111話 長い話をしただけで殺されるっておかしくない? 回
自分が何者なのか理解したのは、ロザリーによる朝礼を聞いていた時だったという。
それまでのレイラ……ではなく『レイラの肉体に新しく生まれた人格』であるところのレイレイは、本当に自分のことを記憶喪失だと思っていたし、実際、名前以外の記憶はなかった。
この状態を『自分には記憶がないんだ』と判断するのは常識的かつ論理的で、とてもレイラと同じ脳みそを持っている存在のようには思われない。
まさか『自分はレイラの
さて、そのレイレイがなぜ『自分は生まれたての人格だ』ということを認識できたかというと━━
朝礼で語られたロザリーの生い立ちに、聞き覚えがあったからだ。
「『食事に窮し』『無力で』『未来も見えず』……しかし『ある日、力に目覚めて運命を切り開いた』……これはレイラの生い立ちとそっくりだったんです」
いわく……
ロザリーはよくいる戦災孤児の一人であり、当時の救護院、養護院は貧困の中にあった。
ある日、軍に食糧を徴収されついに飢え死ぬしかないという状況になった時……
『強さ』に目覚めて軍をボコボコにして食糧を取り戻したのだという。
一方でレイラもまた、最前線近くの村で生まれ育ち……
食糧の強制徴収が行われた時、空腹のいらつきから軍に暴力をふるって食糧を取り戻したのだという。
たしかに生い立ちはよく似ていた。
というか、人族側の軍、食糧を強制徴収しまくりだ。
……リッチは把握していないことではあるのだが、軍もまた下っ端にはあまり食糧が回されないという背景があり、彼らも彼らで略奪をする以外に空腹を満たす方法がないという状況があったりもした。
それは元を正せば政治腐敗から来るものであり……
さらにたどっていくと魔王による『人族への適度なピンチの演出』の影響が波及したものだったりもする。
……ともあれ、二人の生い立ちが似ているもので、ロザリーの身の丈話を朝礼で聞いたレイレイは、こう思ったという。
「『あれ? なんか聞き覚えがあるな』って……」
もちろんレイレイはしばらく神殿で孤児として世話になっていたものだから、『聖女』の話は日常的に聞かされていた。
つらい生まれを筋肉の力でなんとかして、英雄になり、その稼ぎを救護院に寄付して戦災孤児の救済にあてている聖女、ロザリー。
その存在はすべての戦災孤児の憧れであり、救護院に毎日パンとスープが出るのはロザリーのおかげなので、神とロザリーに毎日感謝をしてから食事をする習慣があるのだという。
「その習慣は改めさせるべきですね……」
エルフッチの個室で立ったまま(椅子がない)顔を突き合わせて話し込んでいたところ、これまで『聞き役』に徹していたロザリーが不意に口を開いた。
これまでなんのツッコミもしなかった聖女が急に深刻そうに言うものだから、レイレイも話を止めてそちらを見ている。
視線の意味を察したのか、ロザリーが補足した。
「神とわたくしを並べて感謝をするというのは、よろしくありません。わたくしはあくまでも、地上にいらっしゃらない神のご意思を代行・代弁する者でしかないのです。言わば神の
するとレイレイが「でも……」と前置きし、
「やっぱり神様はご飯をくれないので」
「それはそうでしょう。神は厳しく己を鍛えた者に宿るのであって、すがるものでも頼るものでもありませんので」
「じゃあ、なぜ、ロザリー様は神殿……の経営する救護院などに支援を?」
「あなた、さてはあまり聖典を読んでいませんね」
「字が読めません」
「教えられるはずですが」
「字を覚えるのが面白くないので」
言い方があまりにも堂々としているので『そりゃあしょうがないな』という気持ちにしかなれない。
ロザリーも『まあそれなら仕方ないか』みたいにうなずいた。
「我ら昼神教の至上なる使命は『教えの存続』です。聖戦などもそのために発動します。我ら神官は『教えの存続』のために活動するわけですが……教えを存続させるためにもっとも大事なものがなにか、わかりますか?」
「わかりません」
「少しぐらい考えてみなさい」
「しかし答えを知ってる人が目の前にいるんですから、考えてもしょうがないのでは?」
「たしかに」
この二人の会話を横で聞いているリッチは頭がおかしくなりそうだった。
思考を面倒くさがりすぎるこの二人は理解が及ばないのだ。
しかしロザリーは気にしないので答えを言ってしまう。
「答えは『人』です。教えの存続のためには、人が少しでも多く、少しでも長く生き延びることがなによりも肝要なのです」
「なるほど」
「だからこそ、神の
「それで、神様からはどういうご褒美をもらえるんですか?」
「神に仕えることを許されるという、それが神から我らに与えられる褒美です」
