143話 -Layla- 黄昏に訪れる夜

 レイラ、どこに消えた?


 ユングと戦ってる最中に横から殺された人がいたことを覚えている人もいて、なんやかんやでユングが王になってしまってユングの知名度爆上がりなためほとんど話題にされることもなかったが、次第に『そういえば』という感じで思い出す人も増えてきた。


 というのも、人類は『次のステージ』と呼ぶべき段階に入っている……

 ようするに『新王と新魔王の戦い』という状態にあり、人類の多くが『覚醒』した都合上、以前の戦争よりは閉塞感もない空気が広がっている。


 そんな中で有利に戦況を進めていると、言い出す人がいるわけだ。


『そういえば、レイラはどこでなにをしているんだろう……』


 それはまったくもって『勇者パーティーの一人である英雄』に対する物言いではなく、『なにをするかわからない、だいたいの場合敵に回る、強い不確定要素』に対する不安が多分に感じられる物言いなのだった。


 リッチを信じるならきっとレイラは死んだままにしてくれているだろうだなんて思えもするのだが、人類にはリッチのことを『自分たちに不利なことしかしない、魔王軍の二大王のうち一人』ぐらいに思っている者が大半なため、レイラもきっと蘇生されているであろうという見方が大半であった(生かしておくと全方位にディスアドなため)。


 そういうわけで、誰もがレイラの生存を不安がり、その、おおよそ人の理解しがたい論理から放たれる迷惑極まりない破壊活動を警戒し……


 しかし、誰も、レイラの居場所を知らなかった。

 

 ホラーだ。


 では、そのレイラが今、どこでなにをしているかというと…………



 とある山間部には小さな集落があって、ここは人類の王国さえもその存在を把握していない隠里だった。

 その集落の始まりはかなり古い。

 今では正しい歴史が伝承されていないのだが、ようするに『夜神ことヤガミと呼ばれるやつが人類を改造して異世界汚染に対処しようとしていた時代』から始まっている。


 この集落は『人を改造して魔族と呼ばれる存在にする』『人をそのままにして解釈を変えて異世界汚染に対処する』という二派の異世界対策……

 それとはまた別な、『人そのままで、人の解釈も変えず、薬品と鍛錬によって人そのものの強度を高め、異世界に対応する』という方針の者どもが作り上げた隠里なのだった。


 最近のこの派閥の有名人には『ジルベルダ』などがいるのだが、彼女の集落はただのヤバい薬中強盗集団で、最初のころの理念などは失われている。

 生活のために稼ぐ必要があったので、そうやって暗殺依頼とか受けているうちに崇高な理念が失われてしまったのだ。悲しいね。


 たいていの……『夜神派』でもなく、『昼神派』でもない……強いて言うなら『現人神あらひとがみ派』の者たちはこのように社会になじむ過程で理念を忘れてしまったのだが、この山間の集落は、忘れていなかった。


 だが、その理念がなんのためのものかは失伝していて……


 ただ単に、『昼神教も魔族も全員ぶっ殺す』というテロリスト集団 (薬中もかねている)になっていた。


 その隠里の、山の斜面に穴を開けた薄暗い家の中で、ロウソクを囲んで村民たちが密談している。


「……人は、神に頼る時代に戻ってしまった。一時期は昼神の支配を脱したと思われたが、女王ランツァは夜神に意思を支配され……世界は再び、昼と夜に分かたれた……」


「しかし、白と黒だけで人は語れない。その狭間にある『赤』こそ、人の色……脈々と受け継がれる、血のきらめきなのだ……」


「我らが『黄昏』を世界に知らしめる時、来たれり」


「世界に『黄昏』を」


「この白黒のはびこる世界を、赤く染め上げるのだ!」


 集団は手にしていたさかずきをグイッと飲み干すと、地面に叩きつけた。

 そのさかずきには酒と各人の血が注がれており、それを飲み干すのが、この集団が脈々と受け継いできた『決起のための儀式』なのだった。


 世界が今、第三の(三つどころではないので第三陣営という意味)脅威にさらされようとしている……


 さかずきの割れる音が鳴り響いた、まさに、その時━━


 ちりん。


 洞窟も同然のその場所に、鈴の音が鳴り響いた。


「何者か!」


 集団の中でもっとも優れた肉体を持つ者が叫ぶ。


 すると、入り口にいた、逆光になってシルエットしかうかがえない人物が、答える。


「人に名前を聞く時は、まず自分から名乗りなさい」


「人の家に勝手に入っておいて!?」


 そうだそうだとみなさんうなずいています。


 その指摘はまともなのだった。

 だが……


 人の家に勝手に入ってくるやつは、たいてい、まともではない。

 そして運の悪いことに、今、この場所に入ってきた人物は、人類有数の危険人物なのだった。


「あんたたちの都合なんか知らないわよ。それより、あたしの言いたいことは一つ……食べ物を差し出しなさい」


「なぜ!?」


 これが本当になんの義理もないので当たり前の疑問なのだが……


 しっぽにつけた鈴をちりんちりんと鳴らしながら寄ってくる人物にとって、今の『なぜ』はダメなやつなのだった。


 なにせ、この人物は礼儀正しく振る舞ったつもりなのだ。

 食べ物がほしければ、黙って奪えばいい。

 そこを丁寧に『すみません、食べ物をいただけないでしょうか?』とお願いしたにもかかわらず、返ってきたのはにべもない、心ない対応なのである(主観的には)。


 もともと我慢のできないこの人物がキレるのは、当たり前のことだった。


「難しいことを聞かないで。暴力で解決するわよ」


「……は!?」


「まあそうね、ちょっとあたしの悩みを今から話すから、話が終わるまでに食べ物を持ってきなさい。それまでは暴力での解決を待ってあげるわ」


「いやいやいや……!?」


「目が覚めたら━━知らない草原にいたのよ」


 そう、リッチがユングと戦闘中のレイラを殺し、その後蘇生させたのだが……


 蘇生させたレイラの取り扱いには、たいへん困った。

 しかし蘇生させないわけにもいかない。あの時はランツァをうまいことわからせるのに『ストレス』というキーワードを使ってしまったため、特大すぎるストレスほど蘇生を避けるわけにはいかず、結果としてレイラを蘇生するのは避けられなかったのだ。


 しかしレイラは生きているだけで迷惑だ。


 そこでリッチは、こうした。


『誰もいなさそうな土地に捨てておこう』


 その結果が〝現在いま〟だ。


 山賊もどきだったレイラは、晴れて正式に山賊になり……

 こういう山間部にあった隠里からの略奪を繰り返して、今にいたる。


 そういったあれこれを、レイラはこのように語った。


「お腹が空いたから、食べ物のにおいをたどっていたら、ここに着いたの。で、食べ物は?」


「いや短くない!? 説明が! 時間的猶予が!」


 人、混乱すると変なテンションになる。


 しかしそういう人の機微はレイラに通じない。


 食べ物を用意してほしいと下手に申し出た(※主観による見解です)。

 食べ物を用意する時間的猶予もあたえた(※主観による見解です)。

 しかし、食べ物が用意されていない。


 そして……

 人は、食べないと、死ぬ。


 つまり……


「あんた、あたしを殺すつもりね?」


「…………は!?」


「もちろんあたしは抵抗するわ。拳で」


「いやっ……は? …………は!?」


 隠里の人、いっぱいかわいそう。


 ……こうしてまた一つ、貴重な隠里が壊滅する。


 レイラは少なくとも、隠里と食べ物のあるかぎり、人々のあいだに姿を現すことはないだろう。

 人類はそれまでにレイラ対策を編み出さなければならない……


 人々の知らないところで人類存亡にかかわる危機が、こうして育っているのだった……

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