせないように俺の背後へ姿を隠そうとする。
「なんの事か、話が読めないな。人違いじゃないのか?」
上等な装備。胸に輝くエンブレム。ただ者でない雰囲気。言い放った言葉とは裏腹に、その青年の正体についてはある程度の予想がついていた。
けれど、それをおくびにも出さず、さも一般人であるかのように振舞ってみせる。
「いえ、そんなはずはありません。傍らの少女とあなたの身分証がその証拠です。……ですよね、人攫いのレスコット=ノーノさん?」
そう言われ、俺は唾棄したい気持ちを猛烈に抑えた。内心でのみ、舌打ちを漏らす。
分かってはいたことだが、既に俺の正体はばれているようだ。
「人攫い? ……なんの事だか。この子は自発的に付いて来てるだけだ。それと、勝手に人の名前を調べておいて自分は名乗らないとか、失礼じゃないのか?」
「おや、これは無礼を。私は王国騎士団に従事しております近接部隊担当の副騎士団長、ローラン=キャメロンと申します。以後、お見知りおきを」
王国騎士団――国を守る憲兵の中でも特に戦闘能力に優れた者らが集まる団体だ。その中の副騎士団長ともなれば、相当な実力者。
……ちなみに、これは全てアンナさんの受け売りだ。王都を抜け出す日の早朝に、確か聞いたかな。
「大体、俺のことを調べたのなら、俺が今ギルドから出た正式な依頼を受けていることも知っているはずだが?」
「えぇ、その通りです。ですが、あなたにはそのギルドの依頼を偽造した罪が問われています。その証拠に、依頼書に記載された村はとっくに通り過ぎていますよ? 依頼内容はその少女の保護と護送ということでしたが、それが嘘となると隣にいるお嬢さんは一体どなたなのでしょうかね? そして都合のいいことに、我々もその少女と良く似た特徴を持つ人物を探しているのですよ」
なるほど、そう来たか。
どこで足がついたのか知らないが――いや、考えなしにルゥを王都へ連れた時点でこうなることは当たり前だ。今更ながら、自分の軽率な行動を悔やむ。最早、言い逃れなどは出来まい。
ごく自然な動作で銃を取り出すと、青年に照準を合わせるように構える。
後ろ手でルゥに少し離れるよう伝えると、タタタッと駆けていく音が聞こえた。
「それは、抵抗の意と捉えてもよろしいのですね?」
聞かれるが返事はしない。
すべての神経を彼に向け、次の動作の予測に割り当てる。
自身の情報を与えないため、確実に迅速に一撃で。音速の約十倍の速度で、目視してからでは躱せないように。
魔力を流すと同時に放たれた弾丸は、狙いを違わず真っ直ぐにその頭蓋を破壊――することはなかった。愚直にも彼方へと飛んでいった弾丸をよそに、標的である青年は身体を傾け避けていたのだ。
焦燥とともに新たに発射口を向けるものの、弾丸が到達するよりも速くに射線を避けこちらに踏み込む。
青年の右手が閃き、剣が抜かれた。しかし、それを意識するよりも前に体は動いていた。
バク転の要領で剣閃を躱すと、そのままの勢いに任せ顎を目掛けて脚を蹴りあげる。その攻撃も紙一重で避けられはしたものの互いの距離は空き、先ほどと同じようなの立ち位置に戻った。
警戒をとくことなく、されど軽快な様子で俺は口を開く。
「さっきの初撃、なんで避けることが出来たんですかね? 予備動作もないし、目視してからじゃ躱せない速度なんだけど」
「えぇ、僕も避けて驚きました。何かを飛ばす武器だとは予想していたのですが、思った以上に速いんですね。避けることができた理由は――経験からくるものでしょうか。なんとなく、あのままでは死ぬ気配がしたもので」
対する青年も余裕があるのか、そういう風に見せてるだけかは分からないが爽やかに答えた。
「…………っち、勘かよ」
こちらもある程度戦った経験があるからこそ言えるが、勘で戦う相手はとことんやりづらい。
理論や状況を無視した突拍子もない行動は時に大きく戦況を揺るがしかねないのだ。
静かに対峙するなか、先に動いたのはまたしても俺だった。
狙いなど二の次とばかりに早撃ちを決め込むが、先程と同様に当たらない。
「残念ながら、その武器はもう見切りましたよ。確かにその射出速度は脅威ですが、武器との直線上に立たなければいいだけの話です」
相手の動きを予測しその先にあらかじめ撃っておく偏差撃ちなども交えるが物の見事に全弾躱され、そう得意げに語られてしまった。
青年はそのまま肉薄すると、袈裟斬りを仕掛ける。
普通に後ろに避けては間に合わないな――そう判断した俺は敢えて一歩踏み出し、相手の剣を持つ手を空いていた右手で抑えた。そうして、左手を突き出し魔力を込める。
「避けられるのなら、避けられない距離で使うまでだ」
空気を裂く音と共に撃ち出された弾は躱す暇も与えず鎧にたどり着き、だがしかし貫くことはなく甲高い金属音を響かせながら弾かれた。
――――!?
