103話 人を探す時にはその人の姿形以上にやりそうな行動も重要だよね回
「よく受け入れられたわね……」
ロザリーとの顛末をランツァに語ると、そのような反応があった。
すっかり二人の内緒話の場と化した謁見の間にはすでにティーテーブルが設置されているし、事務作業をするための机さえもあった。
こういった謁見の間の景観を損なう数々のものは、ふだん、謁見の間をリッチ風に模様替えした時に壁あたりに設置した『なんだかボロボロの黒い布』の下に隠されている。
さらにこの布の下にはランツァ用の寝具なども隠されており、最近のランツァはほとんど謁見の間から出ずに過ごしているようだった。
なんでって部屋に帰る時間も惜しいぐらい忙しいからだ。
あと、大事な資料を置いておく場所として、謁見の間が一番安全……ようするに『魔王』に盗み見られる可能性が低いということもある。
セキュリティの問題だ。
そんなわけでランツァは今絶賛事務作業中であり、資料に
リッチはこんな対応にもそろそろ慣れているものだから、作業中のランツァを見下ろすようにしたまま、かまわず話を続ける。
「『受け入れられた』というのは、なにが、なにを?」
「……ええと……ロザリーは、『肉体の記憶』とやらで、わたしとリッチの会話から、リッチが元勇者パーティーであることを理解した……ということでしょう?」
「うん」
「でも、昔の知り合いがこんな骨になってたら、普通、受け入れられないと思うのよ」
「ああ」
なんとなく理解した。
ようするに……
「『あれ? なんか痩せた?』みたいな?」
「…………いや、その程度のやつじゃないと思うけど…………」
なにせ脂肪だけではなく皮と筋肉と血管と神経と内臓もなくなっているのだ。もちろん毛もない。
どんな過酷なダイエット成功だという話だった。
「『見た目が変わりすぎてて誰かわからない』みたいな話じゃないのかい?」
「リッチ……『骨になった』は『見た目が変わりすぎている』という表現の範疇におさめていいわけじゃないわ。言葉的には合ってるけど、ニュアンスがあまりにも違うもの」
「難しいな、言語……」
「……とにかく、知り合いが白骨になってたらとても受け入れられるものじゃないのよ。たとえ『どう考えても同一人物だ』と判断しててもね」
「どう考えても同一人物なら、それはどう考えても同一人物なのでは」
「人は理屈によってのみ生きているわけではないのよ」
「ああ、なるほど」
そういえば人類はそうだった。
しかしランツァもロザリーも、『あなた、勇者パーティーにいた人だね』の判断が早いので、このへんの人の機微みたいなものをいきなり取り沙汰されると、人というものがいかに複雑怪奇か思い起こされる。
リッチは今、なんだかんだ苦にならない人付き合いを続けられているが……
それは周囲の人々のすごさに助けられてのことなのだな、とあらためてサンキュー、リスペクトだった。
ランツァはちょっとだけリッチへ向け顔を上げて、
「まあ、ロザリーの件がうまくいったのは本当によかったわ。だってレイラの方はマジで見つからないんだもの」
「国家が総力を尽くしてるのに見つからないのか……っていうかあいつなら、暴力沙汰か窃盗沙汰を起こしてるように思うんだけど」
「起こしてる様子がないのよ」
「レイラなのに?」
「レイラなのにね」
おかしいねーと笑い合う二人。
レイラは蛮族だという認識が揺るぎない。
「昔からレイラのやっちまってたあらゆる行為は、勇者のとりなしと裏工作、それから『勇者パーティー』の名声でなんとなく許されてきたけど……あいつ法治国家に不向きなんだよな」
「それは本当にそうね……」
「勇者も勇者でわりと泥棒行為やってたけど、今から思えば勇者のは窃盗っていうか詐欺だったな……」
家人を丸め込んで食料とか金銭を『提供してもらう』方法なのだ。
レイラとは根本的に違って、あれはあれで法治国家にいてはいけない人材ではあったようにも思える。
こんなようにパーティーのうち二人が人の家からものをもらう人たちだったので、窃盗行為のことを『勇者行為』などと呼んだりもした。主にリッチが。
「しかし、リッチ思うんだけど、そうやって過去を思い返してみれば、ますますレイラが窃盗も暴行もせずに生きているというのは不自然だな」
