第2話 運命の出会いではない
「あれ? もうこんな時間だ」
少年が、時計を目を向けると午後二時。約束の時間まで、あと一時間だということに気がつき表情を歪める。
「うーん、今ちょうどいいところなんだよな」
サボってしまおうか、なんて考えてしまうぐらい彼は本が好きだ。
そして、手に持っていた本を放り投げると、慌てて支度を始めるのであった。
荷物を鞄に詰め込み、髪のセットやらなんやらをしながら忙しなく動き回る。
彼は、鏡の中のもう一人の自分と目が合い、微笑みを浮かべた。今の生活が楽しくて仕方がない。
真っ黒な髪の色で、薔薇のような赤い眼が印象的だ。他の人は少し違う容姿、だが彼は容姿を悪く思ったり、悩んだことは一度もない。
自分を雇ってくれる人がいる、その事を考えただけで胸が踊るのだ。
準備が終わり、靴を履きに玄関まできた。
「んー、なんだろう?」
やけに外が騒がしいことに気がつく。玄関の方まできて、ドアを開けるのを戸惑ってしまう。
喧嘩だったなら巻き込まれるのも時間の無駄だし、急がなければいけないのだ。
だが、ドアは一つしかない。ここから出かけるしかないのだ。
覚悟を決め、ドアを開ける。
すると、いきなり聴き心地の良い罵声が聞こえた。
「いい加減にして! もううんざりよ、お父様」
怒鳴っているのに、鈴の音のように綺麗な声だと彼は思った。
「うんざりとはなんだ、うんざりとはっ!!」
「お二人とも落ち着いてください。まあまあ、お嬢様とりあえず、お屋敷に戻りましょう」
ボディーガードだと言われれば、信じてしまうほどの真っ黒なスーツを着た人達や、一昔前の頑固なお父さん? が一人の少女を囲んでいた。
話を聞いていても、かなりのお嬢様だと分かる。
――でもなんで、僕の家の前で?
はっきり言って迷惑である。
同じ黒髪として恥ずかしいくらい。彼女の髪は艶があり、美しい。赤い髪飾りがよく映え、どこか浮世離れした印象を受ける。
――まるでお人形みたいに、可愛らしい。
物怖じしなさそうな雰囲気で、堂々とお父様とやらに怒りをあらわにしている。
少女が動くたびに、揺れる黒髪。
どこか懐かしさを感じ、記憶の糸が繋がる。
「すいません、通ります」そう言おうとしたのに、口から出たのはまったく違う言葉。
「……雛乃《ひなの》ちゃん?」
名前を呼ばれた少女は、キョトンとしてから彼を食い入るように、見つめた。
綺麗な少女に見つめられ、たじろいだ。なにしろ、人に穴が空くほど見つめられたことがないからだ。
――ここまで長いのは初めてかも。
「ねぇ、クロ」
「はい。お嬢様、なんでしょうか?」
すると、お嬢様と呼ばれた少女は、赤い眼の少年を指差してこう言った。
「こ……こいつよ! こいつが私の婚約者なの!!」
「……はい?」
顔が引きつり、人生で初めてというぐらいの変な声を出してしまう。
――えっ、なに言ってるんだろう? この子は。
「ひ、雛乃……ゴホンッ。貴様、それは本当か?」
一番始めに反応したのは、顔が怖い、恐らくは雛乃の父親だと思われる人が、微かに動揺しているのが、こちらまで伝わってくる。
雛乃と呼ばれていた少女は、一瞬で婚約者の背後に隠れて、キュッと服の袖を掴んだ。
「え、えっと」
「お願いっ! 助けて、話を合わせるだけでいいから」
可愛らしくも美しい少女。そして、小声の囁き、トドメの上目遣いに心を奪われてしまう。
「うん、わかったよ。雛乃ちゃん」
安心させるように、笑いながら小声で返事をする。
「神木様、当主様がお聞きになっておりますが?」
サングラスに、黒いスーツ。クロと呼ばれていたが、物凄い威圧を感じる。
「はい、そうです。僕が雛乃さんの婚約者です」
「名はなんというか?」
顔を近づけ、警戒する父様。
強面な父親にも一切、怯まずに堂々と名前を口にした。
「
――お父様をつけようと思ったけど、殺されちゃいそうだからやめとこうかなーなんてね。
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