想定外の出来事に身体の反応が遅れる。突き出していた左手を捻られると、そのまま腕を引かれ鳩尾に膝を入れられた。
「ぐっ…………!」
この隙を相手が見逃すはずもなく、流れるように足を払い組み伏せようと動く。
不味い。崩れる体勢の中そう直感した俺は、地面に手を付くと両足裏でその体を蹴りつけた。
やぶれかぶれの行動だったがどうにか引き剥がすことに成功し、俺たちは三度対峙する。
互いに致命傷はなく、実力は拮抗していた。だというのに、俺の心は徐々に焦りを感じ始めている。
援軍。そんなのが呼ばれていようものなら、この拮抗状態は俺にとってこの上なく不利なのだ。であれば早急な決着が必要になる場面なのだが、それはヤツの類まれなる戦闘勘と武装が阻んでしまう。
一番の問題はあの鎧だ。攻撃を通さないあの硬度も脅威だが、それ以上に衝撃までも殺してしまうのが厄介だった。こちらの攻撃にリスクなしで挑めてしまうため、向こうの方が思い切りの良い攻めに出ることが出来ている。
その性能の高さから、十中八九魔法を使っていると考えられるな。あれだけの魔法だと、一回使うだけでも相当な魔力の消費をしているはず。
近接戦闘をするものの多くは、魔法使用者に比べ魔力が少ない傾向にあるため、何かカラクリがあるに違いない。
それを暴かねば、俺に勝機はないな。
必死に頭を巡らせる俺を他所に、青年は余裕綽々といった感じで話しかけてきた。
「随分と焦っているようで。どうですか? その子をこちらに渡してくれるのなら、あなたのことは見逃しましょう」
その言葉に、背後からガサガサと音がした。恐らくだが、動揺したルゥのせいだろう。
「随分と悪役じみた発言だな。それに対する返事を、俺は生憎と一つしか知らないんだわ。――断る」
にべもなく返事をすると、青年の眉がピクリと動いた。
「……解せませんね。なぜ、そこまでするのですか?」
青年は構えていた刀を下ろし、完全に話を聞く体勢へと移行する。
その動きにつられて、銃を構えたままではあるが俺もルゥの方へと目を呉れた。
半身を木で隠して顔だけ出し、こちらを覗いていたルゥの瞳が不安に揺れていることが見て取れる。
……はぁ、自分語りなんて本当はしたくないんだがな。仕方ない、その不安を取り除くためだ。
「お前さ――確かキャメロンと言ったか。人に頼られたことってある?」
「頼られなくとも、民のために動くのが我々の指名です」
即答だった。
「あ、そ。じゃあさ、自分自身に価値があると思うか?」
「生きていることそのものに価値があると思いますが……。なんですか、それが私の質問と関係あるのですか?」
「あるから、黙って聞け」
怪訝そうに聞く青年を一喝し、俺は話を続けた。
「……俺はさ、これまで生きてきて頼りにされたことが殆どない。まぁ、自身の性格の悪さは理解しているし、人に好かれるような人間でもないからな。そうなることにも納得だし、自分には価値がないとも思っている」
淡々と話す俺への相槌なのか、青年は「……はあ」と呟く。でも、本当に聞いてほしい相手はお前じゃない。
「だからさ、そんな俺を頼りにするってことは余程のことなんだと思う。切羽詰まって、でもどうしようもなくて……それでも足掻こうと意思を持った人なんだと思う」
俺はもう一度ルゥを見た。彼女は意外そうな顔で、こちらの話に聞き入っている。
前を向き直し、ひとつ大きく息を吸った。
「だから俺は、俺を頼ってくれた人を救う」
そこまで話し、俺は再び銃を構える。
「……それが、彼女を助ける理由ですか…………」
小さく呟いたため聞き取りづらかったが、恐らくそう言ったのだと思う。
「……ひとついいですか!」
声を張り上げ、青年は問う。
「頼りにされているのではなく、ただ都合のいいように使われているだけ、とは思わないのですか?」
この問答までもが時間稼ぎの一環だったら、益々不利になるな。
そんなことを頭の片隅に感じ、俺は質問に答えた。
「言っただろ? 俺は性格が悪いんだ。そんな同類、見れば分かる」
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