112話 命の話回
とりあえずランツァとエルフにレイラの近況を伝えたあと、エルフを通して研究室にも連絡をした。
『過去の魂との対話』━━
リッチが生涯をかけて取り組むべき……人の寿命ではとても及ばないであろう年数がかかると思っていた、その『最後の研究』の成果を試すために、だ。
「でもいいの? レイラの中の人は死霊術師じゃなかったんでしょう?」
リッチは人生に飽きないために、『過去の魂との対話』が終わったあとに取り組むべきテーマを求めていた。
今回、レイラの中の人と仲良くしようと思って色々やったのも、そのためだったのだ。
まあ、結果はかんばしくなく、『第二のテーマ』の発見にはいたらなかったのだけれど……
「そのあたりはおいおい、かな……とにかく魔王討伐は絶対にしたいことではあるし、そのためにはレイラとロザリーをコントロールするすべは身につけたい。そして、それはどうにも、急務だ」
リッチが危機感を抱いたのは、ロザリーがついに『死』を克服したせいだ。
ロザリーの『死』への対策は、これまでが『死なないようにする』アプローチだった。
しかし、今回は『死んだあと即座に生き返る』というものだった。
現行のリッチ式死霊術では、これに対抗できない。
つまり魔王を倒したあとに敵に回るであろうロザリーをどうにもできないのだ。
これは、困る。
リッチ一人なら目標達成後だし殺されてやってもいいかなというところなのだが、ロザリーの標的は『死霊術師』であり『死霊術』だ。
つまり研究室にいる生徒も、その成果も破壊し尽くされるだろう。
これは昼神教ふうに言うと『聖戦の発動条件』にあたる。
教えの存続が困難となり、死霊術そのものが潰えそうな状況である。これに対処する方法を生み出せない限り、死霊術という学問に安寧はないのだ。
魔王討伐までの時間を引き伸ばし、ロザリーが寿命を迎えるまで待つという方法もあるのだが……
あいにくと時間をかければかけるほど魔王は色々なことを察知して守備を固めるだろう。たとえば、『増える』とかいう手段で。
あと、おそらくなのだが、ロザリーの寿命は普通の人よりだいぶ長い。
この根拠として挙げられるのはレイラの肉体がいつまでも子供みたいな状態であり続けていることだ。
予測であり仮説なのだが、たぶん、『覚醒』をした人物は、覚醒時点から肉体が老化しない、あるいは極度に老化しにくい状態になるのではないかと思われる。
なにせロザリー、レイラ、ユングの三例だけなのでどうにもサンプル数が少ないのだが、全員にその傾向が見られる以上、自分たちに不利な事実があると考えて行動すべきだろう。
まとめると━━
「リッチたちは、レイラ、ロザリーをコントロールする手段を確保しつつ、早めに魔王を倒さなければならない状況にある。だからちょっと予定を巻いていこうと考えたんだ。レイラはまだ殺せるから、やっぱり問題はロザリーだね」
「なるほど。……でも、魔王を倒すのに急がなきゃいけない状況は、別に今までと変わってないわよね」
「そうだね」
「第二の研究課題を見つけないと、というのは理解しているけれど……別にそれは魔王を倒してからでも、まあ、そこそこ時間はあったんじゃないかしら」
「そうだね」
「でもなんか、のんびりしてたわよね……なぜ?」
「……やる気が起きなくて」
これは
目標が確実に達成されるという状況になった時、やる気が急降下するのだった。
いや、わかっている。
目標達成の『見込みが高い』と、『実際に達成した』とは、まったく違うことだ。それはわかっている。
でも、やる気が出ない。
リッチは未知に挑むのが好きだった。
なんにもわからない深淵なることを、手探りで色々試しながらやっていくのは好きなのだけれど、達成見込みが高いものに決まりきった素材やら手順やらを放り込んで『ああ、やっぱり達成できた』となるのは、その、なんていうか……
あんまり、楽しくない。
かつて誰かに指摘された気がするのだが(アリスだった気がする)……