「仕えたくない場合はどういうご褒美が?」
「そうですね……神に仕えたくないとすると……わたくしの敵になりますから、きっと、わたくしに殴られないことが褒美になるのではないでしょうか」
「そもそもロザリー様はなぜ神に仕えていらっしゃるんですか?」
「面倒くさいことを考えずに済むからです」
ロザリーの微笑みは、人の美醜に対してにぶいリッチから見ても綺麗だった。
すごくアレなことを言っていてもこうして微笑むだけで絵になるのは本当に卑怯なのだと思えた。
というかさっきから会話の流れが不穏なラインぎりぎりを攻めている感じがする。
まあ、この二人が殴り合う羽目になっても、リッチはさしてかまわないのだが……
『魔王討伐』の戦闘力確保という目的もないではないので、ちょっと仲裁でもないけれど、少し話を安全な方向に戻そうかなと気まぐれが起こった。
「ところでレイレイ、さっき、食べ物を前に暴走したのはどういうことなんだい? 神殿でもあんな感じだったのかな?」
レイレイは黄金の瞳をエルフッチに向けて、
「あれは……レイラの意識が目覚めかけたんです」
「そもそも、なぜ君は……レイレイは目覚めたのかな。レイラの意識というのは、休眠しているんだろう? それはなぜ?」
「いっぺんに二つ以上の質問をしないでください。殴りますよ」
「レイラの意識は本当に眠っているの?」
「眠っています。……そう、完全に思い出しました。レイラは……ロザリー様を探して走り回っていたのです。けれど、途中から走ること自体が楽しくなり、どれだけの速度を出せるのか試し始めたのです」
「あいつは本当に……」
ロザリーが見つからないから、飽きたんだと思う。
やはりレイラを戦力として扱おうと思ったら、なんらかの『信念』を植え付けるしかないだろう。
コントロールできない。勇者は本当にどうやっていたのか……惜しい男を亡くしたという思いが、元勇者パーティーの連中とかかわるたびに強くなっていくようだった。
「……そして、レイラの肉体がある一定の速度を超えようとした瞬間……急に壁のようなものにぶつかって吹き飛ばされました」
「壁? それはレイラでもぶち抜けなかったのかい?」
「ぶち抜けたらレイラは意識を失ってませんよ。考えてください」
「こいつ……」
元勇者パーティーの連中、会話のたびに『こいつとは仲良くできない』という思いがつのっていく。
「そうして思いきり頭を打ったレイラは意識を失って……そのあとで、あたしが意識を取り戻したのです。それからはみなさんも知っての通り……ロザリー様のお話をうかがうまで、記憶喪失だと思い込んでいました」
「……ふむ。つまるところ多重人格か。興味深いね。君の魂はあくまでも一つではあるけれど、しかし人格は二つある……死霊術としてこの『人格』というファクターは決して無視できるものではない。なぜなら、過去の資料によれば二つ以上の人格を持つ者は記憶を共有している場合としていない場合があり、この『記憶の共有』というものについてはサンプル数の少なさもあって詳しいメカニズムが━━」
その時、レイレイとロザリーの拳がリッチに向けて放たれた。
エルフッチの肉体は回避できなかったので死んでしまった。
💀
急に本体に戻されたリッチは、王城の玉座で意識を取り戻す。
「━━殺された」
「リッチ? 戻ったの?」
急に声を発したガイコツにおどろくこともなく、書類仕事中のランツァが反応した。
リッチは「ああ」と応じてから、
「ちょうどいいからレイラのことについて共有しておくか……まあ、その前に一つ、ランツァに注意をしよう」
「なにかしら」
「ロザリーとレイラの前で長い話をすると、マジで殺されるから注意しようね」
少なくともエルフ程度の性能だと話の途中で放たれた拳を回避できない。
考えた果てに、リッチは決断する。
「『過去の魂との対話』を仕上げてしまおう。それで━━ちょっと話をしたい相手がいる」
「過去のリッチでしょう?」
「まあ、それもそうなんだけれど、その前に……魔王討伐前に、どうしても意見を聞きたい相手ができた」
「それは?」
「勇者」
「……」
「レイラとロザリーの操り方について聞いておかないと、本当にまずい」
話せば話すほど『無理』って感じになっていくあの二人……
しかもロザリーは『死』を回避するすべまで身につけている。魔王討伐前も後も、間違いなくリッチにとっての天敵だ。
だからこそのコミュニケーション能力の外注。
リッチは勇者に『コミュ力』を習うことに決めたのだった━━
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