「勇者パーティー時代に貯めたお金とかがあるんじゃないの?」
「勇者パーティーで『お金を貯める』なんていう行為ができたのは勇者だけだよ。リッチはすべて研究資金にあててたし、レイラは『お金なんかいらないわ。そんなもののためにがんばったんじゃないもの』って言いながら窃盗と強盗してるし、ロザリーは全部恵まれない子供のために寄付してた」
「ロザリー、聖女かなにか?」
「おどろくべきことに、筋肉への異常な執着を除くとまぎれもなく聖女なんだよな……ともかく、レイラが『貯めたお金でコツコツ生きる』とか、『暴力行為も窃盗行為もしないで生きる』っていうのは、考えにくい」
「…………おそろしいことを思いついてしまったのだけれど」
「うん?」
「窃盗も、暴力も、被害者が生きてなくて、山とかに遺棄されて見つからない状態なら、発覚しないわよね」
「あいつが死体遺棄とかするとは考えにくいな。それは犯罪を隠蔽するための行為で、あいつに自分の行為を隠蔽しようという発想はないよ」
「殺人自体をしてる可能性は否定しないのね……」
「いや、というかそもそも、あいつの暴力がふるわれてこれまで殺人が起きてないことの方が不思議なんだよ。勇者がいた時はいさめてたけど、今のあいつは解き放たれた獣なんだよ?」
だからこそ暴力・殺人で騒ぎになっていない現状がおかしいとも言えるのだが……
ランツァでさえもがすっかり作業の手を止めて考え込む。
二人ともが『たしかに、犯人がレイラっぽい、誰かが死んだニュースが飛び込んでこないのは不思議だな』と考え、国内にあった人の行方不明事件や不可解な殺人事件などを想像していた。
これがかつての仲間であるレイラへの信頼である。
ついにランツァの思考が『獣に食い荒らされたという事件まであたって探してみるべきかしら……』とレイラ人族説の否定までいきそうになったところで……
謁見の間の扉が開かれ、何者かが入ってきた。
その人物は鋭い印象の黒い鎧をまとった近衛兵……エルフであった。
エルフは急いで駆け込んで来たものの、『扉は開けたら閉める』というのが習慣づいているため、謁見の間の無駄にでかくて豪華で重い扉を一生懸命に閉めてからランツァへと駆け寄ってくる。
無駄に広い謁見の間、玉座付近に机を置いてそこにいたランツァは、駆け寄って来るエルフを見ながら『普段使い用の扉も欲しいわね』などと考えていた。ペット用みたいな感じのやつだ。
ペット用扉をくぐるエルフの姿を想像して『顔がわたしと同じだわ』まで気付いたあたりで、ようやくエルフが会話をするのに適切な距離にまでたどり着いた。
「女王、神、レイラが見つかりました!」
「本当!?」
今まさにその話をしていたので、ランツァは立ち上がっておどろいた。
リッチはゆっくりとエルフ方向へ振り返り、
「あいつ、どこに潜んでいたんだい?」
「それが、王都からわりと近くの村です」
「村? 村の跡地っていうこと?」
レイラが潜んでいたとすると、村やそこに住んでいる人が無事だとは考えにくい。
少なくとも食料はすっからかんだろう。
しかし、エルフはなんとも答えにくそうに「あーそのー」と言ってから、
「無事です、村」
「無事なのか!? よほどの大穀倉地帯とか?」
「いえ、そこまででは……その、言い訳になってしまうかもしれないんですが、我々エルフがレイラを見つけられなかったのは、レイラに『ある変化』があったせい、だったのです」
「……ふぅむ?」
リッチはランツァを見るが、ランツァも首をかしげていた。
エルフはなんだかやけに気まずそうに、たびたび沈黙を挟みつつ、
「そのー……レイラは、あの……失って、おりまして」
「腕とか?」
「いえー、そのー……なんていうか…………『記憶』を」
「………………」
「それで、普通に戦災孤児として村の神殿で世話をされておりまして」
エルフが言いにくそうにしている理由をなんとなく察した。
これは、まだまだなにも確定的な情報は出てないが……
過去にリッチがレイラの記憶をいじったことが遠因、のような気がした。
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