リッチは、無職だ。
研究は趣味でやっている。
パトロンの要求を達成しない、期限のない研究━━
それは、仕事ではなく、趣味だ。
だからこそ、リッチはこの段にいたり、こう宣言するのだ。
「リッチは……働くよ」
「!?」
「人族の悲願である『魔王討伐』……そのために、働く。よく考えたら、今のリッチは税金で研究してるからね……」
まあ表向きは死霊術師独裁国家なので、そりゃあ税金を吸い上げてそれで死霊術を探求するのが、国のカラーではあるが……
リッチにだって、罪悪感はある。
国民の血税を無駄に使っているという罪悪感が、まあまあ、あるのだ。
……それは『やりたくもないのにやらなきゃいけない事務手続き書類』のように、視界の端に常にチラついていて、気にするたびにストレスを感じるから、つとめて気にしないようにしていたものではあったけれど……
取り掛かるか、そろそろ。
そういう気持ちなのだった。
「ま、まあ、なんだかよくわからないけれど、やる気になるのはいいことだわ」
「大丈夫かい? リッチは今までも相当、思いつきとその場のノリでやってきて、周囲にかなりいろんな迷惑を波及させていたと思うけれど」
「急にどうしたの? 大丈夫?」
「いや、気にしてはいたんだよ。ただ、こういう生活が最高だったから、気にしないようにしていただけで……」
性根の部分では、どうしようもなく自分本位なので、明日にでも新しい研究テーマが見つかったら、魔王討伐も血税利用も気にならなくなる可能性はあるのだけれど……
今はリッチの中で数年に一度ペースで訪れる、『やらなきゃいけないこと、いよいよやろう』のタイミングなのだった。
「そうだ、リッチ、全部片付いたらちょっとわたしから提案があるのだけれど」
「なんだい?」
「……全部片付いたら言うわ」
「そういうのは忘れてしまうので、今、言ってほしいのだけれど」
「……そういう人だったわね」
ランツァは「はあ」とため息をついてから、
「人に戻ってみない?」
「人だよ」
「そうじゃなくて、物理無効でもなくって、睡眠不要でもなくって、寿命もそんなに長くない……『肉体のある人間』に、戻ってみない?」
「ふむ」
その提案の意図は不明瞭ではあったけれど━━
「なるほど、面白そうだ」
つくづく痛感するところではあるが、自分はどうにも、〆切が大嫌いなくせに、〆切がないといろんなものをズルズル後回しにしがちなところがある。
なので
「まあしかし、それも『過去の魂との対話』が本当にうまくいってからになるね。成功見込みは非常に高く、リッチの中ではほぼ確実なのだけれど、実際にやってみたら予定外の失敗が起こるかもしれないし」
「そうね。失敗確率は概算でどのぐらい?」
「すべての実証がまだの理論には『理論通りにいけば』という注釈が入るけれど、そういう前提で語るなら、ゼロだよ」
「……そこまで確実なの?」
「うん。ロザリーのことを見てて、昼神教への造詣が深くなったことがかなりいい感じに影響している。昼神と夜神はどうにも実在の人物だったようなのだけれど……いや昼神は『人物』ではないかな。ともあれ、この世界そのものについての仮説、というのか、そういうのが立った。我々が『魂』と呼ぶもの、『あの世』と認識するもの、それがなんであるかもね」
「それってつまり、『命とはなんなのか』の答えなんじゃない?」
「うん。まあ、だから失敗確率ゼロ見込みなのだけれど」
「命って、なんなの?」
ランツァの目には研究者として真剣な色合いがあった。
ここでリッチは『きっと端的に述べることを求められているのだろう』という彼らしからぬ察しのよさを発揮し、なるべく誤解なく、さりとて長くもなくまとめられるように「うーん」と考え込んでから、
「『命』とは『観測されたもの』だね」
「……?」
「死霊術はある意味で宗教であり信仰……いや、この世のすべてが、
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