138話 普段まじめな人がおかしくなると異常に心配になるよね回
「というわけで、みんな死んでしまったんだ」
「あの……せめて……他人事みたいに言うのは……」
怒られが発生している。
リッチはなぜか急に敵対的になってしまった人類軍フィーチャリングドラゴン族および巨人族たちを皆殺しにしたあと、魔王城に戻ってきた。
ランツァから仰せつかった伝令はこなせなかったわけである。
リッチはこういう時に失敗を報告せずに家で寝たい性分の持ち主ではあったが、ランツァなら話せばわかってくれると思い、嫌な気持ちをどうにか押し殺して、こうやって魔王城に戻り、上司であるランツァに失敗報告をした、というわけであった。
魔王城謁見の間には今、ランツァだけがいる。
大きな玉座の上でちょこんと座った彼女は、なにかの資料を見ているところだった。
ロザリーとジルベルダ、それから魔王はそれぞれの仕事をこなすために行動をしているのだ。
ロザリーにジルベルダをつけたのは、ランツァがとにかくジルベルダを遠ざけたかったのもあるが、ロザリーが魔王領から出るまで狼藉を働かないよう監視する者も必要だったからだ。
ロザリー、魔族が目につくと襲いかねない。
今はなぜか『ゴーストのふり』が続いているようで暴力を振るうこともない感じなのだが、いつ『実は……もうゴーストのふりをする必要がないのでは?』という真実に気付くかわからない。
なのでロザリーに監視をつけ、一刻も早く魔王領から遠ざけたかったのだった。
「というか、伝令役はリッチよりランツァがすればよかったし、なんならロザリーが人類王都に帰る途中でついでにすればよかったし、あと、エルフを使うという手段もあった気がするんだよね……なぜリッチが伝令役に選ばれたんだろう」
「エルフは人類王都で情報統制に使っていて、ロザリーに任せるとそのまま軍隊を率いてこっちに戻ってきそうだったからよ」
「なるほどね。つまり、リッチが最適な人選だったというわけだ」
「そうね。最適な人選というか、まあ、その……最もふさわしい者に任せたというよりは、任せられるメンバーの中でふさわしいのがリッチしかいなかったというか……」
その結果、みんな死んでしまった。
どうしようもない、悲しい運命だった━━ということだろう。
「で、どうしよう?」
リッチはかわいらしく小首をかしげた。
ランツァは顔を両手で覆った。
「ねぇリッチ、最近、どんどん『計画立案』から『崩壊』までの時間が短くなっていると思わない?」
「そうかな……そうかも……」
「学習が遅かったわ……リッチを遣わす時は、送り込んだ先の人が全員死ぬ可能性を常に考慮すべきだったわね……」
「いや、さすがにその想定はしなくていいと思うよ。行く先々で人が全員死ぬとか、そんなレアケースまで想定するのは思考能力の無駄じゃないか」
「もっともな意見だわ。レアケースが毎回起こっていることをかえりみないならね」
SSR皆殺しルートをよく引くリッチである。
ランツァは顔を覆ったまま体を丸めるようにうつむき、
「『まさか、人類軍全部殺すとかないわよね』ってちょっと思ったの。思った時点でなにかが成立してしまったんだわ……」
「いや、無理もないよ。元気出しなって……」
「リッチ」
「はい」
「その、やってしまったことに対してえらく他人事みたいな態度、やめましょう。わりとストレスだわ」
「うーむ……しかしな、客観視はリッチがわのストレスを回避するためにやっていることでもあるしな……」
「リッチ……状況は理解するわ。説明は聞くわ。でも、自分のしたことを他人事みたいに語るのだけはやめて……ほんとやめて……」
「わ、わかったよ……」
「本当に、事情は鑑みるから……リッチの話を聞いて、まあ、しょうがない側面もあったことは認めるし、人民に理性が足りないのもきちんと理解するし、リッチを一方的に責めることもしないから……他人事みたいにするのはやめて……」
「わかったってば……」
だいぶヤバいストレス源であることをさすがに察して、リッチは反省した。
ランツァはようやく顔を覆う手をどけて、青い瞳でリッチをじっと見る。
その顔はまったくの『無』であったが、内側にうずまくさまざまな強い感情を抑え込んでいるような凄みがあった。
「わたしはね、今……『もう、このままでもいいか』って思いつつあるの……大勢が死んだままで……なんなら、もう、残ってる人類もみんな殺しちゃって……命のない地平で、つつましく生きていく……そういう人生もいいかなって……命ないと、静かだし、ストレスもないし……」
「人類がわで語られてた魔王の思想、おおむねそんな感じだよね」
なんせ魔王の目的がわからず『とにかく敵!』みたいな感じで戦っていたため、魔王は好きにキャラ付けされて、最終的に『すべての生命を滅ぼすために戦っているのだ』ぐらいのやつになっていた。
なんの得があるかはわからなかったが……
命がないとストレスがないというのは、たしかに、その通りかもしれない。
「そう……ストレスね……ストレスのない、平穏な余生……いいわね。うん。そこを目的にしましょうか。わたしの目的、わりとふわふわしていたというか、大・学問時代を作り上げようとしていたっていうか……リッチに尽くすのが目的みたいになってたっていうか……でも、それはわたしの目的というわけじゃないものね……わたしたちの目的ではあるけど……」
ランツァがぶつぶつつぶやき続けている。やや怖い。
「とりあえずもう、いろいろ使えなくなってしまったので、ここからは全アドリブでいきましょう。いやもう、全部アドリブでいくつもりだったけど、こうやってお尻を椅子に乗せる瞬間ができると、どうしても計画立案をしてしまうのが、わたしの悪い癖だわ。もっとレイラになりましょう」
「レイラになるには才能がいるんだよ」
「努力である程度埋められると思うの。わたし、今までがんばってできなかったこと、そんなにないし」
「で、どうするんだい?」
「リッチ、『どうする』はなしにしましょう。ここからはパッションの出番よ。とりあえず動く。その場の思いつきで決める。これでいくわ」
「つまり?」
「とりあえず戦場に行きます」
ランツァが魔王の玉座から降りて、ツカツカ早足で歩き始める。
「さあ、ここからが戦後処理の本番ね。なにも考えない。なにも考えない。なにも考えな〜い! よし! 頭をレイラに! 戦場楽しみだな〜! いっぱい死んでるんだろうな〜!」
「ランツァ……」
スキップしながら謁見の間を出ていくランツァの金髪を見て、リッチはなんとも言い難い感情を覚えた。
それは悲しみなのかもしれなかったし、もっと他のものなのかもしれなかったが……
「……なにか助けになれないか、ちょっと考えてみようかな」
リッチは『支えてあげなきゃ』と思った。
それはずっと自分が『支えられるがわ』だと思っていたリッチにとって、初めて浮かんだ思いなのだった